空の奏龍

亜誠龍桜

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第一章

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 俺はもうこの世にいない。
 10月30日、俺が生まれた日だ。月のように正しく人を照らせるようにと親は「証月(あかつき)」と名付けた。でも実際は小学校の時からいじめられていた。そう、俺は名前に負けた。学年が上がると共にいじめはエスカレートした。そして、中2の秋、俺は10月30日に自殺した_はずだった…。
 
 目を覚ますと見知らぬ女性が2人。
「奏龍(かなた)!」
と、こちらを向いた。意味がわからない、それ誰だ?そう思い窓を見た。窓に映っていたのは俺じゃなかった。
「奏龍?」
その声で我に返った。
「お前誰だ!」
そう聞くと、服を棚に移していた女性が
「何言ってるの、あんたの彼女の恵未(めぐみ)ちゃんでしょ。覚えてないの?」
と奏龍(こいつ)の母親らしき人は言った。
「覚えてない」
当然だ。俺は奏龍じゃないんだから。そして
「ここはどこ?」
と聞いた。奏龍の母親は
「ほんとに覚えてないのね」
と言って口を閉ざしてから何分がだっただろう。この沈黙を破ったのは恵未さんだった。
「あなたは羅縄(らじょう)奏龍、聖蘭(せいらん)中2年、生徒会長だよ」
俺は奏龍(こいつ)が通っている学校名を聞いて驚きが隠せなかった。
「そして遵諧(じゅんかい)中の子とぶつかって気を失ってたの」
俺は嫌な予感がした。恐る恐るその後の名前を聞いた。案の定、その通りだった。俺は自殺しようとしたところ、奏龍(こいつ)にぶつかったらしい。俺の体はこの世にない。その瞬間、込み上げてくる何かを感じた。そして少し落ち着いてから俺は
「恵未さんと2人にしてください」
と言った。奏龍(こいつ)の母親が病室を出ていくのを確認すると本当のことを話した。
「君には隠せないと思うから正直に話します。俺は、奏龍じゃないんだ」
彼女は驚いていたが俺は話を続けた。自分が雪村(ゆきむら)証月であること、いじめられて自殺したこと、自分の知ってること全て…。
「という事だ。失望しただろ?君の好きだった羅縄奏龍は俺の体と共に死んだ。そして俺はもう一度・・・」
自殺するといいかけた途端、「だめ!」と彼女が泣きながら叫んでいた。
「中身が誰であっても性格が違ってもいい。生きててくれただけでいいから、だからお願いします、奏龍として生きてください」
「そんなこと出来るか!」
そう怒鳴ると彼女は怯えるように震えていた。
「何かあったのか?」
俺がそう言うと彼女は服の袖をまくり
「私、彼にDVを受けてたの」
そこには無数のあざや内出血があった。俺はそれを見て学校に行ってた時のことを思い出した。
「大丈夫だよ、すぐ治るから」
俺は励ます意味を込めて言った。彼女は笑って
「ありがとう」
と言った。

 それから1週間、俺は退院して「羅縄奏龍」としてもう一度人生をやり直すことにした。そして俺は「雪村証月」(生きている間)は絶対に入ることは出来ないと思っていた聖蘭中学校の門を潜った。
 聖蘭中は中高一貫校でエリートが集まる学校。馬鹿でも入りたかったら親が権力や地位を持ってる人間、つまり金持ちである事が条件なのだ。奏龍(こいつ)は金で入って、生徒会長も金でなったと聞いた。勉強ができるわけでもなく、運動ができるわけでもない。今、奏龍(こいつ)に対する俺のイメージは最悪だった…。奏龍(こいつ)になれるのか、奏龍(こいつ)になっていいのか。そんなことが頭から離れず、ただでさえついていけない授業が全然頭に入って来なかった。

 やっと4時間耐えてからの昼休み。俺はどうしていいか分からず周りを見渡していた。すると
「おい、奏龍、バスケしようぜ」
急に話しかけられたうえに誰だかも分からず困っていると
「隼輝(はやて)くん。内中(うちなか)隼輝くんだよ」
恵未さんの声だった。内中くんは不機嫌そうに
「なんだよ、こいつ俺の名前も覚えてねぇのかよ」
とつぶやいてどこかへ行ってしまった。俺が不愉快に思っていると
「気にすんなよ。あいつはあの程度の人間ってことだからさ」
前から来た爽やか系男子に言われた。そいつは続けて
「俺、川上和駒(かわかみわく)。名前を覚えてねぇならもう1回自己紹介すりゃいいじゃん」
と言って笑った。すると後ろから超がつくほど元気な声で
「そうだね。私、央柙葵己(なかおりきこ)。よろしくね」
「あ、うん」
あまりの元気の良さに呆気にとられていると、恵未さんは笑いながら
「葵己、今日もテンション高すぎ。奏龍、呆気にとられているよ」
と言った。その姿に少し癒される感覚があった。でも俺は恵未(この人)を心から好きになっていいのか分からず複雑な気持ちになった。それと同時に奏龍(こいつ)には優しい友人が多いことにも気づいた。でも、それならどうして恵未さんに手を…。

 その日の放課後。俺は昼休みに「今日一緒に帰ろうな」と川上くんに誘われていたから、川上くんが教室に来るのを待っていた。
「ごめん、奏龍。帰ろーぜ」
川上くんと恵未さんが呼びに来てくれた。3人で階段を下り、下駄箱に行くと、央柙さんと他に2人いた。一人はいかにも頭のよさそうな男子生徒。どこかで見たことがあるような…。もう1人は大人しく品のありそうな女子生徒だった。川上くんがその2人に
「ごめん、遅くなった」
と言った。2人は首を振り、男子生徒の方は俺の方を向き
「奏龍、俺は国木田秀侍(くにきだしゅうじ)。同じクラスで一応委員長をしている。席は奏龍の前なんだけど」
「あぁー!!」
国木田くんのセリフに少し取り乱してしまった。
「ま、まー分からないことがあったら聞いてくれ」
そう言いながら眼鏡をあげた。
 もう一人の女子生徒は何やらオドオドしていた。央柙さんが
「どうしたの?」
と聞くと
「い、いや。…わ、私、お、音原咲(おとはらさき)と申します。わ、私は、か、奏龍くんと、ぴ、ピアノ…弾いてたよ」
そう言って微笑んだ。もちろんピアノが弾けるなんて初めて聞いたが証月(俺)も飛び降りるまではピアノを習っていたから少し安心した。そして俺はみんなの反応が嬉しくて思わず涙が落ちた。それを見た川上くんが
「おいおい、泣くなよー」
と言った。俺泣きなが小さく本音で
「だって、こんな気持ち、初めてだから…」
そう言って涙を拭うと、恵未さんは
「少しずつ慣れていけばいいよ」
俺を包むように優しく抱き締め、背中を去るりながらそう言った。

 翌日、俺は昨日少し思い出したピアノが弾きたくなり、音楽室へ行った。
 静かな教室。俺はピアノの前へ行き、鍵盤を鳴らした。その音は教室中に広がった。少し嬉しくなり、俺は椅子に座り、小さい頃よく弾いていた「木星」を弾いた。半分くらい弾いた時だった、
「木星…」
後ろからの声に慌てて手を止め振り返った。
「音原さん…」
そこには楽譜を持って唖然と立ち尽くす音原さんがいた。
「ご、ごめん。すぐどけるから」
そう言って俺が腰をあげると
「いい、いいからもう1回弾いて」
そう言われ俺が「えっ?」と返すと椅子を持ってきて近くに座り、
「その曲、恵未ちゃんの好きな曲だよ」
そう言って微笑んだ。俺は言われるがまま、もう1回最初から弾こうとした。しかし、今度は手が震えて弾けなかった。
 その日の昼休み。
「なー、音楽室行こーぜ」 
お昼を食べ終わった俺に川上くんが言った。俺は
「行かないよ。俺は行かない」
と言った。
「どうしてだよ。今日朝「木星」弾いてたんだろ?俺も聞きたい」
川上くんにそう言われたが俺は頑なに拒んだ。すると委員会に行ってた恵未さんと央柙さんが戻ってきた。俺が恵未さんに目で助けを求めると川上くんが今の状況を説明した。それを聞いた央柙さんは
「いいじゃん、行こうよ!」
とノリノリで言った。俺が首を横に振ると
「わかった、絶対連れていくから、先行ってて」
恵未さんは目を輝かせて言った。その目を見て信用したのか2人は走っていった。2人が教室を出るのを見て恵未さんは
「怖いの?」
と聞いた。俺は
「ンなわけねーだろ。ただ、ただ俺は…」
そう言って強がったあと下を向くと恵未さんは耳元
「怖いんでしょ。手が震えてるよ」
そう言って微笑んだ。俺は
「そーだよ、怖いんだよ。俺は人前で弾くと殴られた。俺はコンクールでも賞を取ったよ。だけど賞を取ると蹴られたよ。それ以来人前では弾いていない。何か悪いかよ」
開き直って言った。そして拗ねるように顔を伏せた。恵未さんはしばらく何も言わなかった。それから俺の背中を摩って
「行こ。人前で弾きたくないなら弾かなくていいから、私のために弾いてよ」
そう言った。恵未さんの純粋な気持ちに断る気も失せ
「分かったよ」
そう言って2人で音楽室へ行った。
 音楽室に行くと川上くんと央柙さんの他に、国木田くんと音原さんもいた。俺は少し暗めに
「遅くなってごめん、川上くん。少しで良ければ弾くよ」
そう言うと川上くんは
「ありがとう。なら、あと1個お願い、もう「川上くん」はやめようぜ。和駒でいいよ」
そう言って笑った。
「わ、わかったよ。わ、和駒」
俺がぎこちなく言うと央柙さんが「私も」と言い結局、全員下の名前で呼ぶことになった。それから和駒に「早く」と急かされ俺はピアノの前へ行き、椅子に座る。深呼吸をして鍵盤に手を置いたが手の震えが止まらず、俺は手を下ろした…。すると恵未さんが椅子を持ってきて俺の後ろに座り、俺の背中を背もたれにして座り
「大丈夫。私がここにいて君を守るから」
そう言った。俺は手を震わせながらピアノを弾き始めた。俺の背中はとても暖かく、心まで包まれる気持ちだった。
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