蒼空のイーグレット

黒陽 光

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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第十三章:Trough the Fire/02

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『アリサ、君は対空砲を引き付けるんだ!』
『分かってる! ミレーヌに言われるまでもないわ!』
『侵入コース、適正……。僕が案内出来るのは此処までだ。クロウ6……フェリーチェ中尉、後は託したよ!』
「クロウ6、了解。……イーグレット2、案内に感謝するわ。貴女が居なければ、此処まで辿り着くことは出来なかった」
『礼には及ばないさ。僕は僕に出来ることをしただけだから』
『つーかよおミレーヌ! 道案内が終わったんならいい加減に俺の方に手貸してくんねえ!? マジでちょっと限界ギリギリなんだけど』
『ああ、済まないね宗悟。……というワケだ。宗悟も限界みたいだから、僕らは一旦逃げに入るよ。じゃあクロウ6、チェック・メイトを打つのは君に任せた。幸運が君の空にあらんことを』
『頼んだわよ、ソニア!』
 ミレーヌの激励に見送られながら、ソニアのGIS‐12E≪ミーティア≫が敵艦目指して一直線に、最速で漆黒の宇宙そらを駆け抜けていく。
 既にアリサ機の姿は彼女の傍にない。アリサは彼女が標的にしている敵艦……目の前のキャリアー・タイプの対空砲の注意を自分に引き付けるべく、囮役を買って出ていた。アリサと翔一が乗る≪グレイ・ゴースト≫は敵艦の上を蝶のようにひらりひらりと飛び回りながら、自機に向かい来る対空砲火を掻い潜っている。全てはこの電撃戦の要たるソニア機に危害を及ばせない為、彼女が安全に敵艦の中枢まで潜り込めるよう為だ。
 ――――何もかもの行く末が、自分の手に懸かっている。
 その事実に緊張しないかと問われて、違うと答えれば嘘になってしまう。自分たちだけの問題じゃあない、後方で別のキャリアー・タイプに直接乗り込んでいるキャスター隊や、そして何よりもファルコンクロウ隊……榎本たちの生命いのちまで賭かっているのだ。こんな大役、もし緊張しない者が存在するのならば、もうそれは人間ではない。
 ああ、緊張はしている。緊張はしているが――――しかし≪ミーティア≫のコクピットで操縦桿を握るソニア・フェリーチェは、決して恐怖に震えてなどいなかった。
 ヘルメットのバイザーの下に窺える彼女の顔は、あくまで平静そのものだ。ただ冷静に、常に一歩引いた場所から物事を冷えた目線で見つめている、普段と変わらぬソニアらしい表情。操縦桿を握る右手も、スロットル・レヴァーに触れる左手も、足元のラダー・ペダルに乗せた両足も。指先も肩も、何もかも震えを欠片も見せていない。ただ冷静に、平常心を保ったまま……ソニアは自らの意志に従い、死地へと赴いていく。
(……大丈夫、私なら出来るわ)
 プラズマジェットエンジンの瞬きで青白い軌跡を描きながら、ソニア機の≪ミーティア≫が敵艦目掛けて宇宙そらを駆け抜ける。
(私なら……朔也の信じる私なら、出来ないことなんて何もない。私は朔也の期待に必ず応えてみせる。それこそが……それだけが、私の存在意義)
 既に使用兵装はAAM‐03に合わせてある。後はキャリアー・タイプの内部に飛び込み、ロックオンした弱点にコイツを撃ち込むだけ。操縦桿のウェポンレリース・ボタンを親指で押し込んでやるだけ。ただそれだけで、全てにケリが付く。
 ――――ああ、やれるさ。やれるとも。やってみせる、何があっても。
『クロウ6、目標への侵入コースは適正です。そのままの進路を維持し、敵艦の三段甲板、その中央へ飛び込んでください』
 レーアの淡々とした、相変わらずな調子での指示が通信越しに飛んでくる。
『だいじょーぶ、ターゲットの場所はもうデータリンクで機体に送ってあるから、ロックオンも出来るはずだよ。突っ込んだら後は機体のアヴィオニクス任せでいいから。へーきへーき、ソニアちゃんなら出来るよー』
 そうすれば、次に聞こえてくるのは何処か間延びした調子の、椿姫の最終確認じみた声だ。それにソニアは静かに「……了解よ、プロフェッサー」と短く応答を返す。
『……託したぞ、ソニアくん』
 続けて、今度は要の低い声が聞こえてきた。ソニアは無言のままでそっと頷き返し、操縦桿を改めて握り締める。
『こちらクロウ2! ソニアちゃん、俺らの代わりにキツいの一発ぶっ込んでやってくれよ!』
『……クロウ・リーダーよりクロウ6。過度な緊張は無用だ。普段通りにやれ、ソニア』
「…………了解よ、朔也。部隊の誇りに賭けて、必ず」
 生駒の激励、そして最後に聞こえてきた榎本の言葉にソニアが頷き返せば、通信回線の向こう側で榎本がフッと小さく笑む。彼のそんな仕草に気付けば、ソニアもまた彼にほんの僅かな笑みを向け返していた。
「――――見えた、突っ込むわ……!」
 そうしている内にも、≪ミーティア≫の眼前に敵艦が迫る。煎餅のように平べったい形をした、三段の飛行甲板を有する奇妙な空母型……キャリアー・タイプが迫ってくる。
 ソニアはそんな敵艦の三段甲板、その二段目……中央の甲板を目掛けて、まるでトンネルのようなそこへと迷うことなく機体を突っ込ませた。
(ッ……! 流石に狭い……!!)
 上には天井、下には飛行甲板。僅か十五メートル弱ぐらいの狭い隙間の中を、一切の減速無しのフルスロットルで飛ばしているのだ。ソニアが感じる速度感、そして息苦しさは並大抵のものではない。車で狭いトンネルの中を時速二〇〇キロ越えで駆け抜けるのとは、もう何もかもの次元が違うような恐ろしい感覚だ。
 喩えるなら――――それは、針に糸を通すような感覚。それもマッハ幾つといった、音の速さを軽く凌駕した超高速の中でだ。
 普通ならそんなこと、不可能だろう。しかし彼女が駆っているのは普通の戦闘機ではない。人類が手にしたオーヴァー・テクノロジーの粋を集めた、まさに人類守護の防人さきもりたる空間戦闘機だ。
 そして、その空間戦闘機のパイロットたる彼女もまた……ソニア・フェリーチェもまた、並大抵のパイロットではない。何もかもが規格外なESPパイロットには及ばないものの、しかし間違いなく腕利きに数えられる一人なのだ。
 そんな一人と一機が重なり合えば――――不可能という常識は、途端に可能という非常識へと変わり果てる。
『コスモアイよりクロウ6、標的までもう間もなく。ご武運を、クロウ6……!』
『そのままだよー! やっちゃえ、ソニアちゃーん!』
『やっちまえ、ソニアちゃーん!』
「……捉えた!」
 レーアと椿姫、そして生駒の声が通信越しに響く中、敵艦の中枢を飛び抜けるソニアの≪ミーティア≫が遂に標的を捉えた。
 ――――ロックオン。
 HUDの中に一瞬移った緑色のターゲット・ボックスが即座に赤色へと切り替わり、ピーッという甲高いブザー音とともに、標的のロックオンが完了したことを機体が彼女へと知らせる。
『撃て、ソニア!』
「クロウ6……FOX3フォックス・スリー……!!」
 そして、榎本の声が耳に飛び込んで来た瞬間――――それを合図にするかのように、彼女は操縦桿のウェポンレリース・ボタンを押し込んだ。
 機体の腹下、ハードポイントから離れた大きなミサイルが……長距離射程の空対空ミサイル、AAM‐03が尻のロケットモーターに点火し、物凄い勢いでの飛翔を始める。向かう先はただひとつ、彼女の≪ミーティア≫が捉えた目標……このキャリアー・タイプの弱点たる箇所だ。
『クロウ6、離脱してください!』
『巻き込まれるなよ、ソニアくんッ!』
「間に合うかは……賭けに近いわね……!!」
 が、撃ち放ったミサイルが彼女の機体を追い越すことはない。
 レーアと要の声が響く中、ソニアは自機の撃ち放ったミサイルと並走するかのように機体を最大加速させ、一気にキャリアー・タイプ内部からの離脱を図る。
 キャリアー・タイプの甲板は全通式で、それは二段目より下も変わらない。つまりは、今ソニアは出口のあるトンネルの中を飛んでいるようなものだ。
 だから、艦の後部まで突っ切ればこの狭すぎる空間から離脱が出来る。出来るのだが……爆発に巻き込まれずに離脱出来るかは、≪ミーティア≫の推力を考えると、正直言って五分五分といったところだ。残念ながら≪ミーティア≫は非ESP機という特性からか、ESP機の≪グレイ・ゴースト≫よりはずっと足が遅い。
 それでも――――。
 それでも、可能性はある。これは決して死を覚悟した特攻などではない。生きて帰ってこその電撃戦だ。
 だから、ソニアは諦めない。着弾したミサイルの爆炎に追いつかれないように、必死で逃げ切れば良いだけの話だ。大丈夫だ、出来る……!!
「っ……!」
 最大加速のまま、ソニアの≪ミーティア≫が敵艦内部を駆け抜ける。出力リミッターも解除した緊急出力、一二〇パーセントのパワーをエンジンに絞り出させているのだ。単発搭載のプラズマジェットエンジンはその強烈な負荷に喘ぎ、今にも爆発しそうなんじゃないかってぐらいの悲鳴を上げているが……それでも、加速はまだ続いている。この無茶な緊急出力にも、あと十秒ぐらいは耐えられるはずだ。大丈夫、逃げ切れる……!!
「間に合え……!」
 そんな凄まじい勢いでの加速を維持しつつ、遂にソニア機は最初に入った開口部とは反対側、出口じみた艦の最後尾へと突き抜けていく。
 出口のような隙間を潜り抜けた瞬間、ソニアを今まで苛んでいた息苦しさは、まるでモヤが晴れたかのように掻き消えて。あれだけ狭かった上下の狭さはなくなり、広がるのは星々の煌めきが遠くに輝く、無限に続く宇宙そらの景色だ。
 ――――どうにかこうにか、脱出に成功した。
「ふぅ……っ」
 そのことを認識すると、無事に脱出出来た安堵感からか、思わずソニアはコクピットの中で小さく息をつく。スロットルを戻し、リミッターもかけ直し。今にも爆発しそうだったプラズマジェットエンジンにも休息を与えてやる。
 だが……そんな安堵も束の間、ソニアはすぐに強烈な違和感を覚えた。
『……ねえちょっと、ソニア。アタシの見間違いじゃなければさ、アタシの眼がおかしくなったんじゃあないんなら、これって…………』
「…………爆発、していない?」
 どうやらその違和感はアリサも抱いていたようで。通信で飛んで来た彼女の引き攣った声に、ソニアもまた眼を大きく見開きながらでそう返す。
 ――――爆発、していない。
 そう、爆発していないのだ。ミサイルは確かに撃ち込んだ。それなのに……爆発した気配がまるでない。今まさにソニアが決死の突撃を敢行したキャリアー・タイプも、未だ健在のままだ。
 そのことが、この光景が何を意味するか。それを暗に理解した瞬間にアリサは、そしてソニアはただただ唖然とし、うわ言のように呟くことしか出来なかった。
『…………嘘でしょう、まさか』
「不発……だとでもいうの……!?」
 ――――――――ミサイルの、不発。
 AAM‐03の信管が作動せず、不発に終わった。敵艦は撃沈ならず、未だキャリアー・タイプは健在。取れる逆転の一手などありはしない。この宙域に在る誰も彼もが生き残る可能性は、完全に潰えてしまった。
 アリサ・メイヤードとソニア・フェリーチェ。二人の瞳へ今まさに映る光景が告げるのは、そんな最悪すぎる現実だった――――。




(第十三章『Trough the Fire』了)
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