蒼空のイーグレット

黒陽 光

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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第二章:例え偽りの平穏だとしても/06

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「ほら、翔一」
 そんなやり取りから暫くもしない内に、彼女に名前を呼ばれて。そっとアリサの方に視線を向けてみると……こちらを見る切れ長の、綺麗な金色の瞳と目が合って。何処か慈しむように穏やかな表情を浮かべている彼女は、翔一の方を見ながら何故か自分の膝をぽんぽん、と軽く叩いていた。まるで、こっちに来いと言わんばかりの仕草で。
「お腹いっぱいになって、どうせ眠たくなっちゃったんでしょう? ……いいから、こっち来なさいよ」
 どうやら、一眠りしていけと誘ってくれているらしい。実際、満腹感で幸せな眠気を覚えていることだし……翔一はそんな彼女の提案、今日はありがたく乗っかることにした。
「……そうさせて貰うよ。ふわぁぁ……っ」
 欠伸をしながら、ベンチの上にゆっくりと横たわり。眠気に揺れる頭を彼女の膝……というよりも、太腿の上に乗せる。
 例によって膝枕の格好だ。割と小っ恥ずかしい行為な気はするのだが、最近は頻繁に彼女にこうして貰っているからか、最近は結構慣れてきてしまったというか……羞恥心というものが、若干麻痺しつつある。
 まあ、どうせこんな最果ても良いところな場所になんて、誰も来やしないのだ。だから、誰の目も気にすることはない。此処に居るのは自分とアリサの二人だけ。傍に居るのが彼女だけならば……何を恥じる必要があるというのだろうか。
 だから、翔一は大人しく彼女に膝枕をして貰うことにした。
 乗せた頭から伝わる感触。枕代わりにした彼女の太腿の……ガーターベルト付きの黒いオーヴァー・ニーソックスに包まれた脚の感触が、体温の優しい温かみとともに伝わってくる。割と細いけれど、でも確かな肉感と体温を感じる、鼓動を感じる……安らかな感触が。
 重たくなってきた瞼を自然に閉じると、そんな翔一の頭を彼女の指先がそっと撫でる。まるで赤子をあやすかのような手つきで、慈悲に溢れた指先で……アリサはそっと、彼の少し長めな深蒼の髪に触れてみた。
 ――――その時、二人の間に柔らかな風が吹き付けた。
 傍らの木々が風に揺さぶられ、さぁぁっと幻想的な葉擦れ音の協奏曲コンチェルトを奏でる。
 少しだけ冷たい、爽やかな風。吹き抜けていく柔な風に純白の肌を撫でられ、真っ赤な髪を微かに靡かせながら……翔一の頭を撫でるアリサは、何気なくこんなことを呟いていた。
「今日は、特に風が気持ちいいわね…………」
「そうだな……………」
「なんか、動きたくなくたってきたかも。どうしよっか翔一。もうさ、このまま……午後、サボっちゃう?」
「それも……悪くないかもな」
「そうしましょうよ。勿体ないわ、こんなに気持ちのいい陽気だもの…………」
 アリサも、そして翔一も。本当にもう此処から動きたくない気分だった。
 暖かな昼下がりの陽気の中、日陰のベンチに腰掛け……優しい風に吹かれながら、自分の膝の上に横たわる彼の頭をそっと撫でる。
 こんな穏やかな時間を、誰が邪魔をして良いものか。午後の授業なんて些細なこと、放っておいても構わないと……二人は自然と、そう思っていた。今はただ、この平和で穏やかな……優しい時間の中に揺蕩たゆたっていたいと。アリサも翔一も、二人とも同じ気持ちだった。
「アリサ……?」
「ん、どうしたの翔一」
「少し……このまま、眠っても構わないか……?」
「アンタの好きにしなさいよ。どうせ此処には誰も来ないんだから。眠たいのなら、寝ちゃいなさいな」
「そうさせて、貰うよ…………」
 小さく欠伸をして、身体を捩り。仰向けになった翔一は、何気なく空を見上げてみる。
 真っ青なそこには、二条の薄い飛行機雲が浮かんでいた。何処までも続くような青空に、二条の細い飛行機雲が、まるで蒼いキャンバスに白線を引くかのように。
 そんな綺麗な青空を背景に、目の前にはアリサの顔があった。起伏が激しく主張する胸の双丘の向こう側から、こちらを見下ろしてくる彼女の視線と目が合う。その表情も、切れ長の形をした綺麗な金色の双眸も。穏やかな風で微かに揺れる真っ赤な前髪の下、見下ろしてくる彼女の何もかもが……深い安心感を与えてくれる、そんな優しい色をしていた。
 アリサの指先に頭をそっと撫でられながら、翔一は静かに瞼を閉じる。
 そうすれば、感じるのは肌を撫でる穏やかな風と、頭を撫でてくれる柔らかい指先の感触。頭を乗せた太腿から伝わる体温と……微かな脈拍。彼女が確かに生きているという証が、とくん、とくんと静かに伝わってくる。
「…………おやすみ、翔一」
 暖かで幸せな、優しい感触に包まれながら、翔一は意識をゆっくりと眠りの奥に落としていく。
 そんな羽毛のように優しく、幸せな感覚に包まれる中――――眠りに落ちる直前、最後に翔一の耳に届いていたのはそんな、アリサの穏やかな声音だった。




(第二章『例え偽りの平穏だとしても』了)
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