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Sortie-01:黒翼の舞う空
第八章:日常と非日常と/05
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「はい、これがゴーストのコクピット。確か翔ちゃん、見るのは初めてだよね?」
「……凄いな、まるでF‐35みたいだ」
「アヴィオニクス自体は、アレより二〇〇年ぐらいは進んでるけどねー。まあでも、あれこれの配置を参考にしたって意味では合ってるかな」
そうして椿姫とともにラダーを昇った先で、翔一は開いたキャノピーの奥……彼にとっては今まで秘密のベールに包まれていた、≪グレイ・ゴースト≫のコクピットを目の当たりにして。そして解説する椿姫の無邪気な笑顔を横目に、ただただ目の前のそれに圧倒されていた。
そこにあるコクピット……≪グレイ・ゴースト≫のそれは、明らかに現用の最新鋭ステルス戦闘機よりも洗練されたものだった。
右手側に配置されたサイドスティック式の操縦桿や、左手側にあるスロットル・レヴァー。そして計器盤は一部スウィッチ類などを除き、一枚の大きな液晶画面があるのみで。完全にデジタル化されているそれは、今まさに翔一自身が口走った通り、確かにパッと見は現用のステルス戦闘機……ロッキード・マーティン社のF‐35ライトニングⅡに近いような感じはする。だが、今目の当たりにしているコクピットはそれよりも明らかに洗練されていて、そして何百年分も先に進んだ技術で構成されていることは、パッと見ただけでもすぐに察せられた。
「特にこのゴーストは特殊でねー。ちょっとした操縦補助システムも積んでるんだ」
「操縦補助?」
「うん。『IFS‐X‐12』っていうんだけどね、簡単に言えば思考制御装置かな。確かゴーストに積んでたのは、割と新しいブロック30のシステムだったはずだけれど」
「思考制御……」笑顔で解説する椿姫を前に、翔一が唸る、「つまり、考えただけで機体を動かせるってことなのか?」
「だねだね、そういう解釈でも良いかな。あくまで補助システムに過ぎないから、普通よりもちょっとだけ、直感的に飛ばしやすくなるってだけだけれど。
……ほら、翔ちゃんみたいなESPパイロットの候補生って、どうしても一般人上がりが多くなっちゃうでしょー? だから、そんな子たちが少しでも動かしやすいようにって思ってさ」
まー、IFSそのものを作ったのは私じゃあないんだけどね――――。
にゃはは、と八重歯を見せて笑いながら椿姫は言って、そしてひょいっと≪グレイ・ゴースト≫のコクピット……普段はアリサが座っているであろう前席シートに飛び込んだ。
当然、椿姫の背丈ではシートは余りすぎていて、とても操縦できそうにはないが。何というか、基地見学に来た子供が座っているような雰囲気。コクピット・シートに座っている今の椿姫の見た目は、まさにそんな感じだ。
まあ、それもさもありなん。一八五センチなんてべらぼうな背丈のアリサがすっぽりと収まるようなシートだ。彼女と四〇センチ以上も身長差がある椿姫が座れば、こうなってしまうのも無理ないことだ。
今の椿姫は傍から見たら、まるでコクピットに座らせて貰ってはしゃぐ子供のようにしか見えないだろう。そんな椿姫をコクピットの上から見下ろしつつ、苦笑いを浮かべながら。翔一はチラリと後席の方を横目に見て……そして、ふと頭に過ぎった疑問を口に出す。
「そういえば……この機体、なんで複座なんだ?」
すると、コクピット・シートに座ったまま、軽くバタ足なんかしていた椿姫は「んー」と、唇の下に立てた人差し指を当てて唸る。
「色々と理由はあるんだけどね。複座機である理由のひとつは、役割分担かな」
「役割分担……?」
うん、と椿姫が翔一の方を見上げながら頷く。
「これはあくまで私の考えなんだけれど、ESP専用機としての性能を振るに発揮するなら、やっぱり二人一組の方が良いと思うんだ。ただでさえ宇宙空間を飛ぶだけでもしんどいのに、相手は物凄い数で襲ってくるからねー。一人より二人の方が、操縦以外に兵装システムとかの扱い、レーダーの管理や、後は目視での索敵とか……とにかく、何もかもが分担できる。私はそっちの方が効率的だと思うんだ」
「ということは、ESP専用機は全部複座ということなのか?」
翔一は椿姫の話を聞いてそう思ったのだが、しかし椿姫の反応は「いんや、ところがそうでもないんだよねー」と、首を横に振って否定するような感じだった。
「さっき話した≪ブラック・マンタⅡ≫だとか、後はフランスの≪ネージュ9000≫だとか。あの辺は単座機なんだよね。
でもまあ、理屈は分かるよ? 確かに一機撃墜されただけで、ただでさえ貴重なESPを一度に二人も死なせちゃう複座機ってリスク高いしねー。強力なESP機の頭数を一機でも多く揃えるだとか、一般パイロットと機体を共通化して、コストを削減するだとか。単座機派の言い分も、理屈の上ではは私も理解しているつもりなんだよ」
でもね、と椿姫は続けて、
「やっぱり、ESPは二人一組が一番だよ。それに機体だって画一化された奴よりも、多少高くたって特別ハイスペックな機体を用意してあげた方が優位に戦えると私は思うんだ。現に、私のゴーストは凄い戦果挙げてるしね。まだ十三機ちょっとの先行量産型でしかないけれど、でも半年もしない内に正式な生産ラインが動く手筈になってる。これこそ、普通の戦闘機ならいざ知らず……ESPに限っては複座の方が優れているっていう、何よりの証明じゃないかなあ?」
「僕に言われてもな……」
実戦経験が未だ無い以上、椿姫に何を言われたところでどんな反応を返せば良いのか分からない。
だから、翔一は自分の方をコクピットから見上げてくる椿姫から小さく視線を逸らす。とすれば椿姫も彼が目を逸らした意味を悟ったのか「にゃははー、翔ちゃんに振ったら可哀想な話だったね」と、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「……そういえば」
と、二人の間には妙に気まずい空気が漂っていたのだが。ふとした折に翔一は前から疑問に思っていたことを思い出すと、話題を切り替えるのも兼ねて椿姫にその疑問をぶつけてみることにした。
「この機体……だけじゃなく、空間戦闘機自体がそうなんだと思うけれど。どうして脱出装置が射出座席じゃあなく、機首ごと分離のモジュール式なんだ?」
「あのねえ、宇宙空間で座席だけスッ飛ばしてどうすんのよ?」
そんな風な疑問を口にした途端、背中の方から飛んでくるのはアリサの……そんな、呆れ返ったような調子の言葉だ。溜息なんか混じっている辺り、割と真面目に翔一に対して呆れているのだろう。
――――空間戦闘機の脱出は、機首そのものが分離する。
少し前の飛行訓練の際、要からチラッと話に聞いていたことだが。翔一は以前からそのことが気になっていたのだ。
普通の……翔一が知っているようなジェット戦闘機なら、例えば英国マーティン・ベイカー社製のマーク16や、合衆国のACESⅡなどに代表される射出座席――即ち、座席のみを機体から打ち出してパイロットを脱出させ、パラシュート降下させる物が基本だ。というか、今時の戦闘機は全てこの射出座席でのベイルアウト・システムを採用していると断言してしまっても良い。
が、≪グレイ・ゴースト≫や≪ミーティア≫のような空間戦闘機はそうでなく……機首ユニットそのものが機体から分離し、脱出するという仕組みなのだ。
これはいわゆるモジュール式脱出装置というもので、普及した例といえば……昔のF‐111アードバーグ戦闘爆撃機ぐらいなものだろうか。翔一にとってはあまり馴染みのない脱出方法が、空間戦闘機に限っては広く使われていただけに、彼としてもそこは気になる点だったのだ。
「宇宙空間にシートだけで放り出されて、後はどうすれば良いのよそれって」
「……言われてみれば、その通りだ」
まあ、そんな脱出システムを採用している理由は、今まさにアリサが口にした通りだろう。彼女の言葉で翔一は悟ると、納得したような風に返し。そして自分の考えの浅はかさを認識すると、がっくりと肩を落とした。
――――そうだ、言われてみればその通りだ。空間戦闘機は地球だけじゃあない、宇宙空間での戦闘も視野に入れているのだ。
だとすれば、モジュール式を採用した理由も納得がいくというものだ。仮に従来通りの射出座席だったとして……アリサが言った通り、それこそシート一枚で宇宙に放り出されてどうしろという話だ。
逆に機首ごと分離すれば、コクピットがそのまま救命ポッド代わりになるのは想像に難くない。水も食糧も、そして酸素もその方が圧倒的に余裕があるだろう。それに救命用ビーコンの類が備わっていれば、その位置座標を元に救助が出来る。座席だけ放り出されて、パイロット・スーツにある分だけの酸素で生き残れと言われるよりは、そちらの方がよっぽど生存確率は高い。
それを思うと、翔一はやれやれと自分自身に呆れ返るみたく肩を竦めつつ、今まで脚を掛けていたラダーから軽く飛び降りるようにして地上に降りる。とすれば椿姫も一緒になってコクピットから這い出し、同じようにラダーを降りて格納庫の床に足を下ろした。
二人で≪グレイ・ゴースト≫から数歩離れ、翔一は椿姫と横並びになりながら、その漆黒の機影を見つめる。そうすれば彼は彼自身が気付かぬ内に、ボソリとこんなことを呟いてしまっていた。
「それにしても……まるで、雪風みたいだ」
「んー? ひょっとして翔ちゃんも分かるクチだったり?」
「あ、ああ」自分が無意識の内に口走っていたことに内心驚き、戸惑いつつの翔一が頷き返す。「好きなんだ、あの小説」
「おっとっと、原作読者かー」
「その言い方、椿姫はOVA派なのか?」
「んだね」と八重歯を見せながら椿姫が頷く。「といっても、ちゃーんと原作も読んでるけれど。このゴーストだって、スーパーシルフみたいなのを作りたいって、そう思って開発したんだよ?」
「……通りで、雰囲気が似ているはずだよ」
フッと微笑みつつ、翔一は改めて目の前の機影を見据える。
本当に……綺麗な翼だ。漆黒の肌は刀のように鋭角だが、何処か流線形を描いているようにも見える。翼端が軽く上に折れ曲がったデルタ型の主翼と、水平とか垂直だとかの概念が完全に消え失せている、「X」字を描くように取り付けられた四枚の全誘導式尾翼。機首辺りにある小さなカナード翼と、推力偏向ノズルが取り付けられた双発のプラズマジェットエンジン。そして、白鳥のように細長く伸びた機首の描く流麗なライン…………。
様々な部品が組み合わさり、複雑なシルエットを描くこの機体は……本当に、美しいの一言だ。南が前にこのゴーストのことを戦闘妖精だと喩えていたのも、納得出来るぐらいに。
「…………ねえ、翔ちゃん」
そんな、静かに羽を休める漆黒の戦闘妖精。赤い薔薇のパーソナル・エンブレムが描かれた≪グレイ・ゴースト≫を二人並んで眺めながら、椿姫がボソリと隣の彼に囁きかける。周りの皆に、後ろのアリサに聞こえないぐらいの、そんなささやかな声量で。
「ESP同士の共鳴現象ってさ、お互いの相性がよっぽど良くないと起きないことなんだ」
「そう……なのか?」
「うん。お互いの能力が同じぐらいの強さで、それでいてお互いの……超能力者としてもそうだけど、ヒトとしての相性も良くないと。そうでないと、翔ちゃんが経験したみたいに強烈な共鳴現象って起きないんだ」
「僕と……アリサの相性が?」
「実際、あんなレベルでの共鳴現象って他に例が無いんだよね。まあ、共鳴の強さって外からは観測出来ないし、本人たちにしか分からない感覚なんだけれど……でも、アリサちゃんにあれだけの乱れが生じて、ましてディーンドライヴの停止とエンジンのフレームアウトまで起きるなんてことは、規格外中の規格外なんだ」
――――つまり、君とアリサちゃんの相性は最高ってわけ。ESPとしてだけじゃなく、ヒトとしてもね。
「この椿姫さまのお墨付きをあげるよ。まさに比翼連理、お似合いの二人ってことだねー」
にししっと八重歯を見せて微笑む椿姫にズバリ言われた翔一は、何だか小っ恥ずかしくなってきてしまい……思わず、彼女からぷいっと顔を逸らしてしまう。いじらしく、頬なんか少し赤く染めながら。
そんな翔一の反応を見て、椿姫は満足げに微笑み。そして翔一に対し、今度は諭すようなことを……やはり囁くように細い声で言った。
「…………いつもはあんな風だけれどさ。アリサちゃん、実は凄く寂しがり屋さんなんだよ」
「…………」
「多分、アリサちゃんの過去に何かあったってことぐらいは、翔ちゃんも何となく察してくれてると思う。敢えて私の口からは言わないから、詳しいことは本人から聞いて欲しいんだけれどね」
でも、と椿姫は言って、
「アリサちゃんの中でぽっかりと欠けた何か。あの娘が本当は何よりも必要としている、足りない何かを埋めるのは……多分、翔ちゃんだと思うんだ」
「……僕が?」
うん、と椿姫は頷く。今度は八重歯を見せた無邪気な笑顔ではなく、何処か真剣な……人類の救世主とまで言わしめた稀代の天才科学者・立神椿姫としての面持ちで。
「だから、翔ちゃんはどんなことあっても、あの娘の傍に居てあげて欲しいんだ。どんなことがあっても、あの娘を守る支えであって欲しい。独りぼっちだと危なっかしくて仕方ないアリサちゃんの、あの娘の翼になってあげて欲しいんだ」
「…………寧ろ、翼を貰ったのは僕の方だよ」
「二人でひとつの双翼、ってことじゃあないかな?」
「……二人で、ひとつの」
「私は直感的にそう思ったよ。翔ちゃんもアリサちゃんも、二人とも背中の羽根が片方ずつ欠けちゃってるんだ。それを補い合っての双翼。それを補い合う為の……その為の、ゴーストなんだよ」
制服スラックスのポケットに両手を突っ込み、遠い眼で≪グレイ・ゴースト≫を眺める翔一を横目に、そう言った椿姫はチラリとアリサの方に振り向く。
そうして彼女の方を一度見た後で、椿姫はまた翔一の横顔を見上げると。今の言葉を胸に刻むように、その意味を確かめるように遠い眼をした彼に対し……最後に、こう告げた。
「私には翔ちゃんみたいな予知能力なんて無いから、未来のコトなんて何も分からないよ。
けれど……これだけは、直感的に分かるんだ。君とアリサちゃんは、出逢うべくして出逢ったんだって。お互いがお互いの欠けた翼を補い合い……何処までも真っ直ぐに飛んでいく為の、双翼なんだって」
「……直感、か」
そんな椿姫の言葉を耳にして、翔一は目の前の黒い翼から眼を離さぬまま……フッと小さく微笑んで、そして彼女にこう言う。
「とても、科学者らしくない言葉だ」
すると、椿姫は「私も、そう思うよ」と言ってニッと笑う。
「でも……科学では説明できないこと。ロジックじゃあ語れないことが、この世界には溢れている。だからこそ翔ちゃんみたいな超能力者が居て、翔ちゃんみたいな特別な力を持って生まれた人間が……きっと、この先の世界をより良くしていくと。私はそう思ってる……ううん、信じてるよ」
「――――いつか」
「ん?」
「いつか……いつか、戦いのない平和な空を飛びたい。アリサと二人で、そんな空を飛んでみたい。誰にも縛られず、何処までも。他の誰でもない、僕たちだけの翼で」
何の気なしに、ふと頭を過ぎった言葉を口にしただけだ。特に意味は無いし、意味なんて何も考えていない。心が赴くまま、口が動くままに口走った一言だ。
しかし、そんな言葉を彼女は気に入ってくれたのか。椿姫はクスッと微笑むと、翔一の羽織る制服ブレザージャケットの裾をちょいと指先で摘まみながら、彼にこう言った。
「……やっぱり、翔ちゃんは出逢うべくして出逢ったんだよ。来るべくして此処に来たんだ、君は」
二人の一連のやり取りは、背にした要や南、そして……アリサの耳には、届いていない。
だが、それでも構わなかった。自分が空を飛ぶ本当の理由を、それを今一度、こうして確認できただけで――――翔一にとっては、それだけで十分だった。
「…………桐山、翔一か」
彼がそんなことを心の内で思っている横で、椿姫が小さくひとりごちる。今度は、彼にも聞こえないぐらいの細すぎる声音で。
「君らにそっくりだよ、面白いぐらいに。やっぱり彼は、君らの――――」
にししっと、八重歯を小さく見せて微笑み、ひとりごちる椿姫の顔に浮かんでいたのは。何処か満足げな……そんな色をした、楽しげな表情だった。
(第八章『日常と非日常と』了)
「……凄いな、まるでF‐35みたいだ」
「アヴィオニクス自体は、アレより二〇〇年ぐらいは進んでるけどねー。まあでも、あれこれの配置を参考にしたって意味では合ってるかな」
そうして椿姫とともにラダーを昇った先で、翔一は開いたキャノピーの奥……彼にとっては今まで秘密のベールに包まれていた、≪グレイ・ゴースト≫のコクピットを目の当たりにして。そして解説する椿姫の無邪気な笑顔を横目に、ただただ目の前のそれに圧倒されていた。
そこにあるコクピット……≪グレイ・ゴースト≫のそれは、明らかに現用の最新鋭ステルス戦闘機よりも洗練されたものだった。
右手側に配置されたサイドスティック式の操縦桿や、左手側にあるスロットル・レヴァー。そして計器盤は一部スウィッチ類などを除き、一枚の大きな液晶画面があるのみで。完全にデジタル化されているそれは、今まさに翔一自身が口走った通り、確かにパッと見は現用のステルス戦闘機……ロッキード・マーティン社のF‐35ライトニングⅡに近いような感じはする。だが、今目の当たりにしているコクピットはそれよりも明らかに洗練されていて、そして何百年分も先に進んだ技術で構成されていることは、パッと見ただけでもすぐに察せられた。
「特にこのゴーストは特殊でねー。ちょっとした操縦補助システムも積んでるんだ」
「操縦補助?」
「うん。『IFS‐X‐12』っていうんだけどね、簡単に言えば思考制御装置かな。確かゴーストに積んでたのは、割と新しいブロック30のシステムだったはずだけれど」
「思考制御……」笑顔で解説する椿姫を前に、翔一が唸る、「つまり、考えただけで機体を動かせるってことなのか?」
「だねだね、そういう解釈でも良いかな。あくまで補助システムに過ぎないから、普通よりもちょっとだけ、直感的に飛ばしやすくなるってだけだけれど。
……ほら、翔ちゃんみたいなESPパイロットの候補生って、どうしても一般人上がりが多くなっちゃうでしょー? だから、そんな子たちが少しでも動かしやすいようにって思ってさ」
まー、IFSそのものを作ったのは私じゃあないんだけどね――――。
にゃはは、と八重歯を見せて笑いながら椿姫は言って、そしてひょいっと≪グレイ・ゴースト≫のコクピット……普段はアリサが座っているであろう前席シートに飛び込んだ。
当然、椿姫の背丈ではシートは余りすぎていて、とても操縦できそうにはないが。何というか、基地見学に来た子供が座っているような雰囲気。コクピット・シートに座っている今の椿姫の見た目は、まさにそんな感じだ。
まあ、それもさもありなん。一八五センチなんてべらぼうな背丈のアリサがすっぽりと収まるようなシートだ。彼女と四〇センチ以上も身長差がある椿姫が座れば、こうなってしまうのも無理ないことだ。
今の椿姫は傍から見たら、まるでコクピットに座らせて貰ってはしゃぐ子供のようにしか見えないだろう。そんな椿姫をコクピットの上から見下ろしつつ、苦笑いを浮かべながら。翔一はチラリと後席の方を横目に見て……そして、ふと頭に過ぎった疑問を口に出す。
「そういえば……この機体、なんで複座なんだ?」
すると、コクピット・シートに座ったまま、軽くバタ足なんかしていた椿姫は「んー」と、唇の下に立てた人差し指を当てて唸る。
「色々と理由はあるんだけどね。複座機である理由のひとつは、役割分担かな」
「役割分担……?」
うん、と椿姫が翔一の方を見上げながら頷く。
「これはあくまで私の考えなんだけれど、ESP専用機としての性能を振るに発揮するなら、やっぱり二人一組の方が良いと思うんだ。ただでさえ宇宙空間を飛ぶだけでもしんどいのに、相手は物凄い数で襲ってくるからねー。一人より二人の方が、操縦以外に兵装システムとかの扱い、レーダーの管理や、後は目視での索敵とか……とにかく、何もかもが分担できる。私はそっちの方が効率的だと思うんだ」
「ということは、ESP専用機は全部複座ということなのか?」
翔一は椿姫の話を聞いてそう思ったのだが、しかし椿姫の反応は「いんや、ところがそうでもないんだよねー」と、首を横に振って否定するような感じだった。
「さっき話した≪ブラック・マンタⅡ≫だとか、後はフランスの≪ネージュ9000≫だとか。あの辺は単座機なんだよね。
でもまあ、理屈は分かるよ? 確かに一機撃墜されただけで、ただでさえ貴重なESPを一度に二人も死なせちゃう複座機ってリスク高いしねー。強力なESP機の頭数を一機でも多く揃えるだとか、一般パイロットと機体を共通化して、コストを削減するだとか。単座機派の言い分も、理屈の上ではは私も理解しているつもりなんだよ」
でもね、と椿姫は続けて、
「やっぱり、ESPは二人一組が一番だよ。それに機体だって画一化された奴よりも、多少高くたって特別ハイスペックな機体を用意してあげた方が優位に戦えると私は思うんだ。現に、私のゴーストは凄い戦果挙げてるしね。まだ十三機ちょっとの先行量産型でしかないけれど、でも半年もしない内に正式な生産ラインが動く手筈になってる。これこそ、普通の戦闘機ならいざ知らず……ESPに限っては複座の方が優れているっていう、何よりの証明じゃないかなあ?」
「僕に言われてもな……」
実戦経験が未だ無い以上、椿姫に何を言われたところでどんな反応を返せば良いのか分からない。
だから、翔一は自分の方をコクピットから見上げてくる椿姫から小さく視線を逸らす。とすれば椿姫も彼が目を逸らした意味を悟ったのか「にゃははー、翔ちゃんに振ったら可哀想な話だったね」と、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「……そういえば」
と、二人の間には妙に気まずい空気が漂っていたのだが。ふとした折に翔一は前から疑問に思っていたことを思い出すと、話題を切り替えるのも兼ねて椿姫にその疑問をぶつけてみることにした。
「この機体……だけじゃなく、空間戦闘機自体がそうなんだと思うけれど。どうして脱出装置が射出座席じゃあなく、機首ごと分離のモジュール式なんだ?」
「あのねえ、宇宙空間で座席だけスッ飛ばしてどうすんのよ?」
そんな風な疑問を口にした途端、背中の方から飛んでくるのはアリサの……そんな、呆れ返ったような調子の言葉だ。溜息なんか混じっている辺り、割と真面目に翔一に対して呆れているのだろう。
――――空間戦闘機の脱出は、機首そのものが分離する。
少し前の飛行訓練の際、要からチラッと話に聞いていたことだが。翔一は以前からそのことが気になっていたのだ。
普通の……翔一が知っているようなジェット戦闘機なら、例えば英国マーティン・ベイカー社製のマーク16や、合衆国のACESⅡなどに代表される射出座席――即ち、座席のみを機体から打ち出してパイロットを脱出させ、パラシュート降下させる物が基本だ。というか、今時の戦闘機は全てこの射出座席でのベイルアウト・システムを採用していると断言してしまっても良い。
が、≪グレイ・ゴースト≫や≪ミーティア≫のような空間戦闘機はそうでなく……機首ユニットそのものが機体から分離し、脱出するという仕組みなのだ。
これはいわゆるモジュール式脱出装置というもので、普及した例といえば……昔のF‐111アードバーグ戦闘爆撃機ぐらいなものだろうか。翔一にとってはあまり馴染みのない脱出方法が、空間戦闘機に限っては広く使われていただけに、彼としてもそこは気になる点だったのだ。
「宇宙空間にシートだけで放り出されて、後はどうすれば良いのよそれって」
「……言われてみれば、その通りだ」
まあ、そんな脱出システムを採用している理由は、今まさにアリサが口にした通りだろう。彼女の言葉で翔一は悟ると、納得したような風に返し。そして自分の考えの浅はかさを認識すると、がっくりと肩を落とした。
――――そうだ、言われてみればその通りだ。空間戦闘機は地球だけじゃあない、宇宙空間での戦闘も視野に入れているのだ。
だとすれば、モジュール式を採用した理由も納得がいくというものだ。仮に従来通りの射出座席だったとして……アリサが言った通り、それこそシート一枚で宇宙に放り出されてどうしろという話だ。
逆に機首ごと分離すれば、コクピットがそのまま救命ポッド代わりになるのは想像に難くない。水も食糧も、そして酸素もその方が圧倒的に余裕があるだろう。それに救命用ビーコンの類が備わっていれば、その位置座標を元に救助が出来る。座席だけ放り出されて、パイロット・スーツにある分だけの酸素で生き残れと言われるよりは、そちらの方がよっぽど生存確率は高い。
それを思うと、翔一はやれやれと自分自身に呆れ返るみたく肩を竦めつつ、今まで脚を掛けていたラダーから軽く飛び降りるようにして地上に降りる。とすれば椿姫も一緒になってコクピットから這い出し、同じようにラダーを降りて格納庫の床に足を下ろした。
二人で≪グレイ・ゴースト≫から数歩離れ、翔一は椿姫と横並びになりながら、その漆黒の機影を見つめる。そうすれば彼は彼自身が気付かぬ内に、ボソリとこんなことを呟いてしまっていた。
「それにしても……まるで、雪風みたいだ」
「んー? ひょっとして翔ちゃんも分かるクチだったり?」
「あ、ああ」自分が無意識の内に口走っていたことに内心驚き、戸惑いつつの翔一が頷き返す。「好きなんだ、あの小説」
「おっとっと、原作読者かー」
「その言い方、椿姫はOVA派なのか?」
「んだね」と八重歯を見せながら椿姫が頷く。「といっても、ちゃーんと原作も読んでるけれど。このゴーストだって、スーパーシルフみたいなのを作りたいって、そう思って開発したんだよ?」
「……通りで、雰囲気が似ているはずだよ」
フッと微笑みつつ、翔一は改めて目の前の機影を見据える。
本当に……綺麗な翼だ。漆黒の肌は刀のように鋭角だが、何処か流線形を描いているようにも見える。翼端が軽く上に折れ曲がったデルタ型の主翼と、水平とか垂直だとかの概念が完全に消え失せている、「X」字を描くように取り付けられた四枚の全誘導式尾翼。機首辺りにある小さなカナード翼と、推力偏向ノズルが取り付けられた双発のプラズマジェットエンジン。そして、白鳥のように細長く伸びた機首の描く流麗なライン…………。
様々な部品が組み合わさり、複雑なシルエットを描くこの機体は……本当に、美しいの一言だ。南が前にこのゴーストのことを戦闘妖精だと喩えていたのも、納得出来るぐらいに。
「…………ねえ、翔ちゃん」
そんな、静かに羽を休める漆黒の戦闘妖精。赤い薔薇のパーソナル・エンブレムが描かれた≪グレイ・ゴースト≫を二人並んで眺めながら、椿姫がボソリと隣の彼に囁きかける。周りの皆に、後ろのアリサに聞こえないぐらいの、そんなささやかな声量で。
「ESP同士の共鳴現象ってさ、お互いの相性がよっぽど良くないと起きないことなんだ」
「そう……なのか?」
「うん。お互いの能力が同じぐらいの強さで、それでいてお互いの……超能力者としてもそうだけど、ヒトとしての相性も良くないと。そうでないと、翔ちゃんが経験したみたいに強烈な共鳴現象って起きないんだ」
「僕と……アリサの相性が?」
「実際、あんなレベルでの共鳴現象って他に例が無いんだよね。まあ、共鳴の強さって外からは観測出来ないし、本人たちにしか分からない感覚なんだけれど……でも、アリサちゃんにあれだけの乱れが生じて、ましてディーンドライヴの停止とエンジンのフレームアウトまで起きるなんてことは、規格外中の規格外なんだ」
――――つまり、君とアリサちゃんの相性は最高ってわけ。ESPとしてだけじゃなく、ヒトとしてもね。
「この椿姫さまのお墨付きをあげるよ。まさに比翼連理、お似合いの二人ってことだねー」
にししっと八重歯を見せて微笑む椿姫にズバリ言われた翔一は、何だか小っ恥ずかしくなってきてしまい……思わず、彼女からぷいっと顔を逸らしてしまう。いじらしく、頬なんか少し赤く染めながら。
そんな翔一の反応を見て、椿姫は満足げに微笑み。そして翔一に対し、今度は諭すようなことを……やはり囁くように細い声で言った。
「…………いつもはあんな風だけれどさ。アリサちゃん、実は凄く寂しがり屋さんなんだよ」
「…………」
「多分、アリサちゃんの過去に何かあったってことぐらいは、翔ちゃんも何となく察してくれてると思う。敢えて私の口からは言わないから、詳しいことは本人から聞いて欲しいんだけれどね」
でも、と椿姫は言って、
「アリサちゃんの中でぽっかりと欠けた何か。あの娘が本当は何よりも必要としている、足りない何かを埋めるのは……多分、翔ちゃんだと思うんだ」
「……僕が?」
うん、と椿姫は頷く。今度は八重歯を見せた無邪気な笑顔ではなく、何処か真剣な……人類の救世主とまで言わしめた稀代の天才科学者・立神椿姫としての面持ちで。
「だから、翔ちゃんはどんなことあっても、あの娘の傍に居てあげて欲しいんだ。どんなことがあっても、あの娘を守る支えであって欲しい。独りぼっちだと危なっかしくて仕方ないアリサちゃんの、あの娘の翼になってあげて欲しいんだ」
「…………寧ろ、翼を貰ったのは僕の方だよ」
「二人でひとつの双翼、ってことじゃあないかな?」
「……二人で、ひとつの」
「私は直感的にそう思ったよ。翔ちゃんもアリサちゃんも、二人とも背中の羽根が片方ずつ欠けちゃってるんだ。それを補い合っての双翼。それを補い合う為の……その為の、ゴーストなんだよ」
制服スラックスのポケットに両手を突っ込み、遠い眼で≪グレイ・ゴースト≫を眺める翔一を横目に、そう言った椿姫はチラリとアリサの方に振り向く。
そうして彼女の方を一度見た後で、椿姫はまた翔一の横顔を見上げると。今の言葉を胸に刻むように、その意味を確かめるように遠い眼をした彼に対し……最後に、こう告げた。
「私には翔ちゃんみたいな予知能力なんて無いから、未来のコトなんて何も分からないよ。
けれど……これだけは、直感的に分かるんだ。君とアリサちゃんは、出逢うべくして出逢ったんだって。お互いがお互いの欠けた翼を補い合い……何処までも真っ直ぐに飛んでいく為の、双翼なんだって」
「……直感、か」
そんな椿姫の言葉を耳にして、翔一は目の前の黒い翼から眼を離さぬまま……フッと小さく微笑んで、そして彼女にこう言う。
「とても、科学者らしくない言葉だ」
すると、椿姫は「私も、そう思うよ」と言ってニッと笑う。
「でも……科学では説明できないこと。ロジックじゃあ語れないことが、この世界には溢れている。だからこそ翔ちゃんみたいな超能力者が居て、翔ちゃんみたいな特別な力を持って生まれた人間が……きっと、この先の世界をより良くしていくと。私はそう思ってる……ううん、信じてるよ」
「――――いつか」
「ん?」
「いつか……いつか、戦いのない平和な空を飛びたい。アリサと二人で、そんな空を飛んでみたい。誰にも縛られず、何処までも。他の誰でもない、僕たちだけの翼で」
何の気なしに、ふと頭を過ぎった言葉を口にしただけだ。特に意味は無いし、意味なんて何も考えていない。心が赴くまま、口が動くままに口走った一言だ。
しかし、そんな言葉を彼女は気に入ってくれたのか。椿姫はクスッと微笑むと、翔一の羽織る制服ブレザージャケットの裾をちょいと指先で摘まみながら、彼にこう言った。
「……やっぱり、翔ちゃんは出逢うべくして出逢ったんだよ。来るべくして此処に来たんだ、君は」
二人の一連のやり取りは、背にした要や南、そして……アリサの耳には、届いていない。
だが、それでも構わなかった。自分が空を飛ぶ本当の理由を、それを今一度、こうして確認できただけで――――翔一にとっては、それだけで十分だった。
「…………桐山、翔一か」
彼がそんなことを心の内で思っている横で、椿姫が小さくひとりごちる。今度は、彼にも聞こえないぐらいの細すぎる声音で。
「君らにそっくりだよ、面白いぐらいに。やっぱり彼は、君らの――――」
にししっと、八重歯を小さく見せて微笑み、ひとりごちる椿姫の顔に浮かんでいたのは。何処か満足げな……そんな色をした、楽しげな表情だった。
(第八章『日常と非日常と』了)
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