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Chapter-01『覚醒する蒼の神姫、交錯する運命』
第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/08
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「――――そういえば、遥くんは何か思い出したのかい?」
そうして有紀の隣に座り、カウンターの向こう側に立つ遥も交えて雑談を交わすこと三〇分。有紀はある時フッと思い出すと、それを何気なしに口に出して目の前の二人へと問うていた。
だが、遥は「いえ、残念ながら」と苦笑いで首を横に振る。
すると有紀は「そうか……」と残念そうに肩を落とし、白衣の胸ポケットから取り出したアメリカン・スピリット銘柄の煙草を口に咥えた。
「記憶喪失ばかりは、効果的な治療手段も無いからね。こればかりは遥くんが何かの切っ掛けで思い出してくれるのを祈ることしか出来ないよ。力になれなくて済まないね、遥くん」
そうして口に咥えた煙草に、やはり懐から取り出したジッポーで火を付ける。そうしながら呟いた有紀の言葉に、遥は「そんな、謝らないでください」と恐縮した様子で言う。
「有紀さんや、それに何よりも戒斗さんたちにはお世話になりっ放しで。本当に……感謝してもしきれないんです」
すると、遥は続けてそんな言葉を呟いた。
戒斗はそんな二人の会話をすぐ傍で聞きながら――――ふと、内心で遥のことを思い返していた。
――――間宮遥は、記憶喪失だ。
一年半前の土砂降りの日、店の前で倒れていた彼女を戒斗が発見したことが全ての始まりだった。
ひとまず一一九番に電話し、救急車を呼んで病院に担ぎ込み。そうして病室で目を覚ました彼女は……自分のことを含めた、一切の記憶を失ってしまっていた。
その後、色々と紆余曲折あった末に……戒斗の提案が発端になって、身寄りがなく行くアテもない彼女が戦部家に居候することになった。
今彼女が名乗っている間宮遥という名前も、呼び名が分からないと不便だから……と、戒斗がひとまずの仮の名として彼女にあげたものだ。自分の名前すら忘れてしまった彼女にとって、戒斗の与えたこの間宮遥という名前が、今では他ならぬ自分自身を指し示すワードになっている。
そうして戦部家で居候を始めた彼女は、気付けば店を手伝ってくれるようになっていた。
曰く『お世話になってばかりでは申し訳ありませんから』だそうで。何だかんだと毎日のように手伝ってくれている内に……今ではもう、遥は店の看板娘のような感じになっている。
実際、客からの人気もかなり高いらしい。時たま手伝ってくれるアンジェと人気を二分していて、噂では二人のファンクラブが出来ているとか何とか。
とにもかくにも、間宮遥としてそんな風に毎日を送っている彼女だが……一年半が経過した今でも、失った記憶を全く取り戻せていない。
記憶喪失の原因は分からずじまいだ。ファースト・コンタクトが道で倒れている彼女を助けた場面だから、そもそも原因を特定するのが土台無理な話ではあるが。何にせよ……彼女が記憶を失った原因は分からず、そして失った記憶も未だに取り戻せていなかった。
そんな彼女を見かねて、医療関係に知り合いが多いらしい有紀が方々当たってくれたのだが……結果はお察しの通りだ。有紀が幾つも紹介してくれた大学病院や国立病院を渡り歩きはしたものの、全て効果はなかった。
だから……遥は現状、真っ白なままなのだ。彼女自身ですら過去の分からない、真っ白な存在。それが間宮遥という彼女だった。
――――まあ、かといって戸籍が取得できないワケじゃない。記憶喪失の人間だろうと、日本国籍は取得出来るのだ。
家庭裁判所への申し立てと面倒極まりない手続きを経て、今の遥は『間宮遥』としての正式な国籍を持っている。だから運転免許も取得出来るし、実際彼女は戒斗の勧めで大型二輪の免許を取得していた。店の入り口近くに置いてある、グレーにライムグリーンのアクセントが綺麗な大型バイク。二〇一九年式のカワサキ・ニンジャZX‐10Rがその何よりもの証拠だ。
とまあ、遥は未だに失った記憶を取り戻せてはいないものの……戒斗や周囲の助けを得ながら、何とか日々を暮らせていた。
「――――!!」
そうした有紀との会話を交わしている中、遥はふとした折に虚空を見つめながら、心ここに在らずといった風にぼうっとしてしまっていて。とすれば――――。
「……すみません、戒斗さん。急用を思い出したので、ちょっと出てきます。後はよろしくお願いしますね」
突然そう言うと遥はエプロンを脱ぎ、代わりに焦げ茶のジャケットを羽織り。カウンターの傍らに置いてあったフルフェイス・ヘルメットを引っ掴むと、彼女はそのまま店を飛び出していってしまう。
「なっ、ちょっ、急にどうしたってんだよ遥!?」
困惑する戒斗の制止も聞かぬまま、遥はカランコロンとベルを鳴らす扉の向こう側に姿を消し。数秒後にはZX‐10Rのエンジン始動音が聞こえてきて、それから三十秒も立たない内にZX‐10Rに跨がった遥は何処かに走り去って行ってしまった。
「……遥くん、急にどうしたんだい」
「俺にも分からねえよ。たまにあるんだ、遥がこうして急に何処かへ出掛けてくことがよ」
急発進して遠ざかっていく、ZX‐10Rの高鳴る鼓動のような甲高い音色を聴きながら、店に残された有紀と戒斗は戸惑い気味にそんな会話を交わす。
…………実際、遥がこうして理由も告げず急に何処かに出掛けていくのは、今日に始まったことではない。
たまにあるのだ、遥が急に思い詰めたような顔になったかと思えば、突然バイクに跨がって家を飛び出していくのは。そうして飛び出した彼女の行き先や目的は、誰も知らないし知るよしもない。本当に謎なのだ、遥がたまに取るこうした行動の理由は。
でも、戒斗を始め周囲の人間は敢えてその理由を深く掘り下げようとはしなかった。遥は遥なりに考えがあってのことだと思ったが故に、もしかしたら失った記憶を取り戻す切っ掛けになるかもと思ったが故に…………。
「謎だね、うん実に謎だ」
「全くだぜ」
煙草を吹かす有紀に、やれやれと肩を竦めつつ。他に誰も客の居ない静かな店内で、戒斗はふと店の壁に掛けてある液晶テレビの方に視線を向けてみた。
映っているのは、昼時のワイドショー番組。今日の報道内容は……十日ほど前、港湾エリアの倉庫地帯で起こった怪物騒動のことだった。
なんでも、正体不明の怪物に襲われた作業員が三人、惨殺死体で発見されたとか。酷く損壊した遺体は食い荒らされたような痕跡がある……とか何とか。
「……こんな怪物騒動が始まって、もう何年になる?」
「六年、いやもうちょっとになるかな」
テレビを見上げながらボソリと呟く戒斗の言葉に、有紀もまた画面を仰ぎ見ながら、咥え煙草をしたままで呟き返す。
――――有紀の言う通り、こうした怪物騒動は今に始まったことではない。
最初にこうした騒動が始まって、もう六年か七年は経っているだろうか。最初の事件からこれだけの年月が経過しても、未だに怪物の正体は不明のまま。神出鬼没の不気味な異形に対し、警察は後手後手の対処療法をこの六年間、強いられ続けている。
今では日本警察も随分と重武装化したものだ。都市部の方では制服警官、交番のお巡りさんが従来通りの三八口径・五連発の小さく非力なリヴォルヴァー拳銃でなく、グロック19の多弾数オートマチック拳銃をぶら下げている光景がよく見かけられるようになったし、それに交番にはショットガンに加えて、ドイツ製の強力なMP5サブ・マシーンガンも保管されていると聞く。今までならSATなど一部の特殊部隊にしか配備されていなかった代物だ。
…………都市部の警官がグロックを腰に吊し、あちこちの交番にはショットガンやサブ・マシーンガンなどの強力な銃火器がいつでも使用可能な状態で配備されている。こんなの、少し前の日本警察では絶対に考えられなかった光景だ。
だが、現実としてそうなってしまっている。今の怪物騒ぎはそれほどまでにリアルで、そして……深刻な事態なのだ。
報道番組だけ観ていると、まるで特撮ヒーロー番組の中の話に思えるような事態。とても現実とは思えないようなことが、実際に起きてしまっているのだ。
幸いにして今までそんなこととは無縁だった戒斗にとっては、どうにも現実感が薄く思えて仕方ないのだが……しかし、これは紛れもない現実。実際にこの世界で起きていることなのだ。正体不明の怪物が暴れ回り、人々を殺して回っているという……そんな意味不明な事態が。
「嫌だね。こんなの、早く終わればいいと私は思うよ」
「……ああ、本当にな」
店の壁に掛けられた液晶テレビ、それが垂れ流すワイドショー番組を二人揃って眺めながら、有紀と戒斗はそれぞれ呟き合う。
――――先程慌てて店を飛び出していった間宮遥。彼女があの時、耳鳴りのような甲高い感覚を……警鐘のような感覚を頭の中に覚え、そしてそれに導かれるかのように飛び出していったこと。その事実を、何気なく呟き合う二人が知るよしもなく。戒斗はボソリと、遠い国の他人事を眺めるかのような調子で、小さく有紀に呟き返していた。
そうして有紀の隣に座り、カウンターの向こう側に立つ遥も交えて雑談を交わすこと三〇分。有紀はある時フッと思い出すと、それを何気なしに口に出して目の前の二人へと問うていた。
だが、遥は「いえ、残念ながら」と苦笑いで首を横に振る。
すると有紀は「そうか……」と残念そうに肩を落とし、白衣の胸ポケットから取り出したアメリカン・スピリット銘柄の煙草を口に咥えた。
「記憶喪失ばかりは、効果的な治療手段も無いからね。こればかりは遥くんが何かの切っ掛けで思い出してくれるのを祈ることしか出来ないよ。力になれなくて済まないね、遥くん」
そうして口に咥えた煙草に、やはり懐から取り出したジッポーで火を付ける。そうしながら呟いた有紀の言葉に、遥は「そんな、謝らないでください」と恐縮した様子で言う。
「有紀さんや、それに何よりも戒斗さんたちにはお世話になりっ放しで。本当に……感謝してもしきれないんです」
すると、遥は続けてそんな言葉を呟いた。
戒斗はそんな二人の会話をすぐ傍で聞きながら――――ふと、内心で遥のことを思い返していた。
――――間宮遥は、記憶喪失だ。
一年半前の土砂降りの日、店の前で倒れていた彼女を戒斗が発見したことが全ての始まりだった。
ひとまず一一九番に電話し、救急車を呼んで病院に担ぎ込み。そうして病室で目を覚ました彼女は……自分のことを含めた、一切の記憶を失ってしまっていた。
その後、色々と紆余曲折あった末に……戒斗の提案が発端になって、身寄りがなく行くアテもない彼女が戦部家に居候することになった。
今彼女が名乗っている間宮遥という名前も、呼び名が分からないと不便だから……と、戒斗がひとまずの仮の名として彼女にあげたものだ。自分の名前すら忘れてしまった彼女にとって、戒斗の与えたこの間宮遥という名前が、今では他ならぬ自分自身を指し示すワードになっている。
そうして戦部家で居候を始めた彼女は、気付けば店を手伝ってくれるようになっていた。
曰く『お世話になってばかりでは申し訳ありませんから』だそうで。何だかんだと毎日のように手伝ってくれている内に……今ではもう、遥は店の看板娘のような感じになっている。
実際、客からの人気もかなり高いらしい。時たま手伝ってくれるアンジェと人気を二分していて、噂では二人のファンクラブが出来ているとか何とか。
とにもかくにも、間宮遥としてそんな風に毎日を送っている彼女だが……一年半が経過した今でも、失った記憶を全く取り戻せていない。
記憶喪失の原因は分からずじまいだ。ファースト・コンタクトが道で倒れている彼女を助けた場面だから、そもそも原因を特定するのが土台無理な話ではあるが。何にせよ……彼女が記憶を失った原因は分からず、そして失った記憶も未だに取り戻せていなかった。
そんな彼女を見かねて、医療関係に知り合いが多いらしい有紀が方々当たってくれたのだが……結果はお察しの通りだ。有紀が幾つも紹介してくれた大学病院や国立病院を渡り歩きはしたものの、全て効果はなかった。
だから……遥は現状、真っ白なままなのだ。彼女自身ですら過去の分からない、真っ白な存在。それが間宮遥という彼女だった。
――――まあ、かといって戸籍が取得できないワケじゃない。記憶喪失の人間だろうと、日本国籍は取得出来るのだ。
家庭裁判所への申し立てと面倒極まりない手続きを経て、今の遥は『間宮遥』としての正式な国籍を持っている。だから運転免許も取得出来るし、実際彼女は戒斗の勧めで大型二輪の免許を取得していた。店の入り口近くに置いてある、グレーにライムグリーンのアクセントが綺麗な大型バイク。二〇一九年式のカワサキ・ニンジャZX‐10Rがその何よりもの証拠だ。
とまあ、遥は未だに失った記憶を取り戻せてはいないものの……戒斗や周囲の助けを得ながら、何とか日々を暮らせていた。
「――――!!」
そうした有紀との会話を交わしている中、遥はふとした折に虚空を見つめながら、心ここに在らずといった風にぼうっとしてしまっていて。とすれば――――。
「……すみません、戒斗さん。急用を思い出したので、ちょっと出てきます。後はよろしくお願いしますね」
突然そう言うと遥はエプロンを脱ぎ、代わりに焦げ茶のジャケットを羽織り。カウンターの傍らに置いてあったフルフェイス・ヘルメットを引っ掴むと、彼女はそのまま店を飛び出していってしまう。
「なっ、ちょっ、急にどうしたってんだよ遥!?」
困惑する戒斗の制止も聞かぬまま、遥はカランコロンとベルを鳴らす扉の向こう側に姿を消し。数秒後にはZX‐10Rのエンジン始動音が聞こえてきて、それから三十秒も立たない内にZX‐10Rに跨がった遥は何処かに走り去って行ってしまった。
「……遥くん、急にどうしたんだい」
「俺にも分からねえよ。たまにあるんだ、遥がこうして急に何処かへ出掛けてくことがよ」
急発進して遠ざかっていく、ZX‐10Rの高鳴る鼓動のような甲高い音色を聴きながら、店に残された有紀と戒斗は戸惑い気味にそんな会話を交わす。
…………実際、遥がこうして理由も告げず急に何処かに出掛けていくのは、今日に始まったことではない。
たまにあるのだ、遥が急に思い詰めたような顔になったかと思えば、突然バイクに跨がって家を飛び出していくのは。そうして飛び出した彼女の行き先や目的は、誰も知らないし知るよしもない。本当に謎なのだ、遥がたまに取るこうした行動の理由は。
でも、戒斗を始め周囲の人間は敢えてその理由を深く掘り下げようとはしなかった。遥は遥なりに考えがあってのことだと思ったが故に、もしかしたら失った記憶を取り戻す切っ掛けになるかもと思ったが故に…………。
「謎だね、うん実に謎だ」
「全くだぜ」
煙草を吹かす有紀に、やれやれと肩を竦めつつ。他に誰も客の居ない静かな店内で、戒斗はふと店の壁に掛けてある液晶テレビの方に視線を向けてみた。
映っているのは、昼時のワイドショー番組。今日の報道内容は……十日ほど前、港湾エリアの倉庫地帯で起こった怪物騒動のことだった。
なんでも、正体不明の怪物に襲われた作業員が三人、惨殺死体で発見されたとか。酷く損壊した遺体は食い荒らされたような痕跡がある……とか何とか。
「……こんな怪物騒動が始まって、もう何年になる?」
「六年、いやもうちょっとになるかな」
テレビを見上げながらボソリと呟く戒斗の言葉に、有紀もまた画面を仰ぎ見ながら、咥え煙草をしたままで呟き返す。
――――有紀の言う通り、こうした怪物騒動は今に始まったことではない。
最初にこうした騒動が始まって、もう六年か七年は経っているだろうか。最初の事件からこれだけの年月が経過しても、未だに怪物の正体は不明のまま。神出鬼没の不気味な異形に対し、警察は後手後手の対処療法をこの六年間、強いられ続けている。
今では日本警察も随分と重武装化したものだ。都市部の方では制服警官、交番のお巡りさんが従来通りの三八口径・五連発の小さく非力なリヴォルヴァー拳銃でなく、グロック19の多弾数オートマチック拳銃をぶら下げている光景がよく見かけられるようになったし、それに交番にはショットガンに加えて、ドイツ製の強力なMP5サブ・マシーンガンも保管されていると聞く。今までならSATなど一部の特殊部隊にしか配備されていなかった代物だ。
…………都市部の警官がグロックを腰に吊し、あちこちの交番にはショットガンやサブ・マシーンガンなどの強力な銃火器がいつでも使用可能な状態で配備されている。こんなの、少し前の日本警察では絶対に考えられなかった光景だ。
だが、現実としてそうなってしまっている。今の怪物騒ぎはそれほどまでにリアルで、そして……深刻な事態なのだ。
報道番組だけ観ていると、まるで特撮ヒーロー番組の中の話に思えるような事態。とても現実とは思えないようなことが、実際に起きてしまっているのだ。
幸いにして今までそんなこととは無縁だった戒斗にとっては、どうにも現実感が薄く思えて仕方ないのだが……しかし、これは紛れもない現実。実際にこの世界で起きていることなのだ。正体不明の怪物が暴れ回り、人々を殺して回っているという……そんな意味不明な事態が。
「嫌だね。こんなの、早く終わればいいと私は思うよ」
「……ああ、本当にな」
店の壁に掛けられた液晶テレビ、それが垂れ流すワイドショー番組を二人揃って眺めながら、有紀と戒斗はそれぞれ呟き合う。
――――先程慌てて店を飛び出していった間宮遥。彼女があの時、耳鳴りのような甲高い感覚を……警鐘のような感覚を頭の中に覚え、そしてそれに導かれるかのように飛び出していったこと。その事実を、何気なく呟き合う二人が知るよしもなく。戒斗はボソリと、遠い国の他人事を眺めるかのような調子で、小さく有紀に呟き返していた。
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