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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.18:Exist/夜明けの鐘が鳴る①

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「あっ、おはよう二人とも」
「うむ……」
 そうして夜が過ぎ、朝を迎えれば。学食棟に向かおうと一真と瀬那は寮の部屋を出た矢先にエマと出くわしていた。
「昨日、眠れた?」
 隣り合って廊下を歩きながら、何処か浮かない顔の瀬那に向かってエマが問う。すると瀬那はやはり「ううむ……」と何処か沈んだような面持ちで唸り、
「……あれだけのことがあって、平然と眠れる己自身が嫌になる」
 と、自責に駆られているようなことを口にした。
「まあ、眠れるのは良いことだよ。ね、カズマ?」
「あ、ああ。んだな」
 唐突に話の矛先を向けられた一真が、若干戸惑いながら頷く。そんな彼に向かってエマは小さくウィンクめいたことなんかして合図をしてくるものだから、余計に一真はなんて話を続けて良いか分からなくなってしまう。
 ――――昨日のコトは、内緒にしとこっ。
 彼女が投げてきたウィンクの意図は、きっとこんな具合だ。昨日話したことも、ステラが白井を追いかけていたことも瀬那には伝えない方が良い。下手に伝えてしまえば、それが余計に彼女の心的負担になるから、と……。
 傍目に見れば瀬那の様子は普段と殆ど変わらないようにも見えるが、しかし彼女がかなりの精神的ダメージを負っているのは何となく察せられる。それでも気丈に、普段通りに見えるように振る舞えるのは瀬那自身の心の強さが故のことなのだろうが、しかしこれ以上余計な心労を彼女に与えたくないという思いは、一真もエマも互いに共通して思っていることだった。
 だからこそ、一真は小さく肩を竦めた後で、そんなエマに同意するみたくほんの少しだけ、隣を歩く瀬那に気付かれない程度に頷き返してやる。身近な人の死に直面した時の辛さは、二人ともがよく分かっていた。
(今、瀬那はそっとしておいてやった方がいい)
 彼女自身が区切りを付けるか、或いは限界を迎えそうになるまでは――――。
 そうして三人はそのまま訓練生寮を出て、食堂棟へと赴く。戸を潜ってすぐにある券売機の傍で例の対戦車ヘリ小隊・ハンター2の慧と雪菜の二人を見つければ、エマが「あっ、おはよう二人とも」と二人に声を掛ける。
「おう、おはようさん」
「おはようございますっ」
 こんな具合に、二人も挨拶を返してくれる。どちらも昨日までと変わらぬような立ち振る舞いだが、やはり表情の端には小さな影を落としていた。
 当然だ、と一真は思う。慧たちの小隊にも犠牲者が出ているのだ。コールサイン・"ハンター2-3"のコブラは撃墜され、パイロットとガンナーの二人は現場から正式に遺体が発見されている。そんな夜を越えた今日なのだから、二人の瞳に何処か色が欠けているように見えるのも仕方がなかった。
 ――――何も、死んだのはまどかだけじゃない。哀しいのは、自分たちだけじゃない。
 ハンター2-3の二人以外にも、今までA-311小隊の輸送を担当していた輸送ヘリ小隊"コンボイ1"からも八人の犠牲者が出ている。自分たちだけが不幸でも、自分たちだけが哀しいワケではないのだ。
「さてと、今日はどないな奴にしようかねえ」
 だが、それでも二人の瞳は前だけを向いている。哀しみは喉奥に呑み込み、やたらめったらに人前へ出すことは無く。しかし確かに生きていた戦友のことは胸に刻みつけ、それでも前へと歩いて行く。それでも二人は、戦い続ける……。
 普段の立ち振る舞いからはまるでそんな風には見えない慧だが、しかし今日だけは、彼女の横顔は国防陸軍の立派な正規軍人のように一真の瞳には映っていた。そして、今になって理解してしまう。彼女もまた、相応のモノを見続けてきた一人なのだと。常陸慧もまた、長く戦場という異常空間に身を置きすぎた一人であることを。
 今目の前にある彼女の姿は、いつか未来の自分の姿なのかもしれない。しかし一真は、それでも構わないと思ってしまっていた。それで奴と戦えるのなら、マスター・エイジを今度こそ自らの手で葬り去れるのならば、それでも構わないと……。
「……カズマ?」
 すると、何かを察した様子のエマが心配そうに小声で耳打ちをしてくる。ハッとした一真は「なんでもない」と咄嗟に取り繕うが、しかしエマには何だか色々と見透かされているような気がした。
「まあええわ、腹ペコちゃんやしとにかく食おうや。積もる話もそれからでええやろ」
 としている内に、慧はいつの間にか自分の食券を買い終えていて。そんな風に彼女から提案されると、一真たち三人も敢えて首を横に振る理由は無かった。
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