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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.12:呼び声は哀しみの灯明に消えて

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「……しかし、心配ですね」
 雅人に退出を命じ、彼が職員室を出て行った後。少しの間を置いてから、錦戸が何やら神妙な面持ちでそう、西條に話しかけてきた。
「何がだ?」と、西條。すると錦戸は「決まってますよ」と言って、
「白井くんのことです」
「あー……」
 まどかと白井が最後に話していた内容は、西條たちにも筒抜けだった。だからこそ西條は彼の名が出た途端、何処かバツの悪そうに、思い悩むように微妙な顔色を浮かべて唸ってしまう。
「先程、東谷さんに手伝って頂きながら、遺品整理の為に間宮さんの部屋を漁っていたのですが。すると、こんなものが出てきまして」
 と、錦戸は自分のデスクの引き出しから何か白い封筒のような物を取り出し、それをスッと西條に差し出してきた。
「これは……」
 西條はそれを受け取り、裏表を何度も見返して検分する。何の変哲も無いただの封筒のようだったが、裏側にただ一行だけの宛名が直筆のボールペン字で記されていた。その宛先を"白井彰"と、神経質で綺麗な文字で。
「間宮さんには失礼ながら、中身を拝見させて頂きました」
「中身は?」
「……遺書、と申し上げるのが一番適切でしょうか」
 遺書ならば、A-311小隊を編制する際、万が一の時の為にと既に全員に書かせている。
 ということは、つまりこのまどかが残した封筒は、白井に対しての遺書ということになるのか。自分の身に何かあった時の為に、遺品整理で部屋が漁られることを予見して、わざと遺していたモノのようだ。
「ったく、ここまで律儀にせんでもいいだろうに……」
 宛名が白井宛になっていた時点で何となく中身を察してしまうと、西條が悔いるような顔でその封筒を錦戸へ突き返す。まどかが彼に対して何を告げたかったのかなんて、大体予想が付くというものだ。わざわざヒトの手紙を読むような野暮をしてまで、確かめておくようなことでもないと西條は思っていた。
「……だからこそ、余計に心配なのです」
「白井が、か」
「ええ」頷く錦戸。「彼の精神状況は、恐らく……」
「小隊でも、一番酷いことになってるだろうな」
 短くなった煙草の火種を灰皿で揉み消し、新しいマールボロ・ライトの煙草を咥えながら、錦戸の言葉の先を引き継ぐみたいに西條が言った。
「……かといって、私らが手を出せる問題でもない。こういうことは、本人たちで解決するしか無いんだ」
「だからこそ、歯痒い」
「全くだ……」
 こればかりは、どうすることもできないのが現実だ。教官という立場である以上、教え子の彼らにしてやれることにはどうしても限界の壁が付きまとう。
 だが、乗り越えるしかないのだ。軍のパイロットになる以上、戦友の死というものはいずれ彼らの目の前に立ち塞がるだろう壁なのだ。いずれ乗り越えねばならなかった壁が、余りに早くやって来てしまっただけのことだ……。
「…………」
 しかし、白井の場合はまた別だ。彼に限って言えば、事情があまりにも重すぎる。おいそれと手を出して良いような、何か口を出せるようなものには思えない。
 だからこそ、西條も錦戸も必要以上に彼のことを案じていた。そして、ただ案ずることしか出来ない自分たちの現状が、歯痒くて仕方なかった。
「……立ち直れるかな、アイツ」
「こればかりは、少佐の仰った通り本人たち次第としか」
「だよなあ……」
 溜息交じりに吐き出した紫煙が、ぽうっと白い煙として宙を舞う。蛍光灯に照らされる中に浮かび上がる煙は、やがて空気の中へ薄く霧散してしまい。漂う薄い紫煙の香りだけが、二人の鼻腔を刺激していた。
「……結局、こういうことになってしまった」
「悔しいですな、少佐」
「全くだ。悔しくて仕方ないよ、私は……」
 マールボロ・ライトとラッキー・ストライク、二人の吹かす紫煙が放つ言葉と共に混じり合い、そしてまた同じように霧散していく。
(いっそ、この煙のように消えてしまいたい)
 そんな紫煙を眼で追いながら、西條は何の気無しにそう思ってしまっていた。出来るなら、今すぐ消えてしまいたいと。消えてしまって、楽になってしまいたいと……。
 しかし、それは決して許されないことだ。教育者という立場である以上、彼らの命を預かる立場である以上。どれだけのことに出くわしても、彼らの前から消えてなくなるワケにはいかないのだ。例え彼らの全てが己の目の前からいなくなって・・・・・・しまうとしても、その瞬間まで自分は彼らの傍に居てやらねばならない。それこそが、教官という余りに無力すぎる立場に置かれた西條舞依という自分自身が彼らにしてやれる、唯一のことなのだから……。
「……辛いな、錦戸」
「ええ、全くです」
 二人の憂いが深まると共に、夜もまた更けていく。いつか来るだろう夜明けを信じて、今はただ待ち続けるしかなかった。
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