上 下
290 / 430
第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.62:ブルー・オン・ブルー/Paint it, Blue.

しおりを挟む
「――――何? 少佐たちの部隊が緊急出撃ですか?」
 その頃、京都市街某所にある高級ホテルの最上階スウィート・ルームに滞在していたマスター・エイジはといえば。バスローブに身を包んだ格好のままで受話器を手に取り、彼にしては珍しく少しばかり驚いたような顔をしていた。
「この時間に……迎撃任務? とすると、倉本少将は関わっていないと」
 受話器を取ったまま、向こう側の相手とマスター・エイジは話す。その表情は一応の落ち着きを取り戻してはいたが、やはり驚きの色はまだまだその気配を消してはいない。
「一時間以内に京都士官学校から出撃、現地へですか……。なるほど、概ねは承知しました」
 受話器を取りながら、随分早いな、とマスター・エイジは内心で思っていた。十機という、小隊というより最早中隊規模のTAMS部隊と、その輸送ヘリ。加えて対戦車ヘリ小隊もをたかが一時間ばかしの猶予時間で動かすともなれば、本当に緊急も緊急の出撃だ。
 倉本少将なら、こんな真似はしない。というより、そこまでの緊急を要する出撃に、あの男が絡むだけの余裕があるとは思えない。恐らくは前線からの要請、そして中部方面軍司令部からの直接指令だろうと、マスター・エイジはそう推測していた。
「しかし、何故そのことを私に? いえ、不服というワケではありません。寧ろ、有り難いのですが。
 ――――もしや、私に彼らを試せ、と仰りたいので?」
 そんなマスター・エイジの問いかけに、電話の向こう側の相手は君の好きにしろ、と答えていた。
「……承知しました。やるだけ、やってみましょう。それにあたって駒を六つか八つばかし、お借りしてもよろしいですかな? 何、殆ど捨て駒同然です。ナイト・クラスの人間を用意する必要はありません。
 …………ええ、ええ。よろしくお願いします。加えて、私のも用意するようにと、スクライブたちには指示を」
 そうやって電話越しに相手と話しながら、マスター・エイジは電話台の近くに置いていた自らの眼鏡を手に取った。フレームレスのそれを掛けると、レンズの奥の瞳を小さく笑わせる。歓喜と期待の入り交じったような、そんな風に。
「では、よしなに。私もすぐに向かいますので、準備の方は滞りなくお願いします。
 …………分かっています。仮にも私だって、貴方がたからマスターの位を頂いておりますから、その肩書きに見合っただけの働きはしてご覧に入れましょう。――――では、エルダー。私はこれで」
 全ては、選ばれし我ら大いなる種族、その播種の為に――――。
 マスター・エイジは最後にそう、とびきりの笑顔と共に告げて、そして受話器を置いた。
 そうして電話を切ってから、マスター・エイジは窓際の方へと歩み寄って。その途中で小さな丸テーブルの上からマールボロ・ライトの紙箱と愛用のジッポーとを引ったくれば、窓際に立ちながら咥えたそれに火を付け、口元で紫煙を燻らせ始める。
 白く濁った吐息のカーテンの向こう側に見下ろすのは、京都の夜景。太古の歴史と共に歩んできた嘗ての都の、その夜景だった。
「意外な展開ですが……まあ、良いでしょう。私にとっても、ある意味好都合です」
 空調の微風で蒼い前髪を小さく揺らしながら、マスター・エイジはそうして眼下の街を見下ろしつつ、独り言を呟く。
「少佐の子供たち、ですか。それはそれは、さぞかし優秀なことでしょうね。瀬那も、きっと美しく成長していることだ」
 少佐――――。
 嘗ての伝説、"関門海峡の白い死神"の姿を脳裏に思い浮かべながら、マスター・エイジは自然とその端正な顔に浮かび上がってくる歓喜の笑みを、抑えることが出来ないでいた。突然舞い込んできた僥倖に対する、それへの歓喜の笑みが。
 そうやって煙草を吹かしながら、マスター・エイジはふと思い立ち、部屋に備え付けられていたレコード・プレイヤーの方へと歩いて行った。かなり年季の入った古びた機械だったが、しかし確かにまだ生きている、その息吹を感じられる。
 蓋を入れ、電源を付け。そうしながら、部屋に備え付けられていた幾つかのレコード盤を漁る。煙草を吹かしたまま、バスローブの格好でそうするマスター・エイジの姿は傍から見れば、今から何処かへ行こうとする人間には見えなかった。
「おっ……。良いですね、これが良い」
 微笑しながら、小さく独り言を呟いたマスター・エイジが取り出したのは、ある一枚のレコード盤だった。
 その大きなレコード盤をプレイヤーにセットし、回り出した円盤にアームを近づけ、針を接触させる。そうして部屋の音響システムから、小さなノイズと共に流れ出したのは、随分と古びた曲だった。ローリング・ストーンズの"Paint it, Black"……。
 何度も、何度も繰り返し聴いた曲だった。そして、マスター・エイジにとってお気に入りの一曲でもあった。ローリング・ストーンズは好きだが、中でも一番好みの曲かも知れない。
「ふふっ……」
 そんなお気に入りの曲を流していれば、窓際に戻ったマスター・エイジの頬も自然と緩んでくる。フレームレスの眼鏡の奥に見える瞳は相変わらず不気味な色で笑っていたが、しかし何処か楽しげでもあった。
 窓越しに見上げるのは、黒く夜闇に染まりきった夜闇の空。街明かりが近いからか、星の瞬きなんて殆ど見えやしない。肝心の月だって、丁度雲に隠れて見えなくなってしまっている。
 見上げるそこは、完全な黒に満たされていた。黒一色に染め上がった夜闇の空を見上げながら、煙草を吹かすマスター・エイジは小さく微笑む。見る者全てに異様な不気味さを感じさせる、そんな小さな笑みで。
「楽しみですね、少佐」
 そうやってマスター・エイジがひとりごちた時、背後で小さく部屋のドアがノックされるのが聞こえてきた。するとマスター・エイジは咥えていた煙草を灰皿に押し付け、揉み消し、「すぐに行く」と呼びかければ、バスローブを雑に脱ぎ捨てながら歩いて行く。
 脱ぎ捨てられたバスローブと、灰皿から紫煙の残り香を漂わせる吸い殻が虚しくそこに在る中、部屋にはまだあの曲が流れていた。古ぼけた、しかし確かな刺激を持つロック・ミュージックが…………。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕

naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。   この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。

処理中です...