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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.52:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル⑧

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「そういえば、デートしてくれるって約束、覚えてる?」
 その頃、訓練生寮の廊下では。一真と二人並んで歩きながらのエマが、そんな風に彼の方を見上げながら問いかけていた。
「昨日言ってた、アレのこと?」
 一真が訊き返せば、エマは「うん」と頷く。
「出来るだけ、早い方が良いかな。もしカズマが良ければ、だけれど」
「早い分には俺も構わんが、なんか瀬那も来たいとか言ってなかったか?」
「彼女の分も含めて、だよ」ニコッと小さく微笑みながら、エマがそう言い返す。
「瀬那だったら、僕も全然オッケィだからね。寧ろ、大歓迎って奴?」
「まあ、今更って感じだからなあ」
 そんな風な言葉を交わしながら、歩きながらの二人は互いに顔を見合い、小さく笑い合う。
「一回、瀬那とも話してみてよ。また昼頃になったらそっちに顔出すから、話を詰めるのはその時にでもさ」
「だな」相槌を打つみたいに、一真が短く言って頷く。
 そうしている内に、二人は203号室の前にまで着いてしまい。とりあえずは、一度此処でエマとはお別れといった雰囲気になってきた。
「じゃあエマ、また後で」
「うんっ♪」扉の前に立つ一真に向かって、エマはそうやって微笑みながら頷くと。「あ、そうだ」なんて風に言いながら、一真の方に近寄ってくる。
「ん?」
 そんなエマの仕草を眺めながら、一真が妙に思い首を傾げていると。すると彼女は「ふふっ……♪」なんて小さく微笑みながら、一真の首へと腕を回し。
「ん……♪」
 そうして、爪先で小さく背伸びをすれば。小さく瞼を閉じて、軽く唇を重ねてきた。
 時間にして、僅か数秒にも満たない程の短い接触だった。不意打ちを受けた一真も驚きこそしたが、しかし今更ドギマギするようなワケも無く。離れていったエマが「えへへ……♪」なんて具合に照れくさく微笑めば、「ったく……」なんて呟きながら、そんな彼女の頭を小さく撫でてやった。
「それじゃあね、カズマ。また後でねっ!」
 ひとしきり撫でられ終えると、エマはそう言いながら廊下を再び歩き出し、離れていく。
 そんなエマの背中を見送ってから、一真は203号室の鍵を開け。そうしてドアノブを捻り、やっとこさ部屋の中へ戻る。
 ――――すると。
「…………! かっ、一真かっ!?」
 なんて風に、驚く瀬那の声が部屋の奥から聞こえてくるものだから、一真はきょとんとしつつも「おう」といつものように言葉を返してやる。
 ともすれば、瀬那はドタドタと奥から小走りで駆けてきて。一真が靴を脱ぎ板張りの廊下に上がった頃には、振り向いた彼の胸元にドンッと瀬那が飛び込んで来ていた。
「せ、瀬那っ!?」
 そんな、彼女らしくない行動に走られてしまえば、幾ら一真とて当惑せざるを得ず。己の胸元に飛び込んで来た瀬那を見下ろしながら一真は目を丸くするが、しかし。
「…………っ」
 見上げる彼女の、金色の瞳に――――薄く、涙粒が浮いているのを見れば。一真はそれ以上のことを言えず、ただ「……どうした?」と声を掛けてやることしか出来ない。
「……起きてみれば、其方が何処にも居なかったから」
「あー……」
 言われてみれば、確かに部屋を出てから随分と時間が経ってしまっている。ちょっとした散歩のつもりが、エマと出くわして少し遠くまで足を伸ばしていたから、知らぬ間に随分と時間を食っていたらしい。
「いつも、其方が居るのが、普通だったから……。其方が、一真が何処かに居なくなってしまったのではないかと、不安になって……」
「…………もういい、それ以上言わんでいい」
 涙目のままで必死に言葉を紡ぎ出す瀬那の見上げる表情が、あまりに悲痛すぎて。一真はそれ以上彼女を見ていられなくなり、そのまま抱き締め返すことで言葉を制した。
 ――――どうしたって、彼女は独りだった。
 瀬那の生い立ちを知っていれば、自然と分かることだ。瀬那が此処に来る前、綾崎の家でずっと独りきりだったことは、想像に難くない。使用人の類は居ただろうが、そんなのは……違う。
 そんな彼女が、此処に来てからはずっと、殆ど自分と一緒だった。そんな時に、朝起きてみれば突然自分が居なくなっていれば、瀬那はきっとひどく動揺したことだろう。瀬那は自分なんかよりもずっと理性的で賢いだが、しかしこれは、頭でどうこう考えることじゃない。
 だから――――今になって、一真はひどく自責の念に駆られていた。
「……悪かったな、独りにさせて」
 彼女は、瀬那は、出来うる限り独りにさせてはいけないのだ。
 それは勿論、彼女が今、楽園エデン派にその命を狙われているという危うい立場にあるということもある。だが、それ以前に――――根本的に、彼女は寂しがりなところがあるのだ。
 そんな彼女を、瀬那を、少しの間といえ独りにしてしまった。それも、予め何も言わないままで。だから、一真はひどく己の行為を後悔した。
「書き置きのひとつでも、残しといてやれば良かったよな……」
 本当に、そうしておいてやれば良かった。そうすれば、彼女をここまで動揺させることもなかった……。
「……其方は、いじわるだ」
 一真の胸に顔を埋めたまま、半泣きのような声で瀬那がそんなことを口走る。
「でも……戻ってきてくれて、良かった…………」
「……本当に、済まないことをした」
「謝らなくても、い」
 申し訳なさげな一真に、瀬那はそう言いながら顔を上げて。そうして、涙目のままで一真を見上げると。
「其方がまた、帰って来てくれただけで……それだけで、もういのだ…………」
 その涙目のまま、瀬那は小さく唇を重ねてくる。まるで、互いの存在を確かめるかのように。
「……其方は、確かに此処にるのだな……?」
 一瞬の接触の後、瀬那は唇を離せば。また見上げる顔で一真と見合いながら、細い声音でそう問いかけてくる。それに一真は「ああ」と頷いて、
「俺は、確かに此処にいる。何処へだって、行きはしない」
 小さく表情を崩しながら、そう断言してやれば。瀬那は「……そうか」と安心したように頷くと、また一真の胸に顔を埋めてくる。
「……ならば、安心した。一真?」
「ん?」
「もう少し……もう少しで、い。少しの間だけ、こうさせていてはくれぬか……?」
 そんなことを訊かれて、一真に「好きなだけ、瀬那の望むだけ」と答える以外の選択肢など、最初からあるわけがなかった。
「左様か……」
 すると、瀬那は深く、深く一真の胸に顔を埋める。彼が此処にいて、己もまた此処にいるという、確かな存在を確かめていくみたいに。
「…………其方は、確かに此処にるのだな」
 そうして、一真は暫くの間、瀬那にされるがままでそこに立ち尽くしていた。彼女が望む限り、こうしていてやろうと。そう、思っていたから……。
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