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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.51:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル⑦

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「…………どうやら、お邪魔みたいね」
 そんな二人の様子を、小さく開いた扉の隙間からチラリと見て。どうやらあそこに割り込むのは無粋だろうと思い、ステラ・レーヴェンスは小さく戸を閉めた。
 国崎の見舞いに来たつもりだったが、どうやら要らぬ世話だったらしい。折角朝も早くから起きてこれというのも何だか骨折り損のような気もするが、しかし幾ら粗暴さの目立つ性格のステラといえ、あの二人の空気の間に割って入るような無粋な真似が出来るほど、神経が太く出来ているワケじゃない。
 とりあえず、国崎の見舞いは改めて出直すことにしよう。そう思い、医務室の前を離れていくステラだったが。
「――――あっれ、まどかちゃんじゃなーいの」
 聞き覚えのある、そんな男の声が。明らかに白井のものと聞こえるその声が廊下の遠くから聞こえてくれば、自然とステラは偶然近くにあった階段の陰に隠れるようにして、身を隠してしまう。
(……何やってんのよ、アタシってば)
 何故こんな行動を取ったのか、自分でもよく分からない。分からないが――――白井の口から、まどかの名が出てきた途端、自然と身体はこんな風に動いてしまっていた。
「……白井さんですか。珍しいですね、こんな朝早くから」
 ともすれば、次に聞こえてくるのはそんな、やはり何処か棘の目立つような口調で反応する、まどかの声だった。
 チラリと階段の陰から顔を出して様子を伺ってみれば、白井とまどかは隣り合うようにして廊下のド真ん中に立ち、そこで立ち尽くして話しているようだった。
「まあね」
「というか、貴方は確か自宅通学の筈では?」
「まあ、そうなんだけどさ。国崎のお見舞いがてら、ちょっと顔出そうかなって」
 怪訝そうなまどかに対し、にひひ、と笑う白井の横顔が、ステラの位置からでもハッキリと見える。
「…………なら、止めておいた方が良いと思いますよ」
 ともすれば、まどかがそんなことを言うものだから、白井が「えっ?」ときょとんとした顔で訊き返す。するとまどかは「私もさっき、顔を出そうとしたんですが」と前置きをし、
「美桜ちゃんが居ますし、貴方のような空気の読めない人が行けば、却って邪魔になるかと」
 やはり棘の強い口調でまどかがそうやって言えば、しかし白井は「あー……」と納得したような、腑に落ちたような反応を見せる。
「だったら、まどかちゃんの言う通り、止めといた方が良いかもなあ。女の子だーいすきな俺っちといえども、流石にそこまで無粋な真似は出来ないし」
「それが懸命です。出直すともなれば、仕方ないので私も付き合ってあげますから」
「おっ!? 嬉しいねえ、まどかちゃんの方からそんなこと言ってくれるなんて」
 溜息をつき、肩を竦めながらなまどかの一言に、しかし白井はひどくいやらしい笑みを浮かべてそう言い。ともすればまどかは「かっ、勘違いしないでくださいよ!?」なんて風に全力で頬を紅く染め、
「あ、貴方が変なことしでかさないようにだとか! 無粋な横やり入れないようにだとか! そ、そういう意図ですからっ! べっ、別に貴方と一緒に行きたいだとか……そういうつもりじゃありませんから、へっ、変な勘違いしないでくださいよっ!?」
 なんて具合に、典型的というかお約束通りというか、あまりに露骨な態度でまどかが捲し立てるものだから、白井も分かってかニヤニヤとしつつ「へいへい」と適当にあしらう。
「それより! まどかちゃーん、昨日の約束、覚えてるよねぇ?」
「き、昨日ですか?」
「そうそう、昨日」戸惑うまどかに、ニヤニヤとしながら白井が詰め寄る。
「俺とおデートしてくれるって、言ったよね?」
「…………あっ!」
 ともすれば、今になってまどかは思い出したのか。そんな露骨な反応を見せれば、また顔を真っ赤に染め上げる。
「まーさーかー、忘れたなんて言わないよねぇ?」
 ニヤニヤとしながら更に追い打ちを掛ける白井に対し、まどかは「う……!」と、正にぐうの音も出ないような具合に唸る。"う"の音は出ているとか、そういう細かいコトを気にしてはいけない。
「……わ」
「わ?」
「…………わ、忘れてませんよっ! というか、今思い出しましたぁっ!!」
 顔を真っ赤にしながら、叫ぶようにヤケになって言うまどかの反応を見ながら、白井はまた「にひひ」と笑みを浮かべる。
「んじゃあまあ、約束はキッチリ果たして貰うってことで。詳しい予定、詰めようぜ?」
「わ、分かりましたよ…………。好きにしてくださいっ、もうっ!」
 早速と言わんばかりに建設的な話題を始めようとする白井と、眼も合わせられなくなってぷいっとそっぽを向くまどか。
「…………」
 そんな二人の様子を、ステラは遠巻きにこっそりと眺めていて。そうしている内に、自分の胸中にモヤモヤとした何かが渦巻いていくのにも、今の彼女には気付けていた。
(…………アタシは、今度も諦めるの?)
 ――――"恋は先手必勝、一撃必殺"。
 そんな折に脳裏に過ぎるのは、前にエマが言い放った、そんな言葉だった。
 彼女が母親から受け継いだという、その言葉を思い出せば。自然とステラの頭からも、ネガティヴな思考が消えていくのが分かる。
(……いいえ、諦めたりなんかしない)
 アタシは、そんな簡単に諦めちゃうような、そんなヤワな女じゃないもの――――。
(だから、勝負よまどか。アンタが獲るか、アタシが獲るかの…………)
 指を折り、ギュッとステラは右の拳を握り締める。硬く、それはまるで己の決意を表すかのように、硬く握り締められていた。
 そうして、ステラはそっと壁際から背中を離し、足音を立てないようにしながら階段を昇っていく。既にその眼は、あの二人からは離れていて。しかし、その金色の瞳の奥では、己が撃ち落とすべき標的ターゲットを、確かに見据えていた。
(今日の所は、アンタに譲ったげる)
 でも――――。
(負ける気は、しない)
 己が矜持に賭けて、負けてやる気なんて更々ありはしないのだ。
(――――良いわね、燃えてきた。最高の喧嘩じゃない。そう思うでしょ、アンタも)
 ねぇ、カズマ――――?
 階段を昇りながら、ステラは強く右の拳を握り締める。嘗て、あの男と突き交わしたこの拳で、今度は決して標的を逃がさぬようにと。
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