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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.02:状況終了、戦火を潜り抜けた若者たちの哀歌

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『――――ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー各隊へ通達します。敵集団の殲滅を確認しました。現刻を以て当作戦は終了。皆さん、お疲れ様でしたっ!』
 数十分後。血に濡れた町の中に立ち尽くす、同じように純白の装甲を返り血で汚した≪閃電≫・タイプFのコクピットで、小隊の管制官役なCPコマンド・ポストオフィサーである壬生谷美弥みぶたに みやのそんな声を聞けば。一真はふぅ、と肩を落とし、緊張の糸が切れたせいでどっと押し寄せてきた疲れに身を任せながら、身体をコクピット・シートに深く沈めていた。
『ヴァイパー00から各機、ご苦労だった。現在、コンボイ1がこちらへ向かっている。工兵部隊もすぐに現着する予定だ。敵の生き残りに警戒しつつ、それまで待機していてくれ』
 続けて聞こえてくる、美弥と同じ82式指揮通信車に乗り込んで少し後方に控えているだろう、もう一人の教官。西條舞依にしじょう まいの安堵した声が聞こえてくれば、一真はそれに「ヴァイパー02、了解」と短く返し。そうしながら、もう一度深く息をついてしまう。
『はぁーい、お疲れ様ぁ~♪』
 としていれば、そんな間延びした、何処か呑気なようなそんな声が聞こえてくる。妙に姉気質というか、そんな雰囲気を漂わすその声の主は、まず間違いなく哀川美桜あいかわ みおん―――――コールサイン・ヴァイパー10のものだろう。
『はいはい、お疲れちゃーん! いやぁー、今回もアキラ様大活躍! そろそろ勲章のひとつでもくれたって良いんじゃねぇの!?』
 続けてそんな具合に、またまた呑気というかそんな具合なことを口走る男は白井彰しらい あきら。後方で140mm口径狙撃滑腔砲をブッ放していた、コールサイン・ヴァイパー06の後衛砲撃支援部隊の狙撃手スナイパーだ。
『……貰えるわけないでしょうが、このぐらいで。白井さん、やっぱり馬鹿なんですか?』
『なっ、まどかちゃーん!? 馬鹿は無いでしょうよ馬鹿はぁ、お兄さん結構傷付いちゃーうっ!!』
『……前言撤回。馬鹿なんですか? じゃなくて、馬鹿です。間違いなく、貴方は馬鹿です』
『ぐえーっ!!』
 とまあこんな具合で呆れた様子で、棘のある口調で白井に対し苦言を呈するのはコールサイン・ヴァイパー09のたちばなまどか。同じく後衛砲撃支援部隊で、今回彼女のJS-9E≪叢雲≫は短距離対地ミサイルを担いでおらず、93A式20mm狙撃機関砲オンリーの装備だった。
『あらあら♪ まあ勲章は貰えないでしょうけれど、アキラくんが頑張ったのは確かねぇ♪』
『ああ……美桜ちゃんは優しいなあ……』
『うふふっ、お姉さんから後でご褒美あげるから、そんなに拗ねないの♪』
『うわっマジでっ!? やったぜ!!』
 完全に美桜にもてあそばれているような感じだが、しかし当の白井本人はそれを分かってか分からずか、全力で喜んでいる。……いや、この反応は明らかに分かってないか。
『……白井』
 としていれば、そんな浮き足立つ白井をジトーッとした眼で視ていたステラがドスの利いた低い声で短く呼びかけ。それに白井が『はい』と速攻で真顔になりながら反応すれば、
『自重、まだ戦闘待機中』
『はい』
『それと、美桜の良いようにされすぎ』
『はい』
『気を付けなさい、オーケィ?』
『はい』
 最早何も言い返すことが出来ず、完全に尻に敷かれている感じ。そんな二人の漫才めいたやり取りを横から眺めていたエマは『あはは……』と苦く笑い、瀬那は『変わらんな、あの二人は……』と呆れたような、達観したような、微妙な色の独り言を呟く。
『ふふふふ…………』
 そうしていれば、物凄い妙で小さな笑い声がひとつ。誰かと思えば、それはやはり――――。
『尻に敷かれてるね……ふっ、まさしくカカア天下…………』
 ――――勿論、そんな意味の分からないことを言われれば、今までの騒ぎが何処吹く風。一同が唖然として、ぽかーんと口を開けたまま固まってしまう。
 にも関わらず、それがウケたとでも思っているのか『ふふふ……』なんて独りで笑い続けるのは、やはりというべきかこのニンジャ。コールサイン・ヴァイパー07の東谷霧香あずまや きりかを置いて他にない。
 今回は地形と兵装の関係で中衛遊撃部隊のポジションに着いていた彼女は、何がそんなに面白いのか、いつもと変わらぬ薄い無表情の上に物凄く妙な笑みを浮かべ、独りで笑い続けていた。前々から思っていたが、やはり霧香に関してはセンスというか、感性が何処か斜め四五度で太陽系外まで突き抜けているズレ方をしているらしい……。
(忍者ってのは、皆こうなのか……)
 呆れた顔で物も言えず、一真がそう勘ぐっていると。すると、やっと『……はぁ』なんて物凄い溜息がデータリンク通信から聞こえてきた。
『全く、貴様らという奴は……。もっとこう、緊張感というものをだな』
 そんな小言めいたことをブツブツと言うのは、やはり国崎崇嗣くにさき たかつぐ。前衛部隊のコールサイン・ヴァイパー08で、一真と白井、そして教官である錦戸を除けば、部隊で唯一の男性パイロットだった。
 前髪をオールバックに掻き上げた顔の表情は苦々しく、フレームレスの眼鏡を指先でクイッと上げる所作も相まって、国崎はやはり委員長タイプというのが相応しい。どうも生真面目というか、融通が利かないというか。堅物めいた男だが、しかし小隊に一人ぐらいはこういう奴が居ても良いんじゃないか、なんて風に一真は思っていた。
 自分で言うのも何だが、自分を含めてこの小隊は瀬那といい、白井といい、霧香といい、そして美桜みたいなのとか、とにかく癖の強すぎる奴が多すぎる。そういう意味で、国崎のようなある意味で普通の人間が居てくれるのは、却ってバランスが取れて有り難いのだ。
『あらあら、まあまあ♪ もうっ、国崎くんったら。あんまり怒ってばっかりいると、お姉さんが悪戯しちゃうぞ~?』
 とまあそんな具合の国崎に絡みに行くのは、案の定というか美桜で。そんな風に美桜に絡まれた国崎は『ひぃっ!?』と何故か物凄い上擦った声を上げ、
『か、勘弁してくれ! この間みたいなのは御免なんだよっ!?』
 なんて具合に顔を真っ赤にして騒ぎ始めれば、何故か自分の≪叢雲≫まで美桜のJS-1Z≪神武・弐型≫から距離を取ろうと、何歩か後ずさってしまう。
『おわぁっ!?』
 ともすれば、たまたま後ろに転がっていたグラップル種の死骸に脚を引っ掛け、素っ頓狂な声と共に国崎機はそのまま後ろへ、仰向けになって転倒してしまった。
 物凄い地響きと共に転べば、≪叢雲≫の背中は後ろにあった雑居ビルに思い切りめり込み。まるでソファに腰を落とすような格好で制止したダークグレー塗装の機影だったが、しかし国崎機が背にした雑居ビルは壁から奥までが相当砕け、見るも無惨な有様になってしまった。
『あ、あらあら……。これは参ったわね』
 ともすれば、流石の美桜も困ったような顔を浮かべる。
『痛ててて……』
 転んだ拍子にコクピットで軽く頭でも打ったのか、国崎が頭をさすりながらそんなことを呟いていれば、
『――――おい、国崎』
 そんな風に西條の、いつもの数段ドスの利いた声が聞こえてくるものだから。国崎は『ヒッ』と声を上擦らせてから『は、はい』と畏まったように反応する。
『……本来なら、始末書ものだぞ』
『はっ、はいっ!!』
『今回は戦闘中の損害って具合で、上手いこと処理しといてやるが。次は気を付けろよ……?』
『はっ、はいいいっ!! すっ、すいませんでしたァァァァッ!!』
 ドスの利いた西條の声に、国崎は空中三回転捻り土下座でもカマしそうな勢いで謝る。まあ、コクピットの中なので実際にはやらないが。
『……はぁ。哀川、お前もいい加減、国崎を煽るようなことを言ってやるな……。融通が利かないの、分かってるだろ?』
『お堅いところが、逆に良いんですけれどね。……はぁーい、分かりました教官。以降は気を付けます』
 美桜が苦笑いをしながら素直にそう言えば、西條は大きく溜息をつき、『全く……』なんて言いながら通信を切る。
『はははは、全く賑やかですなあ、この小隊は』
 そんな錦戸の笑い声を聞きながら、一真はふとした時にコクピットの乗降ハッチを開けてみた。
 コクピット・シートを踏みつけながら、真上で跳ね上がったハッチから半身だけを≪閃電≫・タイプFの厚い装甲の外に出してみる。
 真夏の風に乗って一真の鼻腔をまず真っ先にくすぐったのは、腐臭にも似た刺激臭だった。
 幻魔の、おびただしい量の死骸から発せられる臭いだ。空調システムの備えられたTAMSのコクピット・ブロックに籠もっていては、決してこの臭いを知ることは無かっただろう。漂う刺激臭が、敵が確かに生物の類であることを、一真に確かな実感を伴って教えてくれる。
「これが、戦場の……臭い」
 命のやり取りを交わす戦場の空気を、嗅覚で、視覚で、そして肌で感じながら、一真は知らず知らずの内にひとりごちていた。
 ――――そうしていれば、遠くの空から大気を切り裂くヘリコプターのローター音が聞こえてくる。それに気付いた一真が振り返り、≪閃電≫の大きな頭越しに空を仰げば、遠く東の彼方から、六機の特徴的なシルエットをした大型の輸送ヘリが飛んでくるのが見えた。
『―――――コンボイ1-1よりヴァイパー、待たせたな。工兵部隊も一緒にご到着だ、下を一生懸命走ってるよ』
 一真たち京都A-311訓練小隊の迎え、コールサイン・"コンボイ1"のCH-3ES"はやかぜ"大型輸送ヘリコプター小隊だ。
 これで、一体幾度目かという実戦が、無事に終わる。張り詰めていた緊張の糸も、勇ましく飛んでくるあの六機のCH-3ES輸送ヘリの機影を仰ぎ見れば、段々と緩んでいく。
 遠くから飛来する六機の機影を己の眼で直に見上げながら、一真はひとつの戦いの終焉を肌で感じていた。今日も生き残ったという、確かな実感を肌で感じながら…………。
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