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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.61:ファースト・ブラッド/京都A-311小隊、西へ(後篇)

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 封鎖された中国自動車道の本線上を、十機のTAMSが背後に82式指揮通信車を引き連れ、群れを成し西へ向かい歩いていた。
 各々のマニピュレータに突撃機関砲などの兵装を携え、カメラとセンサーで油断なく索敵しながら歩くその巨人たちの中には、最新鋭エース・カスタムの≪閃電≫・タイプFや、米軍のFSA-15Eストライク・ヴァンガードに欧州連合・フランス軍のEFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫などの外国機も混ざっていて、傍から見る分にはとても大半が訓練兵で組織された部隊には思えない。
 だが、現実としてそれらを駆る者たちは、京都士官学校の訓練生たちだった。京都A-311訓練小隊、それこそが彼らに与えられた名前にして、首に掛けられた首輪の名だった。
『ヴァイパー01、目標エリアまでおよそ1kmを切りました。スカウト1、作戦地域の状況はどうですか?』
 その巨人たちの先頭を往く黒灰色の機体、JSM-13D≪極光≫のコクピットから錦戸がそう呼びかけると、次に反応するのは作戦地域である吉川ジャンクションの上空を飛ぶ、OH-1偵察ヘリコプターのパイロットだった。
『スカウト1よりヴァイパー、作戦地域周辺に敵影は認めず。……が、約10kmの西方よりこちらに接近する一団を認む。
 ……IFF応答無し、アンノウン。BOGEYボギーと認定。作戦地域へと進行中と思われる。ヴァイパー、早急な目標エリア到達、及び迎撃準備を急がれたし』
『ヴァイパー01、了解。……聞いての通りです、急ぎましょう』
 スカウト1の報告に錦戸は頷くと、≪極光≫の足取りを少しだけ速めていく。それに伴い、錦戸機の背中に追従する一真を含めた他の九機も、足早に高速道の上を歩き始めた。
『…………』
 無言のまま、A-311小隊は灼けたアスファルトの大地を鋼鉄の足で踏み締め、作戦地域である吉川ジャンクションの周辺エリアへとその足を急がせる。
 そんな無言を貫く面々の顔には、やはり何処か緊張の色が差し込んでいて。すぐ目の前にまで迫った初陣の緊張に、誰も彼もが顔を強張らせていた。
 無論、それは一真とて同じことだった。小隊長である錦戸以外の例外といえばエマと、後は元が変人の霧香ぐらいなものだ。それ以外の者は皆が皆、その顔を何処か強張らせていた。
『にしてもよお』
 そんな何ともいえない緊張を、綻ばせようとでも思ったのか。終始無言を貫いていた中で突然、呑気とも取れる口振りでそうやって口を開いたのは、他でもない白井だった。
『ホントに人っ子一人居ねえよな、ここ。景色がこんなんだから、余計に寂しく感じちまうぜ』
『……ま、言っちゃ悪いけどこの辺、田舎って感じだものね。アンタの言うことも、分からないでもないわ』
 白井の呑気な独り言へ真っ先にそう反応したのは、意外や意外でステラだった。彼女もまた緊張に顔を強張らせていたが、そこを押しているといった感じだ。
 確かに今ステラが言った通り、ただでさえこの近辺の景色はがらんとしている。
 高速道の本線上から左右に見える景色と言えば緑が大半で、後はポツリポツリと小さな工場や物流センター、それにただ一件だけ佇む古い民家があるぐらいで、後は田畑と、そして視界を埋め尽くさんばかりの緑色ばかりなのだ。
 のどかな田舎の風景、といえば聞こえは良い。事実、普段ならばのどかで、ゆったりとした時間の流れる場所なのだろう。
 しかし今は、そこに人の息づかいは欠片も感じられない。発令された避難命令のせいで既にこの一帯に民間人は居らず、完全な無人のゴースト・タウンと化しているのだ。
 だからこそだろう。こののどかな田舎めいたのんびりとした風景の中に漂う、言いようのない寂しさは。町が無くして人がないように、また町も人が無くしては成り立たない。人の消えたこの一帯は、こんなにも穏やかだというのに、しかし抜け殻のように生気が無かった。
『でも、仕方のないことよ』
 少しだけ間を置いてから、ステラがそうやって言葉を続けた。
 ――――そう、本当に仕方のないことなのだ。幾ら規模が小さいといえ、敵が攻めてきている以上、住民には安全の為に逃げて貰わねばならない。彼らには奴らと対峙する義務も、それの犠牲になる必要もないのだ。それは、自分たち軍人の役割であって、彼らの負うべき事柄ではない。
 それを痛いほどに分かっているからか、白井は一瞬俯けば、細い声で『……そうだな』と、そんなステラの言葉に小さく頷いていた。
「…………そういや、白井と霧香はなんでまた、≪新月≫のまんまだったんだ?」
 また漂い出した重苦しい空気を、何とか拭おうとして。一真は少しだけ声を不自然に上擦らせながらも、そうやってまるで別の話題を振ってやる。
『ん?』すると白井はそうやって反応し、『うーん』と軽く唸ると、
『俺に関しては、前に西條教官から、チラッとそんな感じのことは訊かれてたんだよね。多分、霧香ちゃんもそうじゃねーの?』
『……うん。そうだね、私も同じ…………』
 いつもの調子で霧香が頷くのを見て『だろ?』と白井は言い、その後でこう言葉を続けた。
『まあ、俺のコトだけ言えば、一番使い慣れてっからかな』
「使い慣れてる、か」
『そゆこと』頷きながら、白井はニッと小さく笑みを浮かべる。
『それに、俺ってばどのみち後衛になるだろうし。後ろで狙撃砲バカスカ撃ってるだけの砲台なら、そんな大層な機体要らねえだろ? だったら、コイツで十分だろって』
 まあ尤も、教官に訊かれた時はこんな羽目になるだなんて思っちゃいなかったから、そこまで考えて答えたワケじゃないけどよ――――。
 だはは、なんて変に笑いながらの白井が続けてそう言えば。それに釣られて、一真も頬を緩ませてしまう。
『……私も、右に同じ、かな…………?』
 そうすれば、もう一機の≪新月≫のコクピットで、霧香もまた小さく頷いた。
『あー……なんか、ごめんねぇ? お姉さんばっかり、こんな良い機体貰っちゃって』
 なんて具合な会話を交わしていれば、それに聞き耳を立てていたらしい美桜がそう、何処か申し訳なさげな苦い笑みを浮かべつつ言葉を挟んでくる。
『いいのいいの、美桜ちゃんは気にしないでって』
 すると、白井がいつものニヤニヤとした顔になりながら即座に言葉を返す。
『俺みてーな後ろからブッ放すしか脳のねえ奴よりか、弥勒寺たちみたいに正面立って斬り込む奴らに良い機体乗って貰った方が、俺っちとしてもよっぽど良いのさ。
 勿論、美桜ちゃんもそれは同じ。あくまで俺の役割は、後ろからフォローするまでのことだから』
『あらあら♪ じゃあお言葉に甘えて、私の背中はアキラくんに預けちゃおうかしら♪』
 白井が珍しく真面目なことを言ったかと思えば、美桜がそんな風にニコニコとまた聖母じみた笑みを浮かべてそんなことを口走るものだから。すると白井は完全に調子に乗って『ぐへへ……』なんて嫌らしすぎる笑い声を漏らせば、
『勿論勿論、美桜ちゃんのお背中とあらばこの俺がいつでも何処でも……。なんなら背中だけとは言わず、腰まで俺がしっかり――――』
『白井』
 としていれば、鼻の下をマリアナ海溝ぐらいにまで伸ばした白井が言葉を紡ぎ終える前に、ステラの短すぎる一言が横から割り込んでくる。
『はい』
『自重。オーケー?』
『はい』
 逆に怖くなるような物凄い真顔で、しかも淡々とした口調でステラにそう言われてしまえば、白井も一気に真顔になってオウムのように頷くことしか出来ない。
『…………ふふっ♪』
 なんて具合な白井とステラのやり取りを横から眺めていれば、美桜は何かを察したのか。小さく含みのある笑みを独りで浮かべると、二人の会話から一歩引き下がるように無言になった。
『こんな時にまで、緊張感の無い奴だな。貴様という男は、本当に……』
『……やっぱり、不潔です』
 そんな反応を見せるのは、一連の白井の言動を遠巻きに聞いていた国崎とまどかだ。前者の国崎は完全に呆れかえったように。後者のまどかは、やはりドン引きしたような反応と語気だった。
『あはは。相変わらずだね、あの二人は』
 それをよそに、小さく微笑むエマが言った言葉に、一真と瀬那がそれぞれ「だな」『うむ』と頷き反応する。
『……ふっ』
 すると、敢えてそれを傍観していた錦戸も何故だか小さく口元を綻ばせ。しかしそれから表情を変えると『皆さん』と言い、
『緊張も解れてきたところで、そろそろ目標エリアです。到達次第、ヴァイパー各機は散開し、配置に付いてください』
『「了解」』
 ――――遂に、始まる。敵との戦いが、人類の仇敵との、文字通り命を賭けた戦いが。
 短く応答の言葉を返しながら、そう思えば。一真は機体の操縦桿を握り締める手のちからが、無意識の内に強くなっていくことを感じていた。
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