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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.54:ファースト・ブラッド/切り開く鍵、それは唯一無二の男の拳

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 ――――そして、ブリーフィングからきっかり四時間後。
 京都士官学校のグラウンドに、巨大な輸送用ヘリコプターが何機も詰めかける圧巻の光景を、一真たち京都A-311訓練小隊の面々は各々パイロット・スーツに身を包んだ格好で、それを遠巻きに眺めていた。
「でけーな、ホント……」
 隣で白井がそう呟くのも、無理はない。何せ上空を旋回し、そしてホヴァリングの後にグラウンドへと着陸するそのヘリ群は、その全てがタンデム・ローター式でないものとしては世界最大クラスの輸送ヘリだったからだ。
 ――――CH-3ES"はやかぜ"。白瀬製作所の製作した、国産の大型輸送ヘリコプターだ。
 コクピットの上端から細い胴体が伸び、あるものは二重反転式の巨大なメイン・ローターと、そして尾っぽのように生える頼りのないテイル・ローターのみ。後は安定用の大仰な脚が両サイドに伸びているのみで、まるで胴体部分をそっくりそのままくりぬいたようにがらんとした感じのシルエットは、米国のシコルスキー・CH-54"スカイクレーン"輸送ヘリに近い。
 だが、その大きさもペイロードも、原型となったスカイクレーンの比では無い。凄まじいパワーを発揮する超高出力エンジンと大型二重反転メイン・ローターを組み合わせたCH-3ESは、その破壊的なパワーを以て完全武装したTAMSを二機、同時に吊り下げて空輸出来るほどのスペックを持つのだ。
 その大型にして暴力的なまでのパワーを有するCH-3ES"はやかぜ"輸送ヘリが、この京都士官学校のグラウンドに六機も詰めかけていた。全て、A-311小隊の機体を空輸する為に集められた陸軍ヘリコプター部隊の面々ばかりだ。
 着陸したCH-3軍団の傍には、既に小隊の面々が乗り込むTAMSが格納庫から整備兵たちの手によって運び出され、そこへ膝立ちの格好でズラリと並べられていた。
 白と藍色の≪閃電≫・タイプFが二機、ステラの真っ赤なFSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫と、市街地迷彩の施されたエマのEFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫。ダークグレーに染められた霧香と白井のJST-1A≪新月≫が二機に、同じようにダークグレーに塗装されたまどかと国崎のJS-9E≪叢雲≫。そして同色の美桜機であるJS-1Z≪神武・弐型≫と、そして黒灰色に染め上がった錦戸のJSM-13D≪極光きょっこう≫までもがズラリと並べられている光景は、正に圧巻と言っても過言ではない光景だ。
 それらは全て、あのCH-3輸送ヘリに吊り下げられ、前線にまで運ばれるのだ。しかし、詰めかけた六機のCH-3の中で、一機だけは胴体部分のような構造物を腹に抱えているようだった。
「弥勒寺、あれだけ何か違くねえか?」
 すると、それを怪訝に思ったらしい白井がそう問いかけてくる。それに一真は「ん?」と反応すると、
「んあー、多分輸送モジュールだろ」
「モジュール?」
 首を傾げる白井に、おう、と一真はもう一度頷けば、軽く説明をしてやる。
「CH-3は見ての通り輸送特化のヘリだけど、ああいう風に任務に応じてモジュール・コンテナを腹に抱えられるんだ」
 この辺りは、原型となったCH-54スカイクレーンと変わらない。
「多分、アレは指揮車両を運ぶための輸送モジュールだろ。着陸しなくてもクレーン・ワイヤーで下ろせたり、緊急事態の時には空中投下出来たりするから、便利らしいぜ? アレ」
「はえー、そうなのか」
 感心したようにうんうんと頷く白井を横目に、一真はその輸送モジュール付きのCH-3へと目をやった。
 ――――ここが、スカイクレーンには無い利点だ。CH-3に搭載するモジュールは一部を除いてパラシュートと減速用ロケット・モーターが標準装備されているから、高空から直接地上へモジュールごと降下させることが出来るのだ。
 勿論、これは緊急回避に特化した機能ではない。例えば他に積めるモジュールとして兵装補給モジュールというものがあるが、これの中身は突撃機関砲など、TAMSの予備兵装であったり弾薬であったり、交換用の燃料電池や推進剤補給用のプロペラント・タンクが詰め込まれていたりする物だ。
 これをどう使うかと言えば、恐らくは察せられていると思うが、そのまま空中より作戦地域に投下し、現地に設置しておくのだ。
 このモジュールはCH-3を使ってバラ撒かれることもあるが、この辺りは専らC-130HやC-5JMなどの輸送機を使って、高空から大量に空中投下されることの方が多い。恐らく、今より向かう作戦地域にも、既にこの兵装補給モジュールが幾らか設置されていることだろう。
「随分な大所帯で向かうのだな、我らは」
「だな」
 隣で腕を組みながらそう頷く瀬那に、一真も頷き返してやる。
 確かに、はぐれ幻魔の遊撃任務としてはあまりにも大所帯だ。TAMS十機に指揮車両が一両、そして輸送用のCH-3が六機に、加えて作戦支援用にOH-1偵察ヘリまで派遣されるとなると、幾ら相手が中規模集団といえども大仰すぎるような気もする。
 だが、今はこれぐらいの方が丁度良いのかも知れない。最前線の、瀬戸内海絶対防衛線の戦況はそれだけ逼迫しているのだ。そこで戦う連中にとっては、変に小規模の遊撃部隊にトチ狂われて、背中から敵に刺されでもしたら敵わない……というところだろう。
 だからこそ、国防陸軍はこれだけの兵力をA-311小隊に与えたのかもしれない。何にせよ、失敗が許されない任務であることは確かなようだった。
「全く、初陣からこの調子って、勘弁して欲しいぜ……」
 そう思えば、自然と一真の口からはそんな言葉が漏れ出してきてしまう。
「まあカズマたちなら、いつもの通りにやれば大丈夫さ」
 すると、半笑いでそんな風に励ましの言葉を掛けてきてくれるのは、エマだった。
「君にそう言われると、少しは気も晴れてくるってもんだ」
 それに一真は、ニッと小さな笑みを浮かべながら言い返してやる。実際に最前線で何度も戦い、そして生き残ってきた欧州連合のエース・パイロットである彼女にそう言われれば、確かに少しぐらいは重い気も晴れてくるような気がしていた。
「イザとなったら、僕が上手くフォローするから。だから、大丈夫さ。君たち前衛は背中を気にせず、ただ前だけを向いていればいい」
「了解だ、精々下手くそに暴れ踊ってみるとしよう」
 わざとらしく不敵な笑みを浮かべながらそう言ってみせると、エマもクスッと小さく笑い「期待してるよ、カズマ」なんて言えば、踵を返し何処かへと歩いて行ってしまう。
「……いよいよ、か」
 そして、一真は再び、遠くに膝を突く純白の相棒の方を見やる。
 ――――いよいよ、実戦に身を投じることになる。その事実が、しかしどうにも現実味が薄く、実感を掴みにくかった。
 だからこそ、余計に身体の芯は強張ってきてしまう。要らぬ緊張だと分かってはいるのに、しかし頭では分かっていても、身体は自然とそう、反応してしまう。
「……一真」
 そんな一真の片手に己の手をそっと重ねながら、そう囁きかけてくるのは瀬那だった。
「其方なら、心配は要らぬ」
 普段と変わらぬ凛とした顔付きで、見上げる彼女の気高き声色でそう言われれば。一真もフッと小さく頬を緩ませてしまい、そうした頃には強張っていた身体も、少しは解れてきてしまっていた。
「……そう、だな」
「私の命は、其方に預けた。――――信じておるぞ、我が騎士よ」
「仰せのままに」
 敢えて冗談めいた笑みと語気でそう言ってやれば、瀬那も小さな笑みを浮かべ、頷き返してくる。
 ――――もう、逃れられはしない。早すぎる初陣のときからは、もう逃れられはしない。
 ならば――――抗うまでだ、この拳で。いつだって壁を突き破り、己が進む運命さだめの指針としてきた、唯一無二の己の拳で。
「…………ヘッ」
 一真はニッと不敵に笑い、瀬那の手が沿う右手の指を折り曲げ、そして固く拳を握り締めた。
 ――――これ以上、今の己に無用な迷いは必要ない。護り、打ち砕く。己の往く先、その全ては、この拳だけが切り拓く。
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