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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.45:村時雨、過ぎ往く雨に藍の少女と白狼は⑤

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 そんなこんなで無事に蕎麦で腹を満たし、さっさと支払いを終えて二人は店の外へ。ちなみに支払いは当然のように一真が強引に全部持った。瀬那は「い、これ以上は其方に申し訳がない」と遠慮していたが、そこを押し切るのがやはり一真だ。
「……済まぬな、ご馳走になってしまって」
 店を出れば、何処か申し訳なさそうな瀬那にそう言われるものだから、一真は敢えてニッとしながら「気にするな」と言ってやる。
「俺が好きでやってることだからな」
「しかし……」
 まだ何処か引け目を感じているらしい瀬那がそう反応すると、一真は「じゃあ、こうしよう」と言って、
「あくまで、これは俺の趣味。そういうことなら、一応の区切りは付くだろ?」
 ニッともう一度笑みを浮かべてやりながらそう言ってやると、瀬那は「……むぅ」と唸りながらも、しかし一応納得はしてくれたみたいだった。
「んじゃま、そろそろ行こうぜ」
 とまあそんな具合な紆余曲折があって、二人は蕎麦屋の軒先を出て、再び街へと繰り出した。
 ――――だが、事態が急変するのは、それから僅か十数分後のことだった。
「……雲行き、怪しいな」
「だな」空を仰ぎながら呟く瀬那に、一真も同じように仰ぎながら同意を示す。
 二人の仰いでいた空は、つい先程まで真っ青な蒼穹広がる清々しいぐらいの晴天だったのに、今はその半分以上が何処からか押し寄せてきた、どんよりとした雲に覆われてしまっていた。
「もしかしたら、降るかもなこれ……」
 そんな風に、一真が苦笑いしながら呟くと。
「――――む?」
 何かが当たる感触を頬に感じた瀬那が、指先で軽く頬に触れると。伝わる感触は湿ったそれで、そんな瀬那の右の指先には、確かな水滴が伝っていた。
「……うおっ!?」
 ともすれば、急激に空は泣き始め。水道の蛇口でも捻ったかみたいに雨は加速度的にその勢いを増し、曇天の下に立ち尽くしていた瀬那と一真、二人の肩へと情け容赦無く降り注いでくる。
「くそっ、なんてこった!」
「一真、ともかく今は何処かで雨宿りをっ!」
「分かってる、行くぜ瀬那っ!」
「うむ、任せる!」
 土砂降りに腕で顔を覆いながら、パッと咄嗟に瀬那の手を引っ掴んだ一真は、何処か雨宿りが出来るところを目指して走り出す。
 幸運にも、上手いこと雨を凌げる軒先を見つけた。白い壁で西洋風の鉄筋コンクリート造りで、どういう施設かまでは構っていられなかったが、しかしとにかく雨を凌げるだけの空間があることは確かだ。
 瀬那の手を引く一真はなりふり構わずそこの軒先に飛び込むと、「はぁ」とやっとこさ息をつける。
「ったく、通り雨か? 勘弁してくれよホント……」
 軒先から恨めしそうに曇天を見上げつつ、一真がひとりごちる。
「こんなことなら、折り畳み傘でも持ってくれば良かったぜ」
「生憎と、私も傘の持ち合わせは無いな……」
「止むまで待つっきゃないってか、なんてこった」
 はぁ、と小さな溜息をつきながら壁際に寄りかかり腕を組む一真に、その隣に立ちながら瀬那はフッと浮かべた小さな笑みを彼の方に向け。「暫し待てば、止むのではないか?」なんてことを言ってみる。
「だといいけどな、ホント」
 天球を覆い隠す雨雲の方をぼうっと仰ぎ眺めながら、溜息交じりで一真がそう呟く。そんな彼の様子が、何故だかおかしくなり。一真の横顔を眺めながら瀬那は小さくクスッとなってしまう。
「――――如何いかがなさいました?」
 とまあ、二人揃って壁際に寄りかかりながらそうやって雨を凌いでいると。ふとした時に傍に在った自動ドアが内側から開き、中から出てきたパンツスーツ姿の女がそう、一真たちに向けて声を掛けてきた。
 見る限り、よく分からないがここの従業員か何かだろう。髪をぎゅっと纏めて後ろで縛り、フレームレスの眼鏡を掛けた格好はパンツスーツということもあって、正にキャリア・ウーマン系といった感じ。まあ、そこまではないのだろうが。
「あ、すんません。急に降り出して来ちまったもんで、雨宿りに」
「そうでしたか」すると、その従業員らしき女は納得したようにうんうんと頷く。ちなみに、スーツジャケットの胸元に付けたネームプレートには、東浦と書いてあった。間違いなく、彼女の苗字だろう。
「でも、暫く止みそうにありませんね、この調子だと」
 そうしていれば、従業員の女――――東浦も空を仰ぎながら、憂うようにそう呟く。
「でしたら、折角ですしこちらでお暇を潰されては如何いかがでしょうか? 丁度、今はブライダルフェアの時期ですし」
「ブライダル、フェア?」
 言葉の意味が分からず首を傾げる瀬那に、「はい♪」と東浦はニコニコしながら頷く。
「……もしかして、ここって結婚式場だったり?」
 それに続いて一真が恐る恐るといった風に東浦に訊いてみれば、彼女は「ええ♪」と二つ返事で肯定する。
「マジかよ……」
 完全に気付かず逃げ込んだが、まさかそんな場所だったとは思いもしなかった。これだけ色々立ち並ぶ中で、わざわざそんな場所を選んでしまうとは。何というか、色んな意味で自分が恐ろしくなる……。
「折角、こうして偶然いらしたのですし、如何いかがでしょうか?」
「いや、でも悪いですよ。忙しいのに」
 少し遠慮気味に一真がそう言うと、東浦は「そうでもないのですよ」と言って、
「このご時世ですから、まして京都は場所が場所ですし、最近はお客様も減って来てしまっていて……」
「ああ……」
 俯き気味に言う東浦の言葉に、一真は妙に納得出来てしまった。
 ――――結婚式場を利用する人間が減るのも、当然も当然だった。京都は幾ら安全地域といえ、四国を囲う瀬戸内海絶対防衛線、即ち最前線からそう遠く離れていないのだ。まして若者でそんなところに未だに居着く人間、減っていても何ら不思議なことじゃない。これだけ平穏だと忘れがちだが、ここはいつ戦火に呑み込まれてもおかしくないような場所なのだ……。
「そういうワケで、まあ言ってしまえば暇なのです」
「ははは……」
 そんな悲しすぎる事実を、何故か明るく冗談みたいに東浦は言うものだから、一真は困惑したような苦笑いしか浮かべられない。
「どうやら、お二人はそういう・・・・仲だとお見受けします。如何いかがでしょう? ドレスの試着もございますし、きっとお似合いになると思いますよ♪」
「……一真よ、これはどういうことだ?」
 尚もきょとんとした顔で瀬那にそう訊かれてしまえば、一真は何て答えたらいいか分からず。ただ苦笑いしながら「さ、さあ……?」とはぐらかす以外に出来ることがなかった。
「ふむ」
 すると、顎に手を当てた瀬那は思案するみたいに少しだけ唸り。そして何をどう決断したのか「うむ」と独りで頷くと、
「何だかよく分からぬが、ここで時間を持て余していても仕方がない。此処はひとつ、其方の言葉に甘えるとしよう」
 何てことを言い出すものだから、そんな瀬那の突拍子もなさ過ぎる行動に一真は「せっ、瀬那ぁっ!?」と噴き出しそうなぐらいの勢いで狼狽える。
「まあっ、左様ですか♪ ではではお二人とも、ささこちらへ……」
「うむ、何だかよく分からぬが、其方に任せるぞ」
 何だか勝手に盛り上がり始めた東浦に連れられて、瀬那が平常そのものの顔で式場の中に入っていく。
「ま、待てって! ちょっ、瀬那ぁっ!?!?」
 全力で狼狽えながら、一真も仕方なしに二人の後を追う。
 ――――瀬那の奴、此処がどういう所か分かってんのか!?
 とはいえ、乗ってしまった以上はもうどうしようもない。一度乗りかかった船だ、後は野となれ、山となれ……。
 全くとんでもないことになってしまったと内心でひとりごちながら、一真はさっさと先に歩いて行ってしまった二人の後を追い掛けた。
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