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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.38:アイランド・クライシス/極限状況、生き残る術はただひとつ④

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「…………」
「…………」
 そして、一方こちらは霧香・美弥ペア。ステラ組とは少し遅れて出発した彼女らだが、やはり先陣を切るのは霧香。その後ろをトコトコとたどたどしい足取りで付いて行く美弥との間に会話は無く。二人は無言のまま、この蒸し暑い原生林の中を歩き進んでいた。
「……美弥、大丈夫?」
「ふぇっ!?」
 突然振り返った霧香にそう話しかけられたものだから、美弥はびっくりして素っ頓狂な声を上げる。顔を赤くしながら「はわわわ、わわ……!」なんて何故か慌てふためいていると、霧香はクスッと小さく笑い、
「大丈夫、そうだね……」
 そう呟いて、また視線を前に戻して歩き続けていく。
「――――あ、あのっ!」
 すると、意を決した美弥はそんな霧香の背中に向けて呼びかけた。ともすれば「……どうか、した?」と言っていつもの調子で霧香が振り返り反応を示すが、しかし肝心の美弥は「う、うう……」と、何故か顔を赤くして口ごもってしまうのみで、肝心の言葉を紡ぎ出せない。
「ふっ……」
 そんな美弥の反応が気に入ったらしく、何故か小さく口角を緩める霧香。そうすると美弥は「い、いえ……」とやっと言葉を紡ぎ出せば、
「……こうして、霧香ちゃんと二人で話すことって、今まで無かったですから。だから、その……」
「……? その、なに…………?」
「あの、何を話していいのか、分からなくて……。
 で、でもっ! 霧香ちゃんともっと仲良くなりたいって気持ちは、ほんとですからっ!」
 美弥がそう言えば、霧香はまた「ふっ……」と小さく笑い、振り向いていた顔の向きを前に戻す。
「あ……」
 もしかして、嫌われちゃったんですか……?
 そんな霧香の反応を見て、美弥が落ち込むのと同時だった。
「…………あんパン」
 霧香がそう、謎の言葉を口にしたのは。
「ふぇっ?」
 その一言があまりに意味不明だったせいで、また美弥は素っ頓狂な声を上げてしまう。その反応を背中越しに聞きながら、霧香は言葉を続ける。
「あんパン、好き……?」
「え、えっ?」
 もう一度言われても意味不明な言葉に困惑しつつ、美弥が「あ、はい。甘いですし、好きですけれど……」と答えれば、
「なら、良かった……」
「な、何が良かったんですか……?」
 すると、霧香は「ふふふ……」と妙な笑みを浮かべれば、完全に困惑しきった顔の美弥に軽く横目を流しつつ、こう続けた。
「あんパン好きな人間に、悪い人間は居ないからね……」
「そ、そうなんですかぁ?」
 霧香はそれに「うん」と頷いて、「……あんまり、いない」と後から一言付け加える。
「……ふふっ」
 そんな霧香の反応を見ていると、何故だかおかしくなってきて。いつの間にか、美弥は自分でも気付かぬ内に笑い出していた。
「…………?」
 何故か笑い出した美弥の意図が分からず、普段通りのぼけーっとした無表情めいた顔のまま、霧香は首を傾げ頭の上に疑問符を浮かべてみせる。すると美弥は「いえ……」と未だにくすっと笑いながら彼女に言って、
「霧香ちゃんって、やっぱり面白いひとなんですね」
「……私、そんなに面白い、かな…………?」
「はいっ」元気よく頷く美弥。「話してて、とっても面白くて、楽しいひとですっ!」
「ふっ……」
 すると、霧香は釣られるようにして小さな笑みを浮かべる。いつも浮かべる妙な笑みより、少しだけ楽しげな顔をして。
「……あんまり道草食ってても、アレだし。そろそろ、行こうか…………」
「あ、はいっ!」
「ふっ、大丈夫だよ…………」
 再び森の中に足を踏み入れながら、彼女の方を向かないままで、目の前の森を手の中のナイフ一本で切り開きながら、霧香が美弥にそう言う。
「えっ?」そんな霧香の言葉に美弥が首を傾げると、霧香はまた小さく口角を緩ませ、
「慣れてないのは、知ってる……。でも、大丈夫……。私の後を付いて来る限りは、なんとか連れて帰るから……ね」
「あ、はいっ! よ、よろしくお願いしますですっ!」
 すると、霧香はまた「ふふふ……」と妙な笑みを浮かべた。
「――――!」
 と、その時だった。何かに気付いた霧香はスッと眼を細めると、後ろを歩き付いて来る美弥の方へ唐突に振り返り――――。
「ッ!」
 その手に持っていたコンバット・ナイフを、突然美弥の足元に向けて鋭く投げつけた。
「はわ、わわわっ!?!」
 ひゅっと風を切りながら飛んでくるナイフに美弥が物凄い勢いで驚いていると――――そんな彼女の足元で、ステンレスのブレードが肉を裂く音が、小さな断末魔と共に美弥の耳にまで届いてくる。
「え、えっ……?」
 咄嗟に飛び退いていた美弥が恐る恐る、といった風に視線を落とすと――――そこには、霧香の投げたナイフで、文字通り地面と頭が釘付けにされて息絶える大柄な蛇の姿があった。
「へ、蛇……ですよね?」
 こくり、と静かに頷く霧香。「……毒蛇」
「ど、毒ですかぁっ!?」
 ともすれば、美弥は「はわわわわ!」なんて声を上げながらもう一回飛び退き。そんな彼女を眺めながら「ふっ……」ともう一度笑えば、霧香と毒蛇の方に近寄ってくる。
「大丈夫、もう仕留めてある……。脚に噛み付きそうだったから、咄嗟に。驚かせたなら、ごめんね……?」
 蛇の胴体をジャングル・ブーツの靴底で踏みながら頭よりナイフを引き抜き、ひゅっと一度大きく空を切らせ血を切りながら霧香が言えば、美弥は「あ、いえ……」と、少し戸惑いながらも口を開く。
「そう、だったんですか。あ、ありがとうございますっ」
「ふふふ……礼には及ばない……」
「でも、良く蛇が居るなんて気付けましたね……。私なんか、全然気付かなかったですよぉ」
「たまたまだよ、たまたま……」
 握り締めるコンバット・ナイフを鞘に収めながら、小さく笑う霧香がそう呟く。
「とにかく、先を急ごうか……。私に付いて来てくれる限りは、身の安全は、保証するよ……?」
「あ、はいっ! じゃあ行きましょうか、霧香ちゃんっ!」
 そうして、二人はまた先の見えぬ深い森の中を歩き出した。今度は距離を近く、殆ど並んで歩くような格好で。
「折角ですから、ステラちゃんたちに追いつけるように、ですねっ!」
「ふっ……それは、みゃーちゃんの努力次第、かな……?」
「みゃ、みゃーちゃんですか……」
 妙な呼び方をする霧香に、苦笑いする美弥。それに霧香が「……だめ?」と首を傾げれば、美弥はすぐに首を横に振って「だ、だめじゃないですっ!」と慌てて否定する。
「なら、良かった……。じゃあ、行こうか」
「は、はいっ!」
 深く深く、人の手の入らぬ魔窟めいた深すぎる森の中。苦痛と苦難しかないような道のりに思えていたが、しかし美弥は既に一つの収穫を得ていた。彼女との仲を深められたという、かけがえ無く大きすぎる一つの成果を。
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