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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.33:遠く夏空、響く詩声は蒼穹の詩

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「お疲れ様だ、一真」
 ――――試合終了後。
 トレーラーに戻した≪閃電≫から降りた一真が、無造作に置かれ積まれていた弾薬コンテナにもたれかかって座り込んでいると、いつの間にか近寄ってきていた瀬那はそう言って、何処からか持ってきたミネラル・ウォーターのペットボトルを彼にスッと差し出してくる。
「ん……? ああ、悪いな瀬那」
 差し出されたそれをパイロット・スーツのグローブに包まれたままの手で受け取りながら一真が言えば、「気にするな」と瀬那は小さく微笑み、彼の隣に立ったままで、同じように弾薬コンテナに背中を預けた。
 カチリ、と蓋を開ける音が二つ分重なるのを聞きながら、一真は手に持ったペットボトルを煽った。ギンギンに冷えた水が喉に流し込まれると、身体に溜まった疲れが多少だが抜けていくような気がする。
「疲れておるようだな、やはり」
 ペットボトル片手に呟く瀬那の方を見上げないままで、一真が「まあな」と短く返す。
「これだけの長期戦だ。シミュレータならいざ知らず、実機でやらされるのは初めてだからさ。流石に堪えたよ、今日は」
「私もだ……。今宵は、お互い良く眠れそうであるな」
「全くもって、その通り」
 疲れた顔で一真がフッと小さく笑えば、瀬那もそれに口角を緩め返した。
「…………負けちまったな、俺」
「勝負は時の運、とも言う。アレは私か其方か、どちらに転んだところで何もおかしくなかった。――――此度こたびは、それが私の方に傾いたまでのこと」
「冗談。俺相手に謙遜はやめてくれよ、瀬那」
 フッと自嘲めいた笑いを浮かべながら、一真がそう呟く。「今回は俺の負け。誰がどう見たって、ありゃ完敗さ」
「…………」
 それに、瀬那は敢えて言葉を返すことをしなかった。ただ、彼の話に耳を傾けるのみで、黙って一真の隣に立っていた。
「推進剤切れ、か。我ながら情けねえ墜ち方だ」
「…………"ヴァリアブル・ブラスト"」
「その通りだ」瀬那の呟いた一言に、一真が頷く。「馬鹿みたいに使い過ぎなんだよな、ホント」
「しかし、其方はアレの使い方をじかに教わったわけでは、ないのであろう?」
「まあな」もう一度頷く一真。「そんな暇なかったし、それからも別に気にも止めてなかった」
 教官にもちょいちょい言われてたのにな、俺って奴は――――。
 一真がそう呟けば、瀬那は「仕方のないこと、やもしれぬな」と、軽く瞼を伏せながら呟く。
「…………私は、舞依から手ほどきを受けていたから。故、"ヴァリアブル・ブラスト"の正しい使い方も心得ておる。
 しかし、其方はあくまで我流。それであそこまで我らと渡り合っておったのだ。褒められはすれど、責められるいわれはあるまいて」
「君にそう言って貰えるだけ、多少は救われるとこがあるってもんだ……」
 そう言いながら、一真はふと首を上げ、頭上に広がる蒼穹を見上げてみた。
 広がるのは、昼下がりの夏空。雲一つ無かった天球に今は背の高い入道雲が幾つも漂い、しかし差し込む強烈な日差しは相変わらず。遠くから蝉の鳴き声が聞こえてくれば、それだけで暑く感じてしまいそうだ。
「これで、終わり……であるな」
「ああ」いつの間にか同じように空を見上げていた瀬那の呟きに、一真も頷き返す。「後は島で訓練して、それで終わりだ」
「早いものだな、あれから既に数ヶ月とは」
「そうか? 寧ろ、もっと長いような気がしてるんだが」
まことか?」
 ああ、と一真は肯定する。
「二年、三年。いやもっと、ずっと前から……。瀬那やアイツらと、こうしてたような気がして仕方ない」
 ま、錯覚なんだけどさ――――。
 薄く笑いながら一真が続けてそう呟けば、瀬那は「分からぬでも、ない」と言って、
「その気持ち、私にも分からぬでもない……やもしれぬ。私も其方たちとは、もっと古い付き合いのような気がしてしまっておるのだ」
「分かるか?」
「無論だ」
 一真の方へ振り返り、彼の顔を見下ろしながら、小さく微笑んだ瀬那がそう返してきた。
 すると、一真は「……へっ」と小さくまた笑い。そうしてニヤリと口角を緩めれていれば、遠くから誰かの呼び声が聞こえてくる。
「ちょっとー、カズマぁー?」
 ステラの呼び声だ。他にも「早く出てこいってのー」なんて白井の間延びした声や、「教官が呼んでるよ、カズマ」なんてエマの声も聞こえてくる。
「さて、お呼びが掛かったみたいだ……」
 そうひとりごちながら、一真は漸うと立ち上がった。「うむ」と隣で頷く瀬那もまた、彼の隣に並び立つ。
「あ、居た居た。――――ほら、カズマに瀬那もっ! さっさとしないと、教官にドヤされるわよ?」
 そんな二人の姿をやっとこさ見つけたステラに「はいはい、今行きますよ」と一真はいつもの調子で言い返してやる。
「ったく、人気者は辛いね……」
「全く、その通りやもしれぬな」一真の冗談めいた言葉に頷き返せば、瀬那はまたフッと小さく微笑む。
「さてと、俺たちもさっさと行くとしようや。でないと、本気でドヤされそうだ」
「で、あるな。――――くか、一真」
「勿論」
 そして、一真と瀬那は二人並んで歩き出す。その先に待つステラやエマ、白井や霧香たちの元に向かって。
 暑すぎる日差しの降り注ぐ夏空を見上げながら、木霊する夏の喧噪を聞きながら。そうして、彼らの戦いはひとまずの区切りが付けられたのだった。
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