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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.28:期末戦技演習/六刀、交えし剣は各々が誇りと共に⑤

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「へへへ……そうだ、もっと逃げろ」
 ――――その頃、一真たちとは遠く離れた後方。ビル街を模した市街地フィールドの中でも一際高いビルの屋上に膝を立て、ダークグレーの地味な塗装に装甲を染め上げた訓練機・JST-1A≪新月≫が眼下の戦場を見下ろしていた。
 その両手の中には、TAMS用としてはあまりに巨大なライフルが握られている。長く分厚い砲身を前方に伸ばし、上部には高精度なセンサー類が詰まった狙撃スコープを備え。接地用の二脚バイポッドは折り畳みながら、しかし下部より伸びた安定用の太い杭をビルの屋上に突き立てたソイツの名は、81式140mm狙撃滑腔砲といった。
『白井、成果は!?』
「悪い、初撃を外しちまった! ――――が、分断には成功したぜ。弥勒寺が北、エマちゃんが南東にそれぞれ分かれたみたいだ」
 データリンク通信で聞こえてくるステラの声に、その≪新月≫のパイロット――――白井は冷静ながら、しかし興奮の色を隠しきれない声色でそう報告した。
『了解。初めてにしちゃ、まあまあって所ね。引き続き、アンタはそこから索敵してなさい。アイツらの位置は随時報告を。チャンスがあれば、撃ったって構わないわ』
「分かったぜ。ま、精々愛しのステラちゃんのご期待って奴に、添えてみるとするさ」
『誰が愛しの、よ。背中から撃つわよ?』
 自分の軽口に苛立った声で返してくるステラに「へへへ……」と白井は笑いつつ、その意識を戦場の方に戻していく。
「さてと、お仕事といきますか……」
 呟く白井の視界の中には、通常の情報の他に狙撃支援用の各種環境データが追加で網膜投影されている。気温、湿度、レーザー測量による目標との距離、及び自機との高低差。現在の零点補正ゼロイン距離に、各種修正値。エトセトラ、エトセトラ……。
 それらを総合しつつ、白井は適時その照準点に自動的にか、或いは手動で修正を加えてやる。一真たちを狙った二撃目は、最初から当てるつもりが無い、弾道修正の確認を行う為の一撃だったのだ。
 結果、修正値は中々に良好。後はオート修正プログラムで細かいところは補佐して貰いつつ、敵を見つけて撃つだけだ。
「ったく、スナイパーってもっと華やかな仕事だと思ってたんだけどねえ。意外に面倒くさいや」
 ニヤニヤと独り言を呟きつつ、白井は敵を見つけようと視線を動かし、同時に機体のセンサーもフル稼働させる。
 ――――これでも、大部分を機体と狙撃砲の方が肩代わりしてくれているから、随分とラクなのだ。生身のスナイパーと比べれば、それこそ格段にと言えるほど。
「さてと、無駄口はこれまで。ハンティングの時間といきましょうや……」
 白井はそう呟きながら、機体のセンサーが敵機を捉えるのを認めていた。
 敵は――――識別完了。JS-17F、コールサイン・"ストーム01"。
「おっと、早速来てくれたか……。嬉しいねえ、全く」
 そんなことをひとりごちながら、白井は己の≪新月≫が構える狙撃滑腔砲の向きを、センサーが捉えた一真の≪閃電≫が居ると思しき砲口へと向け直す。
 音感センサーによる、未来予測。本来ならあれぐらいのビルモドキ、140mm砲弾なら難なく貫けるはずだが、しかし生憎とペイント砲弾だ。どうしても敵機がしっかり姿を晒した時に撃たないとならない以上、悔しいが狙撃砲にとって、模擬戦というのは寧ろハンデになる状況なのかもしれない。
「まあ、どうでもいいさね」
 姿を晒したのなら、撃つ。俺の前に姿を見せたとき、それがお前の最後だ、弥勒寺――――!
 環境データと距離測定、及び高低差を参照しつつ、狙撃砲の零点補正ゼロインを修正しながら、白井は軽く舌なめずりをしてみせた。
「こちとら眼は良い方だ。それによ、弥勒寺――――」
 狙撃滑腔砲、照準点修正完了。セイフティ・ロック解除。弾種・模擬徹甲弾…………。
「――――俺だって、ただボーッとしてたワケじゃないんだぜ?」
 不敵に笑い呟き、白井は知らず知らずの内にニッと笑う。
 そんな、彼の視界の中。一部が狙撃モードで八倍率増幅された視界の中に純白の機影が現れた、その瞬間。白井は一切迷うこと無く、己が右手で操縦桿のトリガーを引いていた――――。
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