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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.21:往くは北方、北の孤島

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「――――喜べ、諸君。今年の夏は、海でバカンスだ」
 夜を越し、翌日朝のHRホームルームが始まると、A組の教壇に立って開口一番にそんな訳の分からないことを言い出したのは、案の定というべきかやはり西條だった。
「……は?」
 そんな西條の言うことが、あまりにも突飛すぎて。いつもの窓際後方二番目の席に陣取る一真は無意識の内にそんな風に間抜けな声を上げ、大口を開けながらぽかんとしてしまう。
 しかし、どうやらその反応は聞かされた他の教室内の面々も似たようなものらしく。白井みたいな阿呆や美弥みたいなのはさておくとしても、ステラもぽかーんと一真と似たように大口を開けたままあっけらかんに取られ固まっていて。そしてチラリと振り向けば、他でもないあの瀬那ですら、口こそ噤んでいるものの同じくあっけらかんに取られた顔をしていた。
 こんな突拍子も無い一言を聞かされて平常通りの顔をしているのは霧香ぐらいなもので、他は皆が皆、どう反応していいか分からないといった具合だ。尤も、霧香は何が起ころうが年中こんなもんなのだが……。
「いけませんよ、少佐。皆さんが困ってらっしゃいますから」
 すると、教室の隅でニコニコと相変わらずの好々爺めいた、顔に似合わぬ温和すぎる笑みを浮かべて傍観していた錦戸も、流石にアレだと思ったのか西條を疎めるようなことを告げる。とはいえ、その厳つい顔に浮かべる物凄い柔らかな笑みはそのままだが。
「チッ、だから少佐はやめろって言ってるだろうが」
 そうすれば、西條は横目で鋭い視線を流しながら錦戸にそう言い。錦戸も錦戸で「ははは」と笑うと、一歩前に進み出て教室に詰める皆の方を眺めながら、西條に代わりといった感じで口を開いた。
「少佐……っと、失礼。西條教官がこの調子ですので、ここからは私が説明しますね」
「馬鹿者、一言余計だ錦戸」
 逆に教壇から下がった西條にそんなことを言われて、「ははは、これは失礼」と錦戸は西條の方を向いて言うと、代わりに教壇のド真ん中に立って話を始める。
「バカンスなんて変な言い方をされていましたが、要はサヴァイヴァル訓練です」
 サヴァイヴァル訓練――――。
 そこまで聞いて、幾らかの連中はやっと合点がいったような顔を浮かべていた。それは一真も同様で、そういえばそんな訓練課程が月末辺りに予定されていたな、なんてことを漸く思い出す。
「若狭湾沖合の無人島、冠島かんむりじまでのサヴァイヴァル訓練を、今月末に行うんです。その辺りは確か、入学時点で予定に組み込まれていたかと記憶していますが。
 ――――そして、我々A組は所謂後発組。他のD組やE組が先行して島で訓練を終え、帰ってきた後に行く感じですね。この辺りは、ほぼ同時に予定されている期末戦技演習の都合ですね」
「一真よ、期末戦技演習とは何なのだ?」
 そんな錦戸の話の途中、真後ろの瀬那が一真に小声でそう話しかけてくる。「ん?」と一真は彼女の方に軽く振り向けば、
「夏休み前の……まあ、テストみたいなもんじゃなかったかな? クラス内で3on3だかずつに分かれて、それで模擬戦をするんだったと思うぜ」
「ふむ、要はまとめのようなものか」
「ま、ンなところで合ってると思う」
 瀬那が納得した所で一真が視線を前に戻せば、まだ錦戸は話を続けていた。
「――――ということで、A組は期末戦技演習が終わってからの出発となります。出発は朝七時半頃に、ここへ集合して頂ければ結構です。現地まで飛ぶ陸軍のV-107"バートル"輸送ヘリがここのグラウンドに着けますから、それに乗り込んで行って貰うことになりますね」
 バートル――――厳密に言えばKV-107Ⅱ"しらさぎ"。ドデカいメイン・ローターを二つ持つ、幻魔大戦前から存在する米国原型のタンデム・ローター式の大型輸送ヘリだ。現状主力のCH-47J"チヌーク"に比べれば古さは目立つが、確かにここから若狭湾程度の距離なら、アレでも十分だろう。普通のヘリに乗るには些か数の多いA組も、バートルなら教官二名とエマの分を考慮しても、その全員を一気に運べる。
 ちなみに余談だが、"バートル"という愛称はこれを製作した米国企業のバートル社が由来で、本来なら幻魔大戦勃発に伴う国防三軍へ改変前の旧・自衛隊時代より"しらさぎ"という正式な愛称が存在する。が、錦戸のように専らバートルの名で呼ばれる事の方が多いのだ。
 ――――閑話休題。
「それと、管理の都合上、C組の交換留学生、エマ・アジャーニさんも我々と同行することになります。…………まあ、皆さんとも割と馴染んでいるような方ですし、心配は無用かと思いますが」
 最後に小さく苦笑いをしながら、続けて錦戸がそう言った。
「エマも一緒なのか」
 そうひとりごち、チラリと横目を走らせてみれば。露骨なまでに喜ぶ白井の横顔が見えたものだから、一真も苦笑いをしてしまう。相変わらず、現金な奴だ。
「サヴァイヴァル訓練自体は、復座TAMSから脱出し、救助が遅れてしまった場合を想定して行います。詳しい内容はまた後日説明しますが、とにかくそんな具合の訓練ですね」
「そういうことだ」
 錦戸の言葉に続いて、やっとこさ西條がそう口を開く。
「ああは言ったが、決して甘っちょろい訓練では無いことを忘れるな。一応緊急時も想定して色々準備はしておくが、一歩間違えれば死んでもおかしくないような訓練であることを忘れるなよ」
 シリアスな顔で西條にそう言われてしまえば、少しだけ浮き足立っていた教室内の空気もしんと重くなり。小声で誰かと話す者は、誰一人として居なくなる。
 そんな空気の中で暫く沈黙していると、西條は何故か「――――フッ」と小さく笑い、
「まあ、訓練は訓練だ。終了後は多少の自由時間もやる。そこでまあ、存分にバカンスを楽しむことだな」
 顔付きを緩めながら続けて西條が告げれば、また教室の空気は元のように戻っていく。
「ははは……。全く、少佐はお人が悪い」
 そんな西條の口振りを横で聞いていた錦戸がまた苦笑いを浮かべると、それとほぼ同時にHRホームルームの終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
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