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第二章『セカンド・イグニッション/金狼の少女』

Int.12:二人目の来訪者、巴里より愛を込めて⑦

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 ――――そして、迎えた土曜日。
 一真は当初の約束通り、C組代表エマ・アジャーニの出場する試合を見物すべく、士官学校から遠く嵐山の演習場まで遙々訪れていた。ちなみに瀬那も同伴している。ステラは所用で遅くなるからと士官学校で見物するらしく、他の連中は定かでない。
「あっ、カズマ。それに瀬那も、来てくれたんだね」
 二人がエマを探して演習場の整備区画をうろうろしていると、何処からかそんなエマの声が聞こえてきた。振り向けば73式輸送トレーラーの傍にパイロット・スーツ姿の彼女がおり、こちらに向けて手を振っている。
「おお、此処にったか。探したのだぞ?」
 瀬那がそう言えば、「ははは」とエマは小さく笑みを零す。
「見に来てくれたんだね。嬉しいけど、僕なんだか今になって恥ずかしくなって来ちゃったや」
「君の実力とやら、じっくり拝見させて貰うぜ」
 平静を装いながら一真はエマにそう返すが、しかし視線はどうしても忙しなく上下してしまう。
 エマの姿は当然、パイロット・スーツだ。見覚えのない形だから、恐らくは欧州連合軍のCPW-52/Aだと推測できる。
 まあそんな細かいことはさておくとしても、パイロット・スーツということは即ち身体のラインがピッタリ浮き出てしまうわけで。ということは今のエマは、その起伏に至るまでをバッチリ見せてしまっているということになる。
 パイロット・スーツの張り付く彼女の肢体は、瀬那やステラほどでないにしてもそこそこの起伏がある。エマ本人は慣れているのかまるで気にする素振りがないが、しかし男たるものそれに反応しないワケがなく。一真はどうしてもそれを意識してしまうのだ。
「ん? どうしたのカズマ、僕の顔に何か付いてる?」
 いい加減そんな一真の視線に気付いたらしいエマがきょとんとしながらそう訊いてくるが、勿論一真はマトモに答えるワケにもいかず。ただ「い、いや。なんでもない」と視線を逸らしながら上手いことはぐらかすことしか出来ない。
「……む、一真よ。其方もしや」
「な、なんでもないって! ホラ瀬那、ホントに何でも無いから!」
「ううむ」
 尚も怪訝な眼を向けてくる瀬那の意識を強引に変えるべく、一真は「そ、そうだ!」と言うと、
「エマ、そういえば何に乗るんだ? まさか≪新月≫じゃあるまいし」
「うん、僕もステラと同じように本国から持ってきてる。丁度、ここに乗ってる子だよ」
 そう言ってエマは、自分の真後ろに止まる73式トレーラーを指し示した。彼女が指すそのトレーラーの上に横たわる機体に一真と瀬那、二人が揃って視線を向ければ、
「オイオイ……マジかよ。≪シュペール・ミラージュ≫じゃねーか……」
 トレーラーの荷台ハンガーに横たわる灰色の市街地迷彩を施されたその機体を見て、最初にそう絶句した声を上げたのは一真だった。
「うん? よく知ってるね、カズマ」
 感心した様子でエマが言えば、次に瀬那が「一真よ、知っておるのか?」とあまり合点がいって無さそうな顔で訊いてくる。
「知ってるも何も、ありゃエース・カスタムだぜ」
まことか?」
「ああ」と一真は深く頷き、尚も首を傾げる瀬那の言葉を肯定した。
「EFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫。フランス軍の主力機・EFA-22≪ミラージュ≫に特別カスタマイズ・プログラムが適用された機体だったはずだ。ある程度装甲を犠牲にして運動性能を底上げしてる……んだよな?」
 エマの方に視線を流しながら一真が語尾に疑問符を付けつつ言えば、エマは「うん」と頷く。
「欧州連合の機体はあんまり格闘戦が得意じゃないんだけど、この子に関しては別かな。日本の機体までとは行かないまでも、割とスイスイ動けるよ」
 余談だが、≪シュペール・ミラージュ≫の綴りは"Super Mirage"。前述の愛称はあくまで仏語読みで、英語で読めば"スーパー・ミラージュ"ということだ。安直なネーミングではあるが、しかしその名に違わないだけのカスタマイズが施されている。
「お取り込み中の所失礼します、アジャーニ少尉。機体の準備が出来ました、いつでもイケます」
 なんて会話を交わしていると、駆け込んできた整備クルーの一人がエマにそう声を掛けてきた。そんな彼にエマは「うん、分かった。ありがとう」と小さく返すと、
「じゃあ、そろそろみたいだから僕は行くね。二人とも、また後で!」
 と二人に言いながら、≪シュペール・ミラージュ≫の横たわるトレーラーの方へと駆けていった。
「……のう、一真」
 そんなエマの背中を見送っていると、瀬那が小さく囁くように呼びかけてくる。「ん?」と一真が反応すると、
「あの≪シュペール・ミラージュ≫であったか。彼奴あやつの機と其方の≪閃電≫、性能だけを見ればどちらが上なのだ?」
「うーん……」
 瀬那からのその問いに、一真は少しの間思い悩む。幾ら一真がミリタリー・マニアといえども、この質問は中々に難しいものだった。
 ――――確かに≪シュペール・ミラージュ≫はエース・カスタムだけあって、現行機でも屈指の機動性だ。元々の現役機である≪ミラージュ≫自体が機動性が若干良い程度なトータル・バランスに優れた機体であるだけに、カスタム機のアイツも多少装甲が犠牲になっている程度で、バランスの良さは親譲りだ。
 対する一真の≪閃電≫・タイプFといえば、スペック表そのものは未だに見たことがない。単純に時系列で考えればより新しい一真のタイプFの方が性能的には勝っているのだろうが、しかしそもそも前提とする土壌が違う≪シュペール・ミラージュ≫と比べるのはナンセンスだろう。兵器というものはそれぞれの想定する状況があり、一概にあっちの方が強いこれが最強だと決めつけることは出来ないのだ。
 そういうこともあり、一真は己の≪閃電≫・タイプFとエマの≪シュペール・ミラージュ≫はおおよそ同程度であろうと推測した。
「ううむ、難しいものだな」
 その旨を伝えると、瀬那は難しい顔をして唸る。
「しかし、其方の機体には"ヴァリアブル・ブラスト"なる妙なからくり・・・・が仕込んであるのではないか?」
「アレは特殊すぎるし、正直俺も何とも言えないから考慮からは外して考えたんだ。"ヴァリアブル・ブラスト"込みで考えると、もしかすればタイプFの方が若干勝ってるかもしれないけど、殆ど誤差の範囲内だ」
「うーむ」
 ともしている内に、目の前の73式トレーラーがその荷台ハンガーを油圧仕掛けで起こしていく。80度ぐらいの角度まで持ち上がるとハンガーの固定が解除され、鋭角的なフォルムをした市街地迷彩の≪シュペール・ミラージュ≫がその脚で大地に降り立った。
 すると、≪シュペール・ミラージュ≫は何故か一度こっちの方を振り向く。そして明らかにこっちに向けて軽く手を振ると、今度こそ演習フィールドの方に向けて歩き始める。
彼奴あやつも、ああ見えて案外茶目っ気はあるのやもしれぬな」
「ああ」そんなエマの仕草を眺め、表情を緩めながら言う瀬那の一言に一真も同意を示してやる。
「おっと、こうしては居られぬな。一真、我らも見物にくとしよう」
「行くって、何処に?」
「簡易格納庫の中に、見物用の中継モニタが設置されておるのだ。其方は知らぬであろうから、私が案内する。
 ――――さて、くぞ一真よ。急がねば、間に合わなくなってしまう」
 そう言った瀬那はバッと一真の手を取り、強引に引っ張りながら足早に簡易格納庫の方へと歩いて行く。
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