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第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』
Int.49:戦友、嘗ての英雄たちは何を想う
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「――――少佐」
いつもの銘柄、マールボロ・ライトの煙草を吹かしながら西條が≪閃電≫の遠ざかっていく巨大な背中を見送っていると、後ろから近づいてきた錦戸に声を掛けられた。
「ああ、お前か……。って、いい加減少佐はやめろと言っているだろう」
「ははは、すいません。どうにも昔の癖が抜けないものでして」
「ったく……。ほれ、お前も一本やるか?」
軽く舌を打ちながら、胸ポケットから出したマールボロ・ライトの紙箱を、隣に立つ錦戸に向かって差し出す西條。
「では、遠慮無くご相伴に与って」
錦戸は箱から突き出ていた一本を摘まみ取ると、それを口に咥えた。西條が「ん」と火を付けたジッポーを差し出してくるから、ソイツで火を点けて紫煙を燻らせる。
「それにしても、あの子にタイプFを渡しましたか」
「何か文句でもあるか?」
携帯灰皿に吸い殻を突っ込み、新しい一本を吸い始めながら西條が露骨に不機嫌そうな声音で言う。すると錦戸は「いえ」と言って、
「文句なんて、とても。少佐の為さることですから、彼にタイプFを渡したのも何か意味があってのことでしょうから」
「だから、少佐はやめろと……はぁ、もういい」
紫煙混じりの溜息を付きながら西條は額を手で押さえると、これ以上錦戸に呼び方をあれこれ注意するのを諦めた。
「しかし、本当によろしかったのですか? あの≪閃電≫・タイプFは元々、少佐殿の為に引っ張ってきた機体でしょうに」
「構うことはないさ。何かの為の保険と思って引っ張ってあっただけのことだ。私が乗る奴はまだまだ別にあるし、折角なら私なんかが使うよりも、アイツに使われた方が≪閃電≫も喜ぶ」
「……しかし、少佐殿は何故、あの少年をお選びに?」
「簡単なことだ」西條は言うと、フッと小さく笑った。
「アイツの眼が、妙に気に入ってな」
「眼……ですか?」
「ああ」頷く西條。「昔の私たちと、よく似ている」
「昔の……ああ、懐かしいですな」
「全くだ。≪ブレイド・ダンサーズ≫の生き残りも、結局私とお前だけになってしまった」
感慨深そうに呟く錦戸に同意しながら、西條は遠くを眺めるように眼を細めた。目の前に広がる蒼穹の、更にその彼方を眺めるかのように。
「時の流れというものは残酷です。まして、こんな時代となれば尚更」
「本当にな、嫌になる……。
でまあ話を戻すんだが、アイツには昔の私たちに近いものを感じたんだよ」
「……とすると、弥勒寺くんにもスーパー・エースたり得る素質があると?」
あくまで私の勘に過ぎないがね、と西條は言って、錦戸にもう一本新しい煙草を渡す。
「おっと、これは失礼。
――――だとして、彼は勝てるのでしょうか。相手は仮にもアグレッサー部隊から来た交換留学生、対人戦のプロフェッショナルです」
新しい煙草を燻らせ始めた錦戸が言うと、西條はフッと不敵に笑う。
「当然、あの程度には勝って貰わねば困る。それは、アイツと直接手合わせしたお前が一番よく分かってるんじゃないのか?」
「それはまあ……そうですけれど」
困ったように苦笑いしながらも、しかし錦戸は西條の言葉を曖昧にながらも肯定した。
「奴は、弥勒寺はまだこれからどんどん伸びる。アイツの伸びしろを確保する為に、私は虎の子の≪閃電≫をアイツに託してみたんだ」
「そうでしたか」
「でなきゃ、一介の訓練生風情に私の大事なエース・カスタムを渡すと思うか? 普通ならこの程度なら≪叢雲≫か、よくてお前が乗ってた≪極光≫で十分だ」
「ははは……。≪極光≫もアレはアレで、随分と色物ですけどね。海軍の艦載機引っ張ってきてるわけですし」
「うるさい、細かいことは良いんだよ気にしなくて。
――――とにかく! 私はアイツが気に入ったんだ。だからアイツには伸びて貰わにゃ困る。それに、瀬那のこともあるしな……」
「綾崎さん、ですか」
錦戸はそう言うと、遠くへ微かに見える瀬那の後ろ姿へ目をやった。
「確かに、それはありますね」
「ましてこの間、弥勒寺も一緒にちょっとした厄介事に巻き込まれてる」
「なんと……」
西條がサラッと言った一言に絶句する錦戸。当然だ、何せ今の今まで、京都市街で一真たちが襲われた一件を錦戸には知らせてなかったのだから。……いや、西條が伝え忘れてたのだが。
「弥勒寺もまあ、アレはアレで色々ある奴だからな……」
「だから、綾崎さんと寮の部屋を同じにするなんて、特例じみたことを?」
そういうことだ、と言って西條は頷いた。
「瀬那の為にも、弥勒寺の奴にはどんどん強くなって貰わなけりゃならない。だから今回、わざとこういう形式を取ってみたって訳だ」
「レーヴェンスさんは当て馬、ですか」
「偶然そうなっただけだ。ステラじゃなくて瀬那か、或いは霧香がなってた可能性だってある。今回はたまたま、コトが上手く運んだから利用させて貰っただけだ。ステラには悪いがね」
そう言うと西條は最後の吸い殻を携帯灰皿に放り込んで、錦戸の肩を叩くと「さ、そろそろ私たちも行くとしよう。試合の準備が整う頃だ」と言って、彼に先んじて歩き始めた。
いつもの銘柄、マールボロ・ライトの煙草を吹かしながら西條が≪閃電≫の遠ざかっていく巨大な背中を見送っていると、後ろから近づいてきた錦戸に声を掛けられた。
「ああ、お前か……。って、いい加減少佐はやめろと言っているだろう」
「ははは、すいません。どうにも昔の癖が抜けないものでして」
「ったく……。ほれ、お前も一本やるか?」
軽く舌を打ちながら、胸ポケットから出したマールボロ・ライトの紙箱を、隣に立つ錦戸に向かって差し出す西條。
「では、遠慮無くご相伴に与って」
錦戸は箱から突き出ていた一本を摘まみ取ると、それを口に咥えた。西條が「ん」と火を付けたジッポーを差し出してくるから、ソイツで火を点けて紫煙を燻らせる。
「それにしても、あの子にタイプFを渡しましたか」
「何か文句でもあるか?」
携帯灰皿に吸い殻を突っ込み、新しい一本を吸い始めながら西條が露骨に不機嫌そうな声音で言う。すると錦戸は「いえ」と言って、
「文句なんて、とても。少佐の為さることですから、彼にタイプFを渡したのも何か意味があってのことでしょうから」
「だから、少佐はやめろと……はぁ、もういい」
紫煙混じりの溜息を付きながら西條は額を手で押さえると、これ以上錦戸に呼び方をあれこれ注意するのを諦めた。
「しかし、本当によろしかったのですか? あの≪閃電≫・タイプFは元々、少佐殿の為に引っ張ってきた機体でしょうに」
「構うことはないさ。何かの為の保険と思って引っ張ってあっただけのことだ。私が乗る奴はまだまだ別にあるし、折角なら私なんかが使うよりも、アイツに使われた方が≪閃電≫も喜ぶ」
「……しかし、少佐殿は何故、あの少年をお選びに?」
「簡単なことだ」西條は言うと、フッと小さく笑った。
「アイツの眼が、妙に気に入ってな」
「眼……ですか?」
「ああ」頷く西條。「昔の私たちと、よく似ている」
「昔の……ああ、懐かしいですな」
「全くだ。≪ブレイド・ダンサーズ≫の生き残りも、結局私とお前だけになってしまった」
感慨深そうに呟く錦戸に同意しながら、西條は遠くを眺めるように眼を細めた。目の前に広がる蒼穹の、更にその彼方を眺めるかのように。
「時の流れというものは残酷です。まして、こんな時代となれば尚更」
「本当にな、嫌になる……。
でまあ話を戻すんだが、アイツには昔の私たちに近いものを感じたんだよ」
「……とすると、弥勒寺くんにもスーパー・エースたり得る素質があると?」
あくまで私の勘に過ぎないがね、と西條は言って、錦戸にもう一本新しい煙草を渡す。
「おっと、これは失礼。
――――だとして、彼は勝てるのでしょうか。相手は仮にもアグレッサー部隊から来た交換留学生、対人戦のプロフェッショナルです」
新しい煙草を燻らせ始めた錦戸が言うと、西條はフッと不敵に笑う。
「当然、あの程度には勝って貰わねば困る。それは、アイツと直接手合わせしたお前が一番よく分かってるんじゃないのか?」
「それはまあ……そうですけれど」
困ったように苦笑いしながらも、しかし錦戸は西條の言葉を曖昧にながらも肯定した。
「奴は、弥勒寺はまだこれからどんどん伸びる。アイツの伸びしろを確保する為に、私は虎の子の≪閃電≫をアイツに託してみたんだ」
「そうでしたか」
「でなきゃ、一介の訓練生風情に私の大事なエース・カスタムを渡すと思うか? 普通ならこの程度なら≪叢雲≫か、よくてお前が乗ってた≪極光≫で十分だ」
「ははは……。≪極光≫もアレはアレで、随分と色物ですけどね。海軍の艦載機引っ張ってきてるわけですし」
「うるさい、細かいことは良いんだよ気にしなくて。
――――とにかく! 私はアイツが気に入ったんだ。だからアイツには伸びて貰わにゃ困る。それに、瀬那のこともあるしな……」
「綾崎さん、ですか」
錦戸はそう言うと、遠くへ微かに見える瀬那の後ろ姿へ目をやった。
「確かに、それはありますね」
「ましてこの間、弥勒寺も一緒にちょっとした厄介事に巻き込まれてる」
「なんと……」
西條がサラッと言った一言に絶句する錦戸。当然だ、何せ今の今まで、京都市街で一真たちが襲われた一件を錦戸には知らせてなかったのだから。……いや、西條が伝え忘れてたのだが。
「弥勒寺もまあ、アレはアレで色々ある奴だからな……」
「だから、綾崎さんと寮の部屋を同じにするなんて、特例じみたことを?」
そういうことだ、と言って西條は頷いた。
「瀬那の為にも、弥勒寺の奴にはどんどん強くなって貰わなけりゃならない。だから今回、わざとこういう形式を取ってみたって訳だ」
「レーヴェンスさんは当て馬、ですか」
「偶然そうなっただけだ。ステラじゃなくて瀬那か、或いは霧香がなってた可能性だってある。今回はたまたま、コトが上手く運んだから利用させて貰っただけだ。ステラには悪いがね」
そう言うと西條は最後の吸い殻を携帯灰皿に放り込んで、錦戸の肩を叩くと「さ、そろそろ私たちも行くとしよう。試合の準備が整う頃だ」と言って、彼に先んじて歩き始めた。
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