上 下
22 / 430
第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』

Int.22:虚構空間、少年は幻影の戦場へ⑦

しおりを挟む
『――――よし、終わりだ。シミュレータを停止。訓練生各位はシミュレータがスタンバイ位置に戻り次第、出て後半組と交代しろ』
 あれだけ派手に動き回っていたシミュレータ装置が再び乗降用キャット・ウォークの近くに戻り、閉じられていた上面の乗降用ハッチが自動的に開く。そこから先んじて瀬那が降機して、前席が後方にスライドすると一真もまたシミュレータから降りようと、開いたハッチの縁に手を掛けようとした。
「一真」
 とした所で、シミュレータ装置の上部に乗ったままの瀬那が、開いたハッチから一真に向けて片手を差し出してくる。
「おっ、サンキュ」
 一瞬戸惑いながらも、一真は差し出されたその手を取った。一真のデカい無骨な手と瀬那の補く長い華奢な手とが重なり、そんなお人形さんじみた手からは想像も出来ないほどの強い力で引っ張り上げられたものだから、一真は思わず驚いて「うおっ」と声を出してしまう。
「っととと……。瀬那、意外とちからあるんだな」
 開いたハッチの枠に腰掛けながら、一真が言う。
「うむ。これでも鍛えているのでな」
「伊達に毎日毎日、刀ぶら下げてるワケじゃないってか」
「無論だ。――――っと」
 未だに一真の手を握りっぱなしだったのにやっと気付いた瀬那は、「す、すまぬっ」と言うと慌てて一真の手を離し、瀬那は頬を小さく赤らめるとそっぽを向いてしまう。
「ん……?」
 そんな瀬那の反応を怪訝に思いながらも、しかし遠くから聞こえてくる「ほら、さっさと降りてこい」という西條の声に急かされ、一真もシミュレータ装置から傍の乗降用キャット・ウォークに飛び降り、前半組を集める西條の元へと急いだ。
「さて、前半組の諸君はご苦労だった。待ってた後半組の奴らも、随分騒いでたぞ」
 と、一同を集めた西條はまず最初にそう言って話を始めた。シミュレータ装置の傍にはそれぞれ"01"~"03"、そして"04"~"06"のシミュレーション状況をリアルタイムで映すモニタがそれぞれ一台ずつ設置されているから、後半組はそこから一真たちの訓練状況を見て騒いでいたのだろう。
「何分今日が初めてのシミュレータ訓練だ、撃墜判定を喰らうのも致し方ない。……ま、詳しいことは後だ。さっさと一人ずつ総評を言ってやるとしよう。
 じゃあ最初、弥勒寺」
「あっ、はい」
 真っ先に呼ばれるとは思わなかったので、一真は一瞬面食らう。それを西條は意に介さず、今回の訓練を終えての一真のざっとした評価を彼に告げる。
「全体的な動かし方としてはまだまだだ。……が、こればっかりは慣れと場数が物を言う。今日が初めてということを考えれば、寧ろ上等と言っても良い」
「あっ、ありがとうございます」
「兵装の使い方も適切だ。アーチャーが居る中での落下強襲はアレだが、状況次第では確かに選択肢には入る。咄嗟に対艦刀でなく短刀を使う判断も、悪くない。流石に知識が頭に入っているだけのことはあるな」
「恐縮です」
 頭の後ろを手で押さえながら一真が何度か腰を低くすると、西條は「うむ」と頷き、
「次、東谷」と、霧香の総評に移る。
「…………はい」
 呼ばれた霧香の顔は、やはり感情の起伏が少なそうな無表情めいた顔色だった。
「文句無しだ、何も言うことはない。というか東谷、本当に初めてか?」
「…………」コクッ、と短く頷き、霧香が肯定の意志を示す。
「むう、まあいいか……。
 ――――だが、少しばかり単独で突出しすぎるきらい・・・があるな。そこは直した方がいいと、私は思うぞ」
「……はい」
「では、次……チッ、白井」
「ちょっと教官!? 今チッって言いませんでした!?」
「気のせいだ、お前の耳が悪いだけだ。……チッ」
「ホラ! やっぱ言った! 今やっぱ言ったって!」
 やはりやかましい反応でうるさい顔を撒き散らす白井に「少し黙ってろ」と西條は釘を刺し、それから「こほん」と咳払いをしてから改めて白井の総評を告げる。
「ハッキリ言って、下手くそだ」
「直球!?」
「だがさっきも言った通り、筋自体は決して悪くない。弥勒寺もそうだが、後は慣れだ。お前は初めて動かす上、弥勒寺のように予備知識も無い。ならばこの程度は、仕方ないといえば仕方ないぞ」
「ほっ……」
 安心して胸をなで下ろす白井だったが、しかし次に西條はニィッとほくそ笑み、
「ま、何度も言うように前代未聞の死因だったがな。転んで起き上がれずにそのまま袋叩きだぞ?」
「だから教官んん!? それ言わないでくださいって! お願いしますからっ!」
「駄目だ。向こう十年はネタにさせて貰うよ」
「酷いわっ! 酷すぎるじゃないっ!」
 何故か女言葉になって嘆く白井の反応を実に愉しげに眺めながら「はっはっは」と笑った西條は、続けて「では、次に綾崎」と瀬那を呼んだ。
「はっ」
「お前も中々に筋が良い。特に近接格闘はピカイチだろうな。流石は武道経験者だけある、ということか」
「恐縮であります」
「まあ射撃の方はイマイチだが、前衛張る分には問題ない範囲じゃないか? とにかく、センスは良い。これからも精進することだ」
 随分とあっさりした総評を瀬那に言い終えた後で、西條は「……では、壬生谷」と、少し苦い顔で美弥の総評を始める。
「は、はい……」
 今から西條が告げるであろう言葉がなんとなく自ずと分かっているからなのか、美弥は顔を俯き気味に、暗い顔で反応する。西條も少しバツが悪そうにしながら「……こほん」と咳払いをすると、意を決し美弥の総評を始めた。
「正直、かなりアレだ」
「……はい」
 西條の言う"アレ"の意味が決して良い方向でないことは、この場に居る一真も含めた他の五人も、暗黙の内に理解することだった。
「まあ、後は練習次第って所だろうな……。そう気を落とすことはない」
「は、はい……」
 落ち込み気味に頷く美弥。それをはたから見ていた一同は、あの白井ですらも神妙な顔でそれを見守ることしか出来ない。
 ――――美弥にきっとパイロット適性が無いんじゃないかってことは、恐らくこの場に居る誰もが共通して思っていることだろう。敢えてそれを口にしないだけで、一真は白井や瀬那、それにステラとでさえ目線だけで頷き合い、それが共通認識であることを暗黙の内に確認し合っている。
 そんな空気に西條も辟易してきたのか、「……では、ステラ」とすぐに話題を変え、美弥から全員の意識を逸らさせた。
「当然だが、完璧だ。日本機は慣れてないだろうが、動かしてみた感想はどうだ?」
「悪くないですね」と、サッと髪を手で払いながらステラが答える。
「動きが柔らかくて、近距離戦闘は随分とやりやすく感じられましたわ。ただ」
「ただ、何だ?」
「あの……対艦刀、でしたっけ? サムライ・ソードは使い方がよく分かりませんでした。尤も私はアグレッサー部隊でしたから、仮想敵を演じる過程で何度か使ってみたことはありましたけれど。それでもやっぱり、使い慣れてない物は振り回しにくいですね」
 ――――ステラが73式対艦刀を使いづらいと言うのも当然だ、と一真は胸の奥で呟いていた。
 何せ米軍は陸・海・空・海兵隊の四軍に於いてどの軍も対艦刀を正式配備していないのだ。こればかりはお国柄というか、そもそも長剣の類を使う文化に乏しいだけに、対艦刀を使うという発想が思い浮かばなかったのかもしれない。
 基本的に米軍のTAMS戦術教本では、敵との近接戦闘に対処する際には機体標準装備のコンバット・ナイフ(国防軍で言うところの近接格闘短刀)を使うか、或いはアサルト・ライフルで対処しつつ下部マウントにガン・バヨネット(銃剣)、或いは代用品として機体装備のコンバット・ナイフを着剣し格闘戦を行えとされているのだ。ちなみに余談だが、米軍の言うガン・バヨネットは国防軍でも93式銃剣として似たような物が配備されている他、米軍の物と同じように突撃機関砲下部に短刀を銃剣代わりに装着できる。
 ――――閑話休題。
 とにかく、米軍にはこういった事情があるのだ。これではステラが対艦刀の使い勝手を知らないのだって無理もない。寧ろ数度でも使用した経験があるというだけ、流石は元アグレッサー部隊だっただけはある。
「ま、無理に対艦刀を使う必要も無いだろう。必要であれば君のFSA-15Eストライク・ヴァンガードにも装備させられるが、要らなければ要らないで構わない」
 うんうん、と腕を組んで頷きながら西條は言うと、次に「では」と言って、
「とりあえず、現段階で私が見た限りの諸君らに対する総評はこんなところだ。以上で本日のシミュレータ訓練を終了とする」
 そう最後にまとめて、前半組の訓練過程を締め括った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

江須衣布新作試行錯誤

スーパーちょぼ:インフィニタス♾
SF
ときおり短編を書いては新作を試行錯誤しました。 (1話1000〜2000字前後を目安に全7話)

処理中です...