上 下
87 / 88
Execute.05:シチリアへようこそ -Welcome to Sicily-

/05-7

しおりを挟む
 シチリア島、そこは数々の文明と人種が古代より交錯してきた土地。長靴のような格好をした雄大なイタリア半島の南側、地中海のド真ん中に悠然と浮かぶこの場所は、様々な文明が交差する場所でもあった。
 一八世紀から一九世紀を生きた、かのドイツ人の文豪ゲーテ曰く「イタリア、それもシチリアを抜きにしては、何一つ心に刻みつけるものはない。シチリアにこそ全てを解く鍵がある」。遠い過去から今現在に至るまで、そして恐らくはまだ見ぬ未来に於いても。人々を魅了し続ける地中海の宝石、それがきっと、このシチリアという場所なのだろう。
 また、マフィア発祥の地としても知られているのが、このシチリア島だ。今では闇社会に蠢く犯罪組織の代名詞のようになってしまった言葉だが、元々は彼らを指す言葉だった。マフィアを扱った映画、1972年の「ゴッドファーザー」や、或いは1988年の「ニュー・シネマ・パラダイス」などでも、このシチリアを舞台とするシーンがある。
 とまあ、こういった具合に歴史深い土地を、零士は翌日になればまたノエルを引き連れてカターニア市内の高級ホテルを出て、銀のマセラティ・メラクSSでかっ飛ばしていた。
「……♪」
 昼頃を少し手前にした、現地時間の午前十一時過ぎ。降り注ぐ暖かな陽光を車のガラス越しに浴びながら、零士は掛けたサングラス越しに行く先を見据え。隣でご機嫌そうに小さく鼻歌なんか歌うノエルをチラリと横目に、カターニア市内の中をぐるぐるとメラクSSに走らせている。
 今日の目的は、襲撃予定地となる製薬会社のラボの下見だ。しかしそれだけでは味気なさ過ぎるので、観光も兼ねようということで、こうしてアテもなく市内をぐるぐる回っているのだ。
 ちなみに、そう提案したのは意外にも零士の方からだ。何でまたこんな提案をしたのか、確たる理由は自分でもよく分からないが。とはいえ、こうしてノエルが楽しそうな顔をしてくれているので、ひとまずは良しとしよう。
「どうだノエル、シチリアは?」
「とっても綺麗な街だね」と、にこやかな笑顔でノエル。
「気候も暖かいし、心地良いな。レイは前にも来たことがあるの?」
 続けてノエルに訊き返されると、零士は「何度かな」と、メラクSSのギアを一段上へ突っ込みながらで短く答えてやる。
「それでも、シチリアは随分と久し振りだ。ヨーロッパは回る機会が多いんだが、どうにも地中海に用事は少なくてさ。何だかんだ、来るのは二年ぶりぐらいかもな」
「そっか。……二年、か」
 二年。
 その言葉を聞いて、ノエルがほんの少しだけ横顔を曇らせたのを。それを零士は、サングラスの隙間からの横目で見逃さなかった。
 見逃さなかったが、しかし敢えてそれを深く追求することはしなかった。彼女がほんの僅かに表情を曇らせた理由わけを、何となく察せてしまっていたから。
 きっと、ノエルが思い出してしまったのは両親のことだろう。彼女がミラージュとなる切っ掛けとなった出来事、即ち両親の死を思い出してしまったから。故に彼女は、少しばかりのセンチメンタルを覚えてしまったのではないだろうか。
 確証は、ない。だが確信はあった。だからこそ零士は、彼女に対してほんの少しの申し訳なさを感じていた。何の気無しの発言といえ、こんな時にまで妙なことを彼女に思い出させてしまったことを、詫びたい気分だった。
「……そろそろ、下見に行くか」
 だが、零士はそうしなかった。下手に詫びてしまえば、またノエルに要らぬコトを思い出させてしまいそうだったから。普段なら詫びているようなタイミングでも、しかし今は出先の海外。それも、任務をすぐ目の前にしているような時期だ。彼女の気分をこれ以上、変に揺らしたくはなかった。
 故に、零士は話を切り替えるようにそう言ったのだ。シチリア観光は一旦切り上げて、ラボの方の敵情視察に行こうと。
「そうだね。確か、此処から近いんだっけ?」
「近くもないけど、かといって遠くもない。……ま、言ってる内に着くさ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...