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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-

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「それじゃあ、お言葉に甘えて。お風呂、先貰うね?」
 夕食を終えてから暫くして、ノエルはリビングのソファでくつろぐ彼に一言そう言ってから、浴室の方へと足を運んだ。
 半ば無理矢理に家に押し掛けて、その上夕飯まで手を煩わせ、ご馳走になってしまって。彼女の立場からすれば、言ってしまえばそんなようなことだから、流石にノエルも風呂まで先にというのはかなり遠慮した。
 したのだが、結局は零士に押し切られてこの形だ。彼曰く「レディ・ファーストだ」らしいが、冗談なのか本気で言っているのか。どちらにせよノエルはされるがままに押し切られ、最終的にこうして風呂まで先に頂くことになってしまった、というワケである。
「至れり尽くせりで、ちょっと申し訳ないような気もするんだけどね」
 独り言を呟きながら、浴室の脱衣所に入ったノエルは後ろ手に戸を閉め。そうすれば、今まで羽織っていたラフな私服をサッと脱いだ。
 軽い私服を脱衣カゴにポイッと放り込み、視線を上げる。洗面台の鏡に映ったのは、可愛らしい水色の下着を着けた自分自身の姿だった。鏡の中に映るプラチナ・ブロンドの髪、首の付け根まである長い襟足がフッと揺れ、鏡の中の自分、そのアイオライトの双眸とピッタリ眼が合ってしまう。
 不思議な気分だった。鏡に映っているのは紛れもなく自分なのに、しかし自分が自分じゃないような気がしてしまう。何故なのかは、分からない。もしかすれば、異国の地の見知らぬ家、それも他でもない彼と共に住み始めることになったからかもしれない。
「……ホントに、シャーリィも凄いこと言いだしたよね」
 ボソッとひとりごちれば、ノエルはおかしそうに小さく笑う。
 シャーリィから彼との同居を提案……というか半ば決定事項だったことを言い渡された時は、ひどく困惑したことを覚えている。というか、仮にも教師の立場でそんなことを言ってしまうのもどうかとすら思う。幾ら相手が零士といえ、年頃の男女が一つ屋根の下で……言ってしまえば、こんなもの同棲と変わらない。そんな、一見して不純極まりないと思えるような行為を、仮にも神北学園の教師である彼女が平気で赦してしまうのも、どうなのか。
 恐らくは、それほどまでにシャーリィは彼に――椿零士に対して全幅の信頼を置いているのだろう。二人が直接言葉を交わしているシーンを、ノエルは今日の昼間、保健室で初めて目の当たりにしたが。たった一回を傍で見ただけでも、二人の間に並々ならぬ信頼関係があるのはノエルでも一瞬で分かることだった。
 それに、シャーリィは自分の――ノエル・アジャーニのことを、サイファー。即ち椿零士の弟子にすると言っていた。それと同時に彼女は、自分の弟子は生涯立った二人きりだと、そうも言っていた。
「シャーリィの、たった二人の弟子か……」
 きっと、その内の一人が彼なのだろう。そんなこと、二人を見ていれば想像に難くない。最強と名高くも、しかし素顔は誰も知らない伝説のSIAエージェント、コードネーム・サイファーがシャーロット・グリフィスの弟子として産み落とされた存在ならば、その強さも納得というものだ。
 そして、今までSIAに対してサイファーが、あくまでグリフィス上級担当官が使う"外注先"という特異な立場として、その素顔を誰に対してでも隠され続けてきたこと。そのことも、今の零士を見ていれば、ノエルもかなり納得するところがあった。
「まあ、僕も同じなんだけれどね」
 小さく肩を揺らして笑うノエル、ミラージュもまた、同様にSIAに対してはシャーリィが使う外注相手ということになっている。
 それもこれもシャーリィは、全て自分らのこれからの為だと前に言っていた。己が復讐を、己が戦う理由を完遂し、このままエージェントとして闇の世界に身を起き続ける理由がなくなった時。その時に何の後腐れも無く、この世界から去って行けるようにと。そういう意図があっての外注扱い、そういう意味があっての素顔の秘匿だと、前にシャーリィはノエルに対して言っていた。
 それは、きっと零士とて同様のことだろうとノエルは思っている。深くは知らないが、零士が背負うある程度の過去と事情は、事前にシャーリィの口から聞かされているのだ。驚くほどに自分とよく似た、彼の過去を。
 だからこそ、同じような理由でシャーリィは彼を、サイファーを自分と同じく外注先として、上層部を含めた極一部の例外を除いた他のSIA職員に対し、素顔を隠しているのだと。ノエルは予想というより、確信に近いモノを抱いていた。
「……このことは、これ以上考えるのは止そう」
 と、いつの間にか思考の渦に囚われていたノエルはハッとすると。我に返り、風呂に入ってさっぱりすることを先決にした。このまま下着姿のままで突っ立っていては、風邪を引いてしまいそうだ。
 水色のブラを脱ぎ、その後で同色のショーツも脱いで脱衣カゴに放り込んでおく。このままだと零士に見られてしまう気もしたが、正直なところノエル自身の心情としては、別に彼に下着を見られる程度、構わなかった。パリでの日々を共に過ごす仲で、既にノエルの気持ちはそれほどまでに彼に寄せていたのだ。
 尤も、そのことに彼自身は気付いていない。そうだろうことも、ノエルは分かっている。そして、そんな彼に対し、小雪もまた同様に、並々ならぬ想いを寄せていることだって……。
「でも、でも僕は譲りたくないよ」
 ポツリと小さく呟きながら、まっさらな白く透き通る肌を、隠すことなく全身を露わにした格好で。ノエルは浴室の中へと入っていく。浴室のシャワー・システムは頭上のオーヴァーヘッド・シャワーの他、ボディ用のシャワーまである中々に凝った造りのモノだった。
 きゅっと蛇口を捻れば、頭上から温水が降り注いでくる。降り注ぐ湯気の立ったお湯は、ノエルの綺麗なプラチナ・ブロンドをした短めの髪をサッと濡らし。桜色の唇を、きめ細やかな純白の肌を撫で、やがては万有引力の法則に従い、足元へと流れ落ちて行く。
「僕だって、心を奪われてしまったんだから。……本当に、どうしようもないぐらいに」
 そんな彼女の呟きは、清流のせせらぎにも似た水音の中に掻き消えていく。少女の抱く強い想いは、今はまだ胸中に秘められたまま。
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