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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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 入り込んだ先の地下区画は、どちらかといえば物置的な印象の強い、薄暗く湿っぽいような区画だった。
 食材の倉庫や、常在・臨時双方の警備員たちの詰め所。そして監視カメラを初めとするセキュリティ拠点や、他にはスタッフルームなどもあり。奥へ行けば、庭の地下にある来客用の駐車場にまで通じているらしい。勿論屋敷の中に通ずる通用口もあって、当然のことながら関係者以外立ち入り禁止だ。
 なので、一応は賓客を装ったていの格好で身を固めている零士もノエルも、この地下区画で誰かに見つかってしまってはマズい。人の行き交いはそれほども無く、武装した警備員よりも丸腰の通常スタッフの方が多いような具合だったが、しかしそれでも見つかれば面倒なコトになってしまう。
 そんな警備員やスタッフたちの眼をかいくぐるように、零士はノエルを連れて先へ先へと進んでいく。何度がヒヤリとする場面はあったものの、上手い具合に切り抜けて。そして屋敷へ通じる階段を昇れば、やっとこさ二人は屋敷の中へと忍び込むことが出来た。
「本当に上流階級のパーティって感じだね、レイ」
「ま、招待客もそういった連中ばっかりだ。全員が全員クロってワケじゃないが、後ろ暗いことを抱えている奴が多いのは確かだろうよ」
 そのまま屋敷の中を上手くすり抜けて、パーティのメイン会場となる邸宅二階の大ホール。零士とノエルはパーティの招待客を装い、詰めかける来賓たちの中に紛れ込んでいた。パーティを楽しみつつ様子を見て、ついでにターゲット二名を捜索するという意図があった。
「……何ていうか、凄いね」
 右を見ても左を見ても、どう見ても上流階級でしかない人間ばかり。そんな人の波に呑まれているせいか、ボソリと零士だけに聞こえる声で呟いたノエルは、少しだけ不安そうな顔をしていた。
「僕らだけ浮いてないか、心配になるぐらいの雰囲気だ」
「心配は要らないさ、ノエル」
 こういう場所に慣れていないのか、平静を装う奥で、ほんの少しだけおどおどとする彼女を安心させてやるように、零士は小さく優しげな声音でノエルへと囁き返す。
「ザッと見たが、君ほどにそのドレスが似合う女は他に居ない」
「……もしかして、レイ。僕のこと、褒めてくれてるの?」
 首を傾げるノエルに訊かれ、零士は彼女の顔から小さく視線を逸らしつつ。「好きに受け取ってくれ」と、何となく照れ隠しっぽいような風で言い返した。
「……ふふっ♪」
 そうすれば、頬をほんの少しだけ朱に染めたノエルが嬉しそうに、そして照れくさそうに微笑む。零士もまた彼女に釣られて、表情が緩んでしまう。
「それに、立ち振る舞いも中々に上品だ。ノエルはちゃんと場に溶け込めてる、心配は無用さ」
「君にそう言って貰えるだけで、少しは気が楽になるかな?」
「楽になってくれたことを、どうか願いたいところだ」
 そっとノエルの頬を指先で小さく撫でながら言った後、零士は近くを通りかかったウェイターを呼び止め。そして彼からシャンパンの入ったグラスを受け取れば、それを掲げるような仕草を見せる。ノエルもそれに倣う。
「ひとまずは、乾杯といこう」
「そうだね、少しぐらい楽しんだって、バチは当たらないさ」
 互いにグラスとグラスを掲げあい、ほんの僅かに微笑んで。そうして二人は、ほぼ同じタイミングでシャンパンのグラスに口づけた。
『二人とも、暫くは楽しんで貰ってて構わないよ。シャンペーニュとブランシャールの居場所は、僕の方で上手いこと探ってみるから。零士もノエルも下手に動かないで、楽しく待ってて貰えればいいから』
 そうすれば、互いが耳に隠し着けたインカムから、ミリィ・レイスの声が聞こえてくる。二人とも長い横髪で上手いこと耳全体が隠れているから、インカムの存在が周囲の人間にバレることはない。
「ここはミリィの言う通り、任せるとしよう」
「だね」
 なんて具合に二人で頷き合えば、流れるようなクラシックの生演奏が始まり。どうやら社交ダンスと洒落込む雰囲気になってきた。広いホール内に設けられたスペースに、次々と男女ペアが躍り出ているのが窺える。
「……ま、折角楽しめって言われたんだ。ここはお言葉に甘えるとしよう」
 零士はそう言うと、またウェイターを呼び止めて空いたグラスを下げさせて。そうすればノエルの方にスッと手を差し伸べた。まるで彼女を誘《いざな》うかのように、そして数日前の意趣返しのように。
「ノエル、ダンスの経験は?」
「えっ?」戸惑うノエル。「……まあ、少しだけなら」
「なら、俺が上手くリードしよう。こんなもんは即興でもどうにかなる」
「でも、レイ……?」
 戸惑うノエルの手を、零士が「いいから」と言って半ば強引に取る。
踊って頂けませんかシャル・ウィ・ダンスお嬢さんマドモアゼル?」
 零士が冗談っぽくはにかんでそう誘えば、ノエルは「……仕方ないな、レイは」と呆れながらも、零士の手を小さく握り返す。
「それと、お嬢さん扱いはどうかと思うよ?」
「良いんだよ、こういう時ぐらい。雰囲気だ雰囲気」
「もう、レイって見かけに寄らずそういうとこあるんだね……」
「細かいコトは気にしない。折角だ、楽しもうぜ?」
「分かったよ、僕の負けだ。……その代わり、ちゃんとレイがリードしてよね?」
「一度した約束はキッチリ守る、それが俺の良いトコなんだ。特に女の子の、それこそノエルみたいななら尚更だ」
「……その言い回しの上手さは、きっとサイファーだからってワケじゃないみたいだね」
 そんなこんなで、零士は蒼く煌びやかなドレス姿のノエルの手を引き、他の面々に混ざって彼女とワルツを踊り出す。背後に聞こえる生演奏のリズムに合わせながら、ステップを踏み。一応の心得はあるもののまだ慣れないノエルを軽くリードしつつ楽しんでいれば、いつの間にかチラホラと周りから注がれ始める視線に、二人は気付いていた。
 本当なら任務の性質上、ここまで目立ってはいけないのだろう。しかし構わないと、零士は敢えて今だけは任務を忘れ、手を取り共にステップを踏む彼女と踊ることだけに意識を集中させていた。
(らしくもない。……だがまあ、これでいいんだ)
 その、ある意味で零士らしくもない行動の動機が、手を取る彼女が"ミラージュ"の名を持つ少女であることなのか。それとも別の動機があるのか、それは零士自身にも分からぬことだった。
 ……ただ、今は純粋に彼女の手を取りステップを踏む、これだけを楽しんでいたいと、零士はいつの間にかそう思っていた。自分自身の深いところで、ノエルに対して抱く認識が、小さく変わり始めていることに気付かぬまま。
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