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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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 ――――そして、潜入当日の夜。
「レイ、用意は?」
「いつでも」
 ノエルに呼びかけられた零士は応じ、テーブルの上に置いてあったベレッタ・Px4ストームの自動拳銃を手に取った。
 濃緑色の銃把を右手で握り締めながら、左手でテーブルから手繰り寄せた十七連発の弾倉を銃把の底へと叩き込む。金属製のスライドを引いて初弾を薬室に装填し、ディコッカー兼用のセイフティ・レヴァーを親指で押し下げ。そうすれば撃鉄も起きた状態から安全状態へと倒れる。
 セイフティが掛かっているのを確認してから、零士はスーツズボンの右腰に着けた拳銃用ホルスターへとPx4を収めた。予備弾倉は左腰にセットし、エマーソン・ヴィンディケーターの折り畳みナイフは左前のポケットに放り込んでおく。最後にバッと翻した黒いロングコートをスーツの上から羽織れば、準備完了だ。
「ふふっ……」
 すると、蒼い煌びやかなドレスで着飾るノエルが、そんな零士を見て小さく笑った。
「何がおかしい?」
「いや、まるでチョウ・ユンファみたいだなって。何となくそう思ったんだ、君を見てたら」
「これで二挺拳銃なら、言うこと無いんだけどな」
 零士が冗談っぽく、大袈裟に肩を竦めるジェスチャーをする。ノエルはそんな零士の仕草を見て、「あははっ」とまた笑った。
 そんな傍らで、ノエルもまたテーブルに置いていた大柄な拳銃を手に取る。古典的な回転式の弾倉を持つアレは、リヴォルヴァー式の拳銃だった。
「マニューリン?」ノエルの手に取ったそれを見た零士が、怪訝そうに問う。
「うん。……それが、どうかした?」
 そのリヴォルヴァー拳銃を手に取ったノエルが、きょとんと首を傾げながらで零士に反応した。
 ノエルが持っているのは、フランス製のマニューリン・MR73というリヴォルヴァー拳銃だ。強力な.357マグナム弾を六発装填する優れた拳銃で、信頼性もさることながら外観もフランス製らしく芸術的。国家憲兵隊の対テロ特殊部隊・GIGNジェイ・ジェンが使っていることでもお馴染みのリヴォルヴァーだった。ちなみに、ノエルの物は長い六インチ銃身のモデルだ。
「この状況下で、サイレンサーの噛ませられないリヴォルヴァーはどうかと思うぞ」
 だが、零士の言葉はどちらかと言えば否定的だった。
 それもそのはずで。今彼が言ったように、リヴォルヴァー拳銃はその構造上の都合で、零士が普段から使っている自動式と違い、一部の例外を除いてはサイレンサーが取り付けられないのだ。今回のような任務に於いて、サイレンサーが使えないのはかなり痛い。
「MR73は悪くないチョイスだが、かといって良くもない」
「どうしてだい?」
 少しだけ不満げな顔で、ノエルが問うた。それに零士は冷静に、しかし諭すように優しげな語気で言葉を続ける。
「サイレンサーはともかくとして、六発しか入らないリヴォルヴァーは継戦能力に欠ける。.357マグナムが強力なことは認めるが、俺たちの仕事上、あんまりオススメは出来ないんだ」
 サイレンサーよりも何よりも、実際問題としてそこが一番大きな問題だった。
 零士が普段から愛用する、.45口径でシングルカーラム弾倉のP220-SAOですら八発の装弾数だ。更に長いロング・マガジンを使えば十発は入る。だがノエルが持っているようなリヴォルヴァーの場合、回転式弾倉が固定式な以上、六発から弾数を増やすことが出来ないのだ。
 それは即ち、再装填の回数が多くなるコトにも繋がる。従って隙は大きくなり、その隙が致命傷となることだってあるのだ。装弾数を多く出来る9mmパラベラム弾が持てはやされる点はその辺りにあるのだが、ともかくリヴォルヴァー拳銃は、少なくとも零士の経験上、あまり勧められるような代物ではなかった。特に、ノエルのような――あくまで推測だが、恐らくは零士ほどの経験のない人間なら、尚更。
「むう、良いじゃないか。僕が好きで使うんだから」
 ノエルもそれは薄々分かっていたのか、大きく反論するようなことはしなかった。しかしそれでも不満なのか、ぷくーっと頬なんか膨らませて、如何にも不服ですよといった風な態度を示す。
「……ま、好きにしてくれ」
 そんな彼女の気持ちが分からないでも無かったから、零士の反応もまたこんな具合だ。使う道具に妙なこだわりがあるのは、.45口径を何よりも信奉する椿零士とてヒトのことはまるで言えないのだから。
 その後、ノエルはMR73をドレスの何処かに隠せば、今度は同じくフランス製の頑丈な固定式フィクスドナイフ、ワイルドスティア社製のウィング・タクティックを、これまたドレスの何処かへと隠し持った。何処に隠しているのか流石に不思議に思った零士が訊いたが、
「女の子にはね、ちょっとした秘密があるぐらいが魅力的じゃないかな?」
 しかし、当のノエルにはこんな風にはぐらかされてしまった。
「さっ、無駄話はこの辺にしてさ。レイ、行こっか」
 履いた靴の低いヒールをトントン、と床で慣らしつつ、青いドレス姿のノエルが零士に向かって手を差し伸べてくる。
「分かってるよ、俺はとっくに準備出来てるんだ」
 零士はそれを手に取れば、彼女を導くかのように先立って歩き始めた。
「しっかりエスコートしてよね、レイ?」
「生憎と、そういうのには慣れてる。しっかり付いてきてくれよ、お嬢さんマドモアゼル?」
「……む、誰が何だって?」
「さてね、空耳だろ?」
「レイ……後で覚えておいてね」
 そんなやり取りを交わしつつ、零士とノエルはアパートの部屋を出た。
 ――――踏み出す度に、一歩を重ねる度に、その瞳の色をサイファー、そしてミラージュのモノへと切り替えながら。
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