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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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 翌日、時差ボケを治す為に早めの就寝を取った零士は、割に早く眼が覚めてしまっていた。
 部屋のシャワーを借りて寝汗を流し、朝食はあり合わせの物で作った奴をノエルが振る舞ってくれた。その見た目や性格通りに彼女は料理の腕の方も良く、まして零士にとっては久方振りに味わうヒトの手料理だったものだから、何だか複雑な気分になってしまう。とはいえ後でマドレーヌなんかも作ってくれるとノエルが言っていたから、それはそれで楽しみだ。
 そして、朝食を摂った後の午前中は特に何をするでも無く過ごし。午後になれば、二人は漸くセーフハウスのアパートの外へと繰り出すことになった。
「こっちだよ、レイ」
 車は使わずに、徒歩で街に繰り出していく。隣を歩くノエルの道案内に従って、零士はパリの街を徒歩で移動する。昨日の内に市内の店で買ってきたジーンズとポロシャツ、その上から愛用のロングコートを羽織るというカジュアルな格好だったが、隣のノエルもまた可愛らしいような私服姿だからか、別段浮いているワケでもない。
「変わらないな、この街は」
 ノエルに案内されるまま歩きながら、零士は街並みを見渡し。ポツリ、と小さく口の中でひとりごちた。
 パリの街といえば、花の都という喩えが有名だろうか。だがその喩えに見合わず、実際のところはそこまで綺麗な街でもない。埃っぽいし、下水のような臭いが漂ってくるところも珍しくは無く、それ以外にも多種多様な匂いが入り混じっているような、そんな街だ。
 とはいえ、この辺りは日本の衛生環境が異様なまでに高いが故に感じることでもある。良い意味でも悪い意味でも、あの国の衛生観念は異常なまでに高い。日本の環境に慣れていれば抵抗を感じるのは当然で、零士も最初にこのパリへやって来た頃は、衝撃とともに結構な抵抗感を抱いてしまったものだ。尤も、今ではそんな抵抗感はまるで消えているが。
 また、水道から出てくる水も硬水だ。よくパリの水を飲むと腹を壊すだとか日本では噂されているが、別に水質が悪いというワケでもなく、普通に飲めてしまう。
 飲めてしまうが、正直あまり勧められないのも本当だ。それは体質によるもので、日本の水道から出てくる軟水に慣れきっている日本人の体質では、どうにも硬水で腹を下しやすい。そういう意味もあって、昨日買い出しに出た時には、零士もノエルにミネラルウォーターを買っておくことを勧められていた。
 結果、セーフハウスの冷蔵庫には大量のミネラルウォーターが放り込まれることとなった。零士自身、日本でも普段からミネラルウォーターを飲む習慣があるから、別に抵抗はないのだ。
「前に聞いたけれど、ノエルはパリの生まれだったっけ」
 そんな、複雑怪奇なパリの街を二人並んで歩きつつ。零士はすぐ傍を歩く彼女と言葉を交わし始める。
「うん、そうだけど?」
「野暮な言い方かもしれないけれど、パリでその見た目は珍しいよな」
「見た目……僕の?」
「金髪に蒼い瞳。フランス人らしいっちゃそうだけれど、パリだと中々見なかった気がする」
「まあ、かもね」
 あはは、とノエルは小さく苦笑いをする。実際、彼女のような風貌の、それこそステレオ・タイプと言ってはノエルに申し訳ないのだが、そんな風貌のフランス人とパリで逢うことは珍しかった。というか、彼女のようなフランス人を見るのは、零士自身も随分と久し振りだったのだ。
「二人とも……あ、僕の両親ね? 二人とも、北部の方の出身だから。それに両方とも、僕と同じような感じだったみたいだし」
「なるほど」
 ノエルに言われて、零士はかなり腑に落ちた。
 ――――実際のところ、フランス人でノエルのように金髪で蒼い瞳を持つというのは、意外なまでに少ないのだ。
 が、フランスでも北部の方に行けば、中部や南部より多少はそういう人種も多いと聞く。彼女の両親がそちらの出身だというのなら、確かにノエルがこんな綺麗なプラチナ・ブロンドの髪なのも納得がいくというものだ。
「で、僕が生まれたのはこっちに越してきてから。だから、僕自身はパリ生まれのパリ育ちなんだ」
「へえ、そうだったのか」
 えへへ、とノエルが楽しげに笑えば、零士もまた小さくはにかんだ。ちなみにこの二人、今は敢えてフランス語で会話を交わしている。
「……それにしても、レイの話すフランス語ってさ」
「ん?」
「何だか、女の子っぽい話し方だよね」
 だから、ノエルにそう指摘され、零士は思わず額を抑えたくなった。
「……シャーリィに教わったからな、フランス語は。気を付けてるつもりなんだが、気が抜けるとどうしても、たまに女言葉の言い回しが出ちまう」
 大袈裟に肩を竦めながら、今度は慣れ親しんだ英語でその理由わけを零士が説明すれば。ノエルはまた「あはは……」と苦笑いをし、零士に合わせ英語で応じてくれる。
「仕方ないよね、そればっかりは。僕が言うのも何だけど、言い回し結構面倒だし……」
「色々と察してくれ。泣かせるぜ、全くよ」
「まあまあ、仕方ないって。僕で良ければ、ある程度はちゃんとした言葉の回し方、教えようか?」
「是非頼みたいね。シャーリィの奴、フランス語はかなり適当にしか教えてくれなかったんだ」
「ご、ご愁傷様……?」
 そんなこんなな会話を交わしている内に、二人は目的地のすぐ目の前にまで辿り着いていた。通り沿いの街角にある小さなカフェ、そこがノエルが目指していた目的地だった。
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