SIX RULES

黒陽 光

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第四条:深追いはしない。

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 ミリィ・レイスと彼女が引き取ったNSRを見送り、ガレージのシャッターを閉じたハリーが内階段で二階部分の事務所に戻ると。すると、丁度眼を覚ました和葉が私室を兼ねたベッドルームから出てくるところと鉢合わせをした。
「起きたのか、和葉」
「ん……おはよ」
 普段は容姿端麗で飄々としていて、外見と外向きの顔は非の打ち所がない彼女でも、流石に寝起き直後というのは無防備なもので。跳ねた髪に眠そうな瞳の色と、何処か気の抜けたような寝間着姿。そんな新しい和葉の一面を見てしまったハリーは、思わずほんの少しだけ苦く笑ってしまう。どんな美少女でも、寝起きはこんなものだ。その点、彼女は他に比べればかなりマシな方だった。
「疲れは抜けたか?」
「まあね……」と、眼を擦りながら和葉。「身体の節々が痛いわ……」
「そりゃあ、あんだけ逃げ回った挙げ句に派手なバイクチェイスの後だ。君の筋肉痛も、名誉の負傷って奴じゃないか?」
「二度とやりたくないけれどね、あんな無茶なコト……。ふわーあ」
 間抜けに欠伸なんかかき始める和葉に、ハリーは苦笑いの色を更に濃くして。それから「シャワーでも浴びてくるといい、頭がスッキリするぞ?」とか適当に言って、彼女に起き抜けのシャワーを浴びさせてやることにした。
 そして和葉がシャワーを浴びている間、浴室から聞こえてくる微かな水音を聞きつつ、ハリーは彼女に適当な朝食をこしらえてやることにした。どうせ自分も朝食はまだだから、丁度良い。
 とはいえ、作るものといえば本当に簡単だ。バターを塗りたくった二枚一組のトーストに目玉焼きとベーコン、それにレタスを添えてといった感じ。後はいつも通り珈琲で完成だ。少なくも思えるが、朝はまあこんなもんで良いだろう。特に、年頃の女の子である和葉にはこれぐらいの方が良いと判断した。
「あら、用意してくれたの?」
 そうして和葉がシャワーを出て事務所に戻ってくると、カウンター式キッチンの傍にあるダイニング・テーブルに用意した一連の朝食を見て、和葉が意外そうな顔をする。ちなみに彼女の格好は昨日の着替えと同じで、黒いTシャツに濃緑色の袖を折ったミリタリー・ルックスなジャケット、丈の短いデニム地のホット・パンツで脚は黒っぽく濃い色のタイツといった具合だ。
「まあな」と、二つ分のコーヒーカップをジャスト・タイミングで運びながら、ハリー。
「何だか申し訳ないわ、何もかもハリーにやらせちゃってるみたいで」
「君は事務所のゲストで、そして俺は此処のホスト。気にすることじゃないさ」
 そんなこんなで、二人はそれぞれ対面になって席に着き、出来たての朝食を口にし始める。そうしながら、ハリーはリモコンを使ってテレビの電源を点けた。流れていたのは、やはり昨日の学園で起きたあの一件に関してのコトばかりだった。
 案の定、どの局もあの事件に関してを報じている。わざわざ報道ヘリを学園の上空に飛ばしてまで生中継する辺り、彼らにとっては余程良いネタなのだろう。世間様の関心を引きやすいセンセーショナルな煽りをテロップで添えつつ、キャスターと馬鹿なコメンテーターとの的外れで邪魔なトークを挟みながら、全ての局が似たようなことばかりを報じていた。
 そして、その事実がかなり湾曲した形で報じられていることを、テレビを横目でチラチラと見るハリーも和葉も、当事者たる二人は知りすぎていた。
 だが、仕方の無いことだともハリーは思う。とてもじゃないが、本当のことを報じるワケにはいかない。まさか国際犯罪シンジケート"スタビリティ"の雇った傭兵がたった一人の少女の為に学園を皆殺しにしそうな勢いで襲い、そしてその少女の護衛を任されていた殺し屋の男と大銃撃戦を繰り広げていただなんて、世間の衆愚が知れば何がどうなるか分からない。
「知らぬが仏、とはこのことだな」
 テレビに映るニュース番組を眺めながら、ポツリとハリーが呟く。
「何だか、複雑な気分ね……」
 そうすれば、続けて和葉も微妙な顔色で、やはりテレビを眺めながら呟いた。
「仕方ないさ」カリカリに焼いたベーコンを口に運びながら、ハリー。
「時として、真実は闇に葬った方が良い場合もある。……これは、その典型だよ」
「……でも」
「人でなしのハイエナどもに四六時中追いかけ回されることを思えば、君にとってはこれで良いと思うけどな」
「……そうかしら」
 和葉も、内心は複雑なのだろう。自分のことやハリーのことが報じられなくて良かったと思う反面、犠牲になった無関係な生徒に教師たちのことを思えば、胸が痛む。年頃の娘が背負うには、あまりに重すぎることだった。幾ら和葉が大人びていようとも、何処かスレていようとも。究極は彼女もやはり、十八で青春真っ盛りな年頃の女の子なのだ……。
「結論は急がなくていい、出す必要も無い」
 そんな彼女のことを思えば、ハリーは自然と口からそんな言葉を漏らしていた。
「コトが起こってしまった以上、覆すことは出来ない。……だが、それを全て背負う必要もない」
「…………うん」
 俯きながら、しかし少しだけ納得したというか、気が晴れたように和葉が頷く。ハリーはそんな彼女を眺めつつ珈琲を啜りながら「そういえば」と言って、
「君の親友……えーと、朱音とかいったっけか?」
「!」
「無事が確認されたって、さっき冴子から連絡が入ってた」
「ほんとに……?」
「ホントだ」珈琲を啜りつつ、力強くハリーが頷いてやる。
「良かった……」
 すると、和葉はちからが抜けたみたいに椅子の背もたれに寄りかかり。そして大きく息をつくと、重すぎる肩の荷が下りたような安堵の表情を浮かべた。
「だがまあ、学園の方は暫く休校だろうな。ひょっとすれば、場合によっちゃあ廃校になりかねないかもだが……」
「まあ、それはどうなってもいいわ」と、至極安堵した様子で和葉が呟く。「朱音が無事だったんなら、とりあえずは一安心よ……」
「……そうか」
 そんな安心しきった和葉の顔を眺めつつ、ハリーは小さく表情を緩めていた。
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