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過去からのアラーム
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ピ、ピ、ピ、ピ、ピ。
千洋はいつものアラームとは違う通知音で起こされた。
布団の中から手を伸ばして音の出所を探る。
「あぁ? なんだこれ」
ケータイに手を伸ばして音を止めたはいいが、それは通知音だけで何の通知かまでは教えてくれなかった。
「俺、こんなのセットしたっけ?」
寝起きでボサボサの頭を捻るが思い出せない。
スマホの時計を確認するとまだ起きるには少し早い時間だったがすっかり目が覚めてしまった。
仕方がないので千洋は起きることにした。
シャワーを浴びてから、時間に余裕があるのでいつもより少し丁寧にコーヒーを淹れる。
青い花柄のマグカップは花の好きな咲が自分用にと買った物だった。
ほどよい大きさで使い勝手がよく、千洋もついついこれを使ってしまう。
千尋は朝飯がわりのコーヒーを飲み終えてから、洗ったマグカップを水切りの上に丁寧に伏せて置いておいた。
テーブルの上のカレンダーを見れば、今日の日付の横に黒のボールペンで小さく丸がつけられていた。
今日は月に一度の大切なデートの日だ。
部屋の隅に置いてあるクリーニングの袋からスーツを取り出してネクタイを締める。
待ち合わせ場所に行く前に、花屋に寄って頼んでおいた花を受け取るのを忘れないようにしなければ。
花なんて恥ずかしくて買ったことがなかったのに、もうすっかりそれが当たり前になってしまったのがなんだか不思議な気分だ。
「あんなに恥ずかしがる必要はなかったな」
かつて咲に花が欲しいとねだられた時に思いきり拒んでしまったことを思い出して、千洋は少し胸が痛んだ。
身支度を終えた千洋は殺風景な部屋をあとにすると車で花屋に向かう。
受け取った花を助手席に置いて運転席に乗り込むと、ふいに記憶が蘇った。
「あ! あれはあの時の……」
確かあのアラームは、ケータイの機種変更をした時に咲が設定したものだったはずだ。
記念日の好きな彼女と忘れっぽい俺。
千洋がいつも記念日を忘れるので『これなら忘れないでしょ』と咲が新しく買ったばかりのケータイに記念日の通知を設定していたのを思い出す。
「そうか、今日は付き合って十年目の記念日だったか」
それならこんないつも通りの花じゃなく、もっと小洒落た花を用意すれば良かった。
千洋は助手席の花を見ながらほんの少しだけ後悔する。
でもきっと咲ならそんな気が利かない千洋のことも『仕方がないなぁ』と笑ってくれる気がするのだが。
花束を片手に車から降り、駐車場から咲とのデートの場所に向かう。
するとそこには先客がいた。
その女性は千洋に気づくと立ち上がり、会釈をしてから困ったような表情を浮かべる。
「おはようございます、お義母さん」
「千洋さん。毎月、来なくても良いのよ?」
義母の言葉に気づかないふりをして、千洋は言葉をつなぐ。
「忘れてたんですけど、今日は咲と付き合いはじめて十年目の記念日だったんですよ」
おどけたように肩をすくめる千尋を見て、義母が小さくため息をついた。
「もう忘れてもいいのに」
「忘れるなって咲に怒られちゃいましたから」
「咲に……?」
心配するように眉をひそめる義母に向かって、千洋はポケットから年代物のガラケーを取り出した。
ガラケーを見せながら今朝のことを話して聞かせると、義母は目を開いて驚いた顔をしたあと、口元に手をやりうつむいて肩を震わせる。
手の中にある十年前のガラケーは、ふたりが付き合ってすぐの頃、一緒に電機屋に行ってお揃いの機種に機種変更した時のものだ。
ふたり分のガラケーを手に持って、『これで十年後も記念日を忘れないよ!』と咲が二台分の通知の設定をしていた。
そんな咲に向かって『その前にケータイが壊れるだろ』と千洋が笑って返した日が懐かしい。
七年前に新しくスマートホンを買ったときも、その時のやり取りを思い出してなんとなく捨てられずに残しておいたのだった。
買った頃のことを思い出すのが辛くて一度は捨ててしまおうと思ったこともあった。
それでも中のやり取りまで失うのが恐ろしくて捨てられなかった。
もう一台の片割れはとうに無くなっていたからなおさらだ。
ガラケーなんて今ではもう骨董品のようなもので、充電器を見つけるのも難しい。
今の充電器はわざわざオークションで取り寄せたものだ。
こんなプレゼントをもらえるなら残しておいて良かった。
五年ぶりの咲からのプレゼントだ。
千洋はまだ俯いている義母の横を通り抜けた、
義母の後ろに立つ冷たい灰色の石の下で、五年前から咲は眠っている。
「もう二度と忘れねーよ」
千洋はもう二度と話すことのできない咲に向かって花を差し出した。
今さら花を買ってくる千洋のことを咲はどう思っているのだろうか。
千洋の耳には『仕方がないなぁ』と笑う咲の笑い声が聞こえた気がした。
千洋はいつものアラームとは違う通知音で起こされた。
布団の中から手を伸ばして音の出所を探る。
「あぁ? なんだこれ」
ケータイに手を伸ばして音を止めたはいいが、それは通知音だけで何の通知かまでは教えてくれなかった。
「俺、こんなのセットしたっけ?」
寝起きでボサボサの頭を捻るが思い出せない。
スマホの時計を確認するとまだ起きるには少し早い時間だったがすっかり目が覚めてしまった。
仕方がないので千洋は起きることにした。
シャワーを浴びてから、時間に余裕があるのでいつもより少し丁寧にコーヒーを淹れる。
青い花柄のマグカップは花の好きな咲が自分用にと買った物だった。
ほどよい大きさで使い勝手がよく、千洋もついついこれを使ってしまう。
千尋は朝飯がわりのコーヒーを飲み終えてから、洗ったマグカップを水切りの上に丁寧に伏せて置いておいた。
テーブルの上のカレンダーを見れば、今日の日付の横に黒のボールペンで小さく丸がつけられていた。
今日は月に一度の大切なデートの日だ。
部屋の隅に置いてあるクリーニングの袋からスーツを取り出してネクタイを締める。
待ち合わせ場所に行く前に、花屋に寄って頼んでおいた花を受け取るのを忘れないようにしなければ。
花なんて恥ずかしくて買ったことがなかったのに、もうすっかりそれが当たり前になってしまったのがなんだか不思議な気分だ。
「あんなに恥ずかしがる必要はなかったな」
かつて咲に花が欲しいとねだられた時に思いきり拒んでしまったことを思い出して、千洋は少し胸が痛んだ。
身支度を終えた千洋は殺風景な部屋をあとにすると車で花屋に向かう。
受け取った花を助手席に置いて運転席に乗り込むと、ふいに記憶が蘇った。
「あ! あれはあの時の……」
確かあのアラームは、ケータイの機種変更をした時に咲が設定したものだったはずだ。
記念日の好きな彼女と忘れっぽい俺。
千洋がいつも記念日を忘れるので『これなら忘れないでしょ』と咲が新しく買ったばかりのケータイに記念日の通知を設定していたのを思い出す。
「そうか、今日は付き合って十年目の記念日だったか」
それならこんないつも通りの花じゃなく、もっと小洒落た花を用意すれば良かった。
千洋は助手席の花を見ながらほんの少しだけ後悔する。
でもきっと咲ならそんな気が利かない千洋のことも『仕方がないなぁ』と笑ってくれる気がするのだが。
花束を片手に車から降り、駐車場から咲とのデートの場所に向かう。
するとそこには先客がいた。
その女性は千洋に気づくと立ち上がり、会釈をしてから困ったような表情を浮かべる。
「おはようございます、お義母さん」
「千洋さん。毎月、来なくても良いのよ?」
義母の言葉に気づかないふりをして、千洋は言葉をつなぐ。
「忘れてたんですけど、今日は咲と付き合いはじめて十年目の記念日だったんですよ」
おどけたように肩をすくめる千尋を見て、義母が小さくため息をついた。
「もう忘れてもいいのに」
「忘れるなって咲に怒られちゃいましたから」
「咲に……?」
心配するように眉をひそめる義母に向かって、千洋はポケットから年代物のガラケーを取り出した。
ガラケーを見せながら今朝のことを話して聞かせると、義母は目を開いて驚いた顔をしたあと、口元に手をやりうつむいて肩を震わせる。
手の中にある十年前のガラケーは、ふたりが付き合ってすぐの頃、一緒に電機屋に行ってお揃いの機種に機種変更した時のものだ。
ふたり分のガラケーを手に持って、『これで十年後も記念日を忘れないよ!』と咲が二台分の通知の設定をしていた。
そんな咲に向かって『その前にケータイが壊れるだろ』と千洋が笑って返した日が懐かしい。
七年前に新しくスマートホンを買ったときも、その時のやり取りを思い出してなんとなく捨てられずに残しておいたのだった。
買った頃のことを思い出すのが辛くて一度は捨ててしまおうと思ったこともあった。
それでも中のやり取りまで失うのが恐ろしくて捨てられなかった。
もう一台の片割れはとうに無くなっていたからなおさらだ。
ガラケーなんて今ではもう骨董品のようなもので、充電器を見つけるのも難しい。
今の充電器はわざわざオークションで取り寄せたものだ。
こんなプレゼントをもらえるなら残しておいて良かった。
五年ぶりの咲からのプレゼントだ。
千洋はまだ俯いている義母の横を通り抜けた、
義母の後ろに立つ冷たい灰色の石の下で、五年前から咲は眠っている。
「もう二度と忘れねーよ」
千洋はもう二度と話すことのできない咲に向かって花を差し出した。
今さら花を買ってくる千洋のことを咲はどう思っているのだろうか。
千洋の耳には『仕方がないなぁ』と笑う咲の笑い声が聞こえた気がした。
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