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三章 呪いと祝福

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 どうやらソフィアとレオルドが今寝ている部屋は、辺境伯の屋敷に用意されているレオルドの寝室らしい。
 メモリアに人を集めるように頼んでから、すぐに衝立の向こうに何人もの気配がする。
 辺境伯自身もやってきてソフィアが衝立越しに挨拶をすると、その口ぶりは高齢とは思えぬほどしっかりしていた。
 姿は見えなくとも立派な方なのが伝わってくる。
 その堂々とした雰囲気は、少しだけレオルドに似ていた。

「何か良い案は無いか?」

「はい、では私から」

 まずオーブリーが辺境伯領に伝わる魔女の伝承などをいくつか上げると、続いてリベルも聖官や白騎士として聖女らに接してきて気づいたことを述べる。
 辺境伯やゲシリテも長年魔女と関わってきたそれぞれの経験から、いくつかの案を出した。
 またメモリアは書物から仕入れた魔女に関する記述から使えそうな物を並べていく。
 しかしこれといって、良い解決策は浮かばなかった。

「私が呪いをすべて浄化するまで、このままではダメでしょうか?」

 ソフィアが提案してみる。

「うぅん、それだけの呪いを身の内に移していると、すべて浄化するまでに何年かかるかわかりませんよ」

「何年もこうして抱きあうか? 俺は構わないが」

 ゲシリテの言葉にレオルドはわざと軽口を叩く。
 しかしこの呪いはソフィアの身の内を這いまわりながら、少しずつソフィアの身体を弱らせていた。
 ずっとこのままでいいはずがない。
 議論も手詰まりになってきた頃、衝立の向こうから静かな柔らかい声が聞こえた。

「忘れることは悪いことでしょうか?」

「マリアか?」

 それはレオルドの家庭教師をしていたマリアの声だった。

「はい。解決策ではなく、ふと思ったことですが……」

「いい、言ってみろ」

「大切な人や想いを忘れてしまうことは、たしかに呪いかもしれません。でも辛い想いや経験を忘れて、やっと前に進めることもあるはずです」

 その穏やかな声色は、マリアがなにか辛いことを忘れてこれまでやって来たのであろうことを感じさせた。
 ソフィアの頭の中で何かが反応する。

「辛い想いに囚われて前に進めない者にとっては、忘れることもまた祝福かもしれません」

 マリアが自分に言い聞かせるように告げるのを聞いて、ソフィアが大きな声をあげた。

「あ、あの!!」

「どうした、ソフィア」

「プリムラさんは辛いことをすべて忘れたいって。もう誰にも呪いをかけたくないって願ってました」

 ソフィアは必死に考えた。
 プリムラのために自分はいったい何ができるのかを。

(私の力は呪いの力ではなかった。呪いを引き剥がしてその身に移すけれど、それは祝福の力だって)

 呪いや祝福について、これまでに見て聞いて感じてきたことがソフィアの頭の中でぐるぐると渦巻く。
 考えて考えて、必死に頭を働かせて、ようやくひとつの考えが形を作る。

「ソフィア?」

 ソフィアはレオルドをふり返ると、大きな声を出した。

「プリムラさんの呪いの力を、人々を幸せにする祝福の力に変えてあげましょう!」

「本当にそんなことができるのか?」

 ソフィアの案にレオルドが眉をひそめながら大きく首を傾げる。

 そんなこと、したことない。
 でも、でも――。

「……できる。できます! 私がやります!!」

 ソフィアは力強く言い切った。

 できる。
 祝福は想いの力だとリベルも言っていた。
 できると信じていれば、できないことなんてない。

(私ならできる……いいえ、私が必ずやる)

 もう二度と忘却の呪いで悲しむ人がいないように。
 レオルドを苦しめる呪いがすべてなくなるように。

 そのために呪いの形を少しだけ変えてあげればいい。

 ソフィアは薄紫の目で赤い目を捉えて、まっすぐ見つめたまま大きくうなずいた。
 その目には強い意志の光が輝いていた。
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