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三章 呪いと祝福

8.刻んだ名前と呪いの依代-1

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 オーブリーとリベルがレオルドに剣を向けている。

(まさか、あの二人が刺客だったの!?)

 一瞬驚いたが、すぐにふたりの困惑したような表情に気づく。
 目を凝らせばふたりの身体に黒いもやがまとわりついていているのがわかった。
 先ほどのソフィアのように、きっと何もかも忘れて混乱しているのだろう。
 剣と剣の激しくぶつかり合う音が洞窟内に響き、恐ろしくて身体がすくむ。
 オーブリーが大きく振り下ろした剣をレオルドが自らの剣で受けて動きを止めたところに、すかさずリベルが横腹を貫こうと突進する。

「危ないっ!!」

 レオルドはすぐにオーブリーの剣を跳ね上げて身体ごと弾き飛ばすと、そのままくるりと身体を反転してリベルの剣をかわしながら強烈な蹴りを食らわせた。

「ぐはっ!!」

 リベルの身体が飛んでオーブリーにぶつかり、そのままふたりはもつれ合いながら地面に倒れ込んだ。
 わずかに呻き声をあげながら、ふたりはすぐに動かなくなる。
 レオルドが警戒しながらふたりに近づき、意識を失っているのを確認してから腕を軽く拘束して地面に転がした。

「ソフィア!! 無事だったか」

「レオルド様こそ……」

 レオルドがソフィアにかけ寄ってきて強く抱きしめる。

「ソフィアのおかげで俺に呪いはかからなかったが、アイツらが我を忘れて俺に襲いかかってきた。ソフィアの近くで剣を抜くわけにもいかずあの場から離れたが、ひとりにしてすまなかった」

「いいえ。レオルド様が無事で良かった……」

 レオルドの熱い身体に包まれて、やっと無事だと思え、安心して涙がこぼれてしまう。
 レオルドがソフィアの涙を拭いながら顔をのぞき込んだ。

「少し顔色が悪いな。ソフィアに呪いの影響は無いのか? さっき俺の分まで呪いにかかっていたように見えたが、今はかかってないように見えるのは俺の気のせいか?」

「はい。呪いは何とか引き剥がせました」

「そうか。だが手の呪いの方はどうだ?」

「手の呪いはまだ」

 呪いの依代であるネックレスからあふれた呪いは引き剥がしたが、ルーパスから移した呪いはまだそのままだ。

「呪いを剥がすだけではダメで、やはり依代からあふれる呪いをどうにかしなければ……ん……」

 そこまで説明していたら、なんだか急に身体が重くなった。
 それは身体の中で何かが狂ってしまったような気だるさで、ソフィアが初めて感じるものだった。

(ん……これは、呪いを無理矢理引き剥がしたせい?)

 めまいを抑えるように手の甲を額に押し付けたら、レオルドがすぐにその手を取った。

「ソフィア!! どうした、これは!」

「え? あ……」

 ソフィアの黒く染まった手のひらは真っ赤な血にまみれていた。
 先ほど尖った石を突き立てた手のひらからにじみ出た血が手首まで伝っている。

「見せてみろ!」

「あ、いたっ」

 レオルドが傷の手当てをしようとソフィアの手を強引に開くと、血だらけのそこには引っかいたような文字で『レオルド』と刻まれていた。

「これは……」

「えっと、あの、レオルド様を忘れないように……と」

 もう二度レオルドのことを忘れたくなくて、ソフィアは尖った石の先で手のひらにレオルドの名前を刻んでいたのだった。

「こんなことを」

 レオルドはハンカチを取り出して傷にあてると、その手を優しく握りしめた。
 そして眉間にシワを寄せながら、口を閉ざす。

(手のひらに名前を刻むなんてやり過ぎだったかしら……でも……)

 レオルドに怒られたり呆れられたりしないかと焦っていると、レオルドが、ふ、と困ったように笑いながらほんの少しだけ身体を揺らした。

「考えることは同じだな」

「え?」

 レオルドはグイと騎士服の袖をめくり自分の手首を見せた。
 革手袋の裾からのぞいた肌には、なにか彫られている。
 よく見ればそれは見覚えのある模様で、練り香水の蓋に彫られていた飾り文字と同じものだった。

 そこには『ソフィア』と彫られていた。
 
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