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38.旅立ちの日

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「・・・・」


のろのろとソファーから立ち上がる。

「そろそろ潮時かぁ・・。」

そう言って押し入れから、中世のコスプレ服を出しそれを着た。

「間違いなく人目をひくよな…。クソ暑いのにコート羽織るわけいかねぇし…かっこ悪りぃ…」

手荷物の麻袋の中を確認する。桃花さんのへその緒が入った箱を確認して、麻袋の紐をしっかり閉めた。
机に三上さん宛の手紙を置く。

バイクで向かうは、あの河川敷。
今だあの場所に花を供える人間が多く、桃花さんの人望が伺い知れた。そして、俺には丁度いい目印になった。

河川敷に到着して、バイクを置く。このバイクは三上さんのお古だ。結構気に入ってて置いていくのに後ろ髪をひかれる。桃花さんと同じでバイクごと行ってもいいのだが、向うの世界ではあまり目立ちたくない・・・。三上さん宛の手紙に引き取りに来てくれと書いておいたし、市の職員に撤去される前に三上さんが来てくれるだろう。相棒のバイクを撫でながら、心の中でじゃあなと別れの挨拶をした。

河川敷の例の場所に歩いて行くと、先程俺を殴った人がいた。あちゃーと心で嘆く。

あんぐり顔の三上さん。俺のこの姿を見て固まってるようだ。仕方なく、俺の方から声を掛けた。

「さっきぶりっす!」
「・・・・」
「何か言うことないんすか?」

はっとした顔になって三上さんが喋る。

「お前マニアック過ぎんだろ!俺どう突っ込んでいいか分かんねぇし!!」
「これ一応一般的なの選んだつもりなんすけどね。こっち・・・では浮くでしょうがね…」
「ってか、お前そんな格好して何しに来たんだよ!」
「桃花さんの所にそろそろ行こうかと思いまして」
「!」


その途端、野生動物を餌付けするみたいに慎重に寄ってくる三上さん。
今この人の頭の中は俺が桃花さんの後を追って自殺する思考で一杯だな…。思わず失笑する。

「三上さん、あのアパートの机に手紙置いといたんで後で見といて下さい。それと、俺のバイクあの堤防のとこに置いてあるんで、良かったら誰かに乗って貰って下さい」

そう言ってバイクのキーを三上さんに投げた。円を描いて三上さんの手元・・ではなく足元でそれは落ちた・・・。取ってもらえなかった。

じりじりと距離を詰めてくる三上さん、顔…怖いっすよ。


完璧俺が精神がイッテるって確定で喋ってくる涙目の三上さん。

「へその緒と言った時に気づいてやるべきだった……すまん!だから死ぬな、生きろ!俺がいる。紅蓮の仲間もお前が好きだ。支えになる。なっ、取り敢えず俺にお前の中の溜まったものを吐きだせ!」
「何すか、それ…。溜まってるっていったら、俺の男の諸事情ぐらいっすよ?そんな個人的なこと三上さんにさせるんすか」
「いいぞ・・・。いいぞ!いつもの悪態をつくお前らしくなってきた」


俺・・・三上さんの方がイッテると思うんすけど。
俺が言う奇想天外なお話を説明しても信じてもらえないし、ここは強行突破あるのみ。後は手紙を読んで泣くなり笑うなりしてくれ。

三上さんの熱い友情劇さながらの顔を見納めとしてじっと見た。
何かを感じたのか、手を大きく開けてこの向うには行かせん!的ポーズをとった三上さん。

笑える・・・まじ笑える。これ桃花さんへの手土産話になるなと1人ニヤニヤ笑いながら、河に猛ダッシュする俺。ラグビー選手のように三上さんが行かせまいとタックルしてくる。それをひょいっと避けて河に飛び込んだ。

飛び込む時三上さんをちらりと見ると、もう号泣してた。やっぱあんた、面白いわ!


この世界結構楽しかったのも事実で、桃花さんが居なくなった時点で、本来すぐに俺もあっちの世界に帰るべきだった。

だけど俺はすぐに帰らなかった。

こっちの世界に来た当初は、言葉が通じなくて早くあっちに帰りたいと泣いた俺。
桃花さんを探してこの街にたどり着いた時、出会った人間が笑うぐらい良かった。

そのせいで、ほだされた――――。
このまま桃花さん達とこっちにいたいと思わせた。

そんな矢先、扉が開いちまった。向うに行った桃花さん。俺が残る意味がねぇ…。
役目が終わってやっと帰れると言う安堵感と寂しいという気持ちが交差して、今の今まで先延ばしにしてきた。
三上さんがアパートで13代目といってきた時点で、あぁ…潮時かと思ったんだ。俺はあんた等と住む世界が違う人間。そう言う意味で仲間じゃないって言ったんだ。

別世界の人間で、こうやって向うに戻る結末がある・・・。
深く関わらないようにしたかったのに、桃花さんといるとどうも勝手違った。
傍観者を気取りたかったのに、会って暫くしたら"健太、お前今日から副総長な"だもんな…。

あぁ…、本当に後ろ髪が引かれる思いだ。やっぱ、バイク持っていけば良かったかな…。
こっちの世界で形のある思い出ってあれぐらいだったのに…。

くしゃくしゃに泣きながら手を伸ばす三上さん。少し俺も手を伸ばす。本当に名残惜しいっすよ、三上さん。俺はあんたに形を残して行くッス。大事にしてくださいね。



"俺のへその緒うろこ――"



バシャーンと河川敷に響いた音と共に三上の叫び声が重なった。



「け、健太ー!!」
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