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第一章 天に真の武有り

七神流の技の冴え

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「貴様ぁあああっ、七神流なのかぁあああ」

 その声に弾けるように、双頭の狂い獅子は、躰中から、青い光を閃かせながら億姫に殺到した。
 億姫はひらりとその突進を躱すと、手にした扇子で狂い獅子の横腹を突き上げた。

「ぐあぁあぁあ」

 双頭の狂い獅子はどちらの顔も苦悶を浮かべ動きを止めると地に突っ伏した。

「馬鹿なぁああ、あたしは、あたしは……何でこんなに痛いんだぁあ。嫌だあよゥ、助けておくれよぅ」

 苦悶の表情を浮かべ、血反吐を吐いた女形役者の顔に、億姫は寂し気な視線を投げて、

「貴方からは暗くて黒い妖気と殺気しか感じ取れません。残念です。ですが狂い獅子は塵に返し、貴方の魂を輪廻に戻します」

 ときっぱりと言い放つと、天に向けてのびやかに手を真っ直ぐに伸ばした。

「我、盟約に適いしもの。故に装武奉る。参らせ給え、東雷竜王」

 凛とした声が辺りに響く。
 女形役者の巨大な顔は苦痛と憎悪に満ち満ちて、片方の外道獅子の顔から紅蓮の炎を吐きつけた。
 月女の傍に居る童が驚きと恐怖の表情を浮かべたのを、月女は優しく見下ろして、

「大丈夫よ。貴方も貴方の大切なお母っちゃんも、ささくれ一つ出来やしないわ」

 そうたおやかに微笑むと、炎は結界に阻まれて月女と童の少し手前で、巨大な武者の手により掻き消された。
茶屋の方へは火の粉すら飛んでいない。
 それを見て、童は頷くと同時に億姫を指さした。

「姫様の心配までしてくれるの? 有難う、力強き男のこよ。でも姫様は大丈夫。美しいのと同じくらいに強いから。つまりはほぼ無敵ってところかしら。ほら、見てみて」

 月女の視線の先では、外道獅子の吐いた火焔が雷の煌めきに四散していた。
 億姫は、いつの間にどこから出したのか、自分の身長よりも大きい大剣を片手に、天に構えている。
 その銀色に煌めくその巨大な刀身は、雷を纏い辺りに放たれている。
 雷は敵を打ち砕く雷電龍の力紋様から生じており、握り柄は龍が咥えた拵宝珠がきらりと光っている。
 意匠を凝らした見事な大剣で、号して『大雷身』東雷龍王の権能と加護を得ている神剣である。
 すると、銀光が閃いた刹那、どんっと腹の底まで音が響き、地が揺れた。
 あわせて、泥水が舞って水煙と化し辺りを覆って遮り、一瞬何も見えなくなった。
 しばらくして、しゅうしゅうと水が蒸発する音も鳴りやんで視界も晴れ、水煙が収まると、街道が広い範囲にわたり土壁や地面が抉れられていた。
 恐ろし気であった双頭の狂い獅子は、その巨体の痕跡すら残さず消し飛んでいた。
 何かしらの凄まじい力が放たれたことだけは、誰の眼から見ても一目瞭然である。
 其の技を放った当の億姫は、

「一の神様。申し訳ございません。まだまだ精進が足りません」

 と剣を両手で捧げ、目を閉じて空に深く一礼するその表情は暗い。
 足元には、千切れ飛んだ百合の花びらが幾つか落ちている。
 億姫は片手で大剣をひゅんと振ると大剣はいつの間にか黒光りする大きな鞘に収まっていた。

 黒光りする鞘には金色の家紋が大きく入っていて、金色の文字で大きく丸に七と書いてあり、七の文字を囲むように一、二、三、四、五、六の六つの数字が配されており、その七の文字がきらりと光ったと思ったら大剣は青い雷となって天へと消えた。
 それを見送った億姫は、小さなため息一つと共にしゃがみ込むと、散った百合の花びらを掌にあつめてじっと見つめた。
 拾った百合の花びらは傷ついて泥にまみれており、億姫はその泥を指先で丁寧に拭うと、目を閉じて静かに手を合わせた。
 その姿は、何処までも美しく、絵画的であり、哀し気であった。
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