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第一章 天に真の武有り
美しき姫の心意気
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「真っ当な生を送る人々に、嫌な夢は見せたくないわね」
屋根にいる月女が印を結びながら、そう言って、一つ大きなため息をついた。
「お控えくださいとお話ししたつもりですが、姫様」
億姫は大きな瞳に愁いをたっぷりと湛え、怒りで拳を握り締めながら、自重しろという月女の言葉を忘れて飛び出していた。
「サムライの殿方のなさることではありませんっ。恥ずかしいとは思わないのですかっ。神武装術を使い……死者の魂を嬲るなど、酷い真似を……」
言葉を失い、真一文字に結ばれた薄紅色の唇に、透き通るような白い肌に長くて艶やかな黒髪が僅かに震え、曇りのない真っ直ぐな瞳で見据えているその姿が相まって、その美しさを更に輝かせている。
女形風優男は、突如現れた美少女に驚きと下卑た視線を投げかけていた。
「おやぁ、これまた、あたし好みの美少女じゃあないか。艶やかな御髪。綺麗な御口、珠のようなお肌……嗚呼、堪らないねえ。こんな修羅場にほいほい飛び出して来るなんざぁ、どうせ、どこかの回し者何だろうけど、あたしは気にしないから。ちゃんと可愛がってあげるよう。死ぬまでねぇ」
女形風優男の煽りに、億姫は更に怒りを覚えたのだが、何時の間にやら、億姫の隣に佇んでいた月女が、耳元で囁く。
「億姫様。おやりになるのであれば、もう少し威儀を正し、且つご自身を律してくださいませ。そのような有様では、この下種な者共も、鬼の妖魔にも響くものは何も御座いません」
月女の流し目の先には、いつの間に捕まえたのか、そのしなやかな指でうなじをむんずと掴まれた鬼女が抗う姿勢は見せてはいるものの、力なく組み敷かれていた。
「まずは、僭越ながら、この魔物を何とかしてくださいませ」
月女は、華奢な娘に向かって、有ろうことか鬼女を放ち、緋炎袴組の三人の男たちに、
「大いなる衛よ。愚劣漢共を抑えなさい」
と厳しい声を発すると、大男の坊主も女形風優男も、四角い体の刀使いも、突如現れた巨大な陽炎のような鎧武者に取り押さえられて、金縛りのように顔すら動かせず、成す術もなく棒立ちになっていた。
緋炎袴組の異能の男たちは突然の事に目を白黒させている。
他人の生命は勿論、自らの生命と魂すら引き換えにして、人智を超えた力を手にした自分達が、女の一声で動けなくなってしまったのだから、無理はない。
しかも、爪で緋炎袴組の強者共を肉片に変えた鬼女を、色香零れる女性が、片手で易々と組み敷しいているのだ。
茶屋に居る旅人や店の女主人に女中などは、息をするのも忘れる程に、眼を剝いてその全てを見つめていた。
鬼女は解き放たれると、頬迄裂けた口から炎を噴き出しながら、幾人もの声が重なった大音声を、可憐な美少女億姫へ叩きつけた。
「綺麗な顔をして生きているお前なんかに、我等の苦しみ怒りが分かろう筈も無い。我等の一部となり、同じ痛みと苦しみを味わえぇぇ」
激しい勢いで掴みかかる恐ろしい気な鬼女に怯むでもなく、哀し気な表情でやや俯き気味に、
「御免なさい。もう少し早く来ることが出来たなら―― いいえ、それは止しましょう。いざ、参ります」
静かではあるがはっきりとした声で告げた。
華奢な美少女をずたずたに切り裂こうと突進していた鬼女は、
「嗚呼ぁあぁ嗚呼」
と呻いてはいるのだが、その場からピクリとも動かず制止していた。
億姫の構えた扇子一本に額を衝かれて、動きも含めて何もかも封じられてしまったからであった。
額から血の滴る角を二本生やし、真っ赤な目は大きく吊り上がり、頬迄避けた口からは炎を吐く巨大な悪鬼を、扇子一本で封じた美少女は、優しく悲し気なまま、真っ直ぐにその姿を見つめていた。
「闇に囚われた哀れな魂の方々。犠牲者でもあるのに、其の罪過を告げなければならないことが、無念でなりません。方々は此処に来るまでに、憐み弔おうとした有徳の和尚様を弑して、山寺の小姓さんやそこに居た村の幼気な子供達を生きたまま喰らい、逃げ惑う村の人々を殺めて、その魂を捕え苦痛を与え続けています。到底見過ごせることではありませぬ」
億姫の俯くその頬には、一筋の涙が光となって伝わっていた。
「しかし、そうせねばならない呪いを受け、死して尚望まぬ姿のまま果て無き苦しみを受け続けるいわれなど有りません、今解き放ち、罪と呪い共々未練を滅して、安寧の光を御覧に入れましょう。さあ、恨みを忘れ、現世から常世へ移ろいませ。痛みや苦しみを少しばかり伴ってしまいますが、橋渡しをしっかりとお勤めいたしますれば。浄めの灯をお受け取りなさい」
億姫は意のこもった眼差しをすると、扇子を抑えている人差し指に、ほんの少しだけ力を込めた。
すると、鬼女の額が小さく輝き、やがて轟々と大きな音を立てながら燃え上がる炎を躰全体から吹き出し大きな火柱となって、ついには骨すら残さず、その身全てを白い灰に変えた。
白い灰が宙に舞うのに合わせて、蛍のように囚われていた魂が宙に舞い、億姫の躰から立ち上る清めの気に巻き上げられ、天へと帰っていく。
「この次の生では、幸多かれし事を願っています」
億姫は変わらず悲しい気な瞳で、魂を見送ると、思いの外はっきりとした大きな声で告げた。
「月女、送りました」
「では、姫様。後始末はお任せください」
月女は、にっこりと慈愛に満ちた笑顔を億姫に向けた後、柏手を二つ打つと、緋炎袴組の男達の金縛りを解いた。
屋根にいる月女が印を結びながら、そう言って、一つ大きなため息をついた。
「お控えくださいとお話ししたつもりですが、姫様」
億姫は大きな瞳に愁いをたっぷりと湛え、怒りで拳を握り締めながら、自重しろという月女の言葉を忘れて飛び出していた。
「サムライの殿方のなさることではありませんっ。恥ずかしいとは思わないのですかっ。神武装術を使い……死者の魂を嬲るなど、酷い真似を……」
言葉を失い、真一文字に結ばれた薄紅色の唇に、透き通るような白い肌に長くて艶やかな黒髪が僅かに震え、曇りのない真っ直ぐな瞳で見据えているその姿が相まって、その美しさを更に輝かせている。
女形風優男は、突如現れた美少女に驚きと下卑た視線を投げかけていた。
「おやぁ、これまた、あたし好みの美少女じゃあないか。艶やかな御髪。綺麗な御口、珠のようなお肌……嗚呼、堪らないねえ。こんな修羅場にほいほい飛び出して来るなんざぁ、どうせ、どこかの回し者何だろうけど、あたしは気にしないから。ちゃんと可愛がってあげるよう。死ぬまでねぇ」
女形風優男の煽りに、億姫は更に怒りを覚えたのだが、何時の間にやら、億姫の隣に佇んでいた月女が、耳元で囁く。
「億姫様。おやりになるのであれば、もう少し威儀を正し、且つご自身を律してくださいませ。そのような有様では、この下種な者共も、鬼の妖魔にも響くものは何も御座いません」
月女の流し目の先には、いつの間に捕まえたのか、そのしなやかな指でうなじをむんずと掴まれた鬼女が抗う姿勢は見せてはいるものの、力なく組み敷かれていた。
「まずは、僭越ながら、この魔物を何とかしてくださいませ」
月女は、華奢な娘に向かって、有ろうことか鬼女を放ち、緋炎袴組の三人の男たちに、
「大いなる衛よ。愚劣漢共を抑えなさい」
と厳しい声を発すると、大男の坊主も女形風優男も、四角い体の刀使いも、突如現れた巨大な陽炎のような鎧武者に取り押さえられて、金縛りのように顔すら動かせず、成す術もなく棒立ちになっていた。
緋炎袴組の異能の男たちは突然の事に目を白黒させている。
他人の生命は勿論、自らの生命と魂すら引き換えにして、人智を超えた力を手にした自分達が、女の一声で動けなくなってしまったのだから、無理はない。
しかも、爪で緋炎袴組の強者共を肉片に変えた鬼女を、色香零れる女性が、片手で易々と組み敷しいているのだ。
茶屋に居る旅人や店の女主人に女中などは、息をするのも忘れる程に、眼を剝いてその全てを見つめていた。
鬼女は解き放たれると、頬迄裂けた口から炎を噴き出しながら、幾人もの声が重なった大音声を、可憐な美少女億姫へ叩きつけた。
「綺麗な顔をして生きているお前なんかに、我等の苦しみ怒りが分かろう筈も無い。我等の一部となり、同じ痛みと苦しみを味わえぇぇ」
激しい勢いで掴みかかる恐ろしい気な鬼女に怯むでもなく、哀し気な表情でやや俯き気味に、
「御免なさい。もう少し早く来ることが出来たなら―― いいえ、それは止しましょう。いざ、参ります」
静かではあるがはっきりとした声で告げた。
華奢な美少女をずたずたに切り裂こうと突進していた鬼女は、
「嗚呼ぁあぁ嗚呼」
と呻いてはいるのだが、その場からピクリとも動かず制止していた。
億姫の構えた扇子一本に額を衝かれて、動きも含めて何もかも封じられてしまったからであった。
額から血の滴る角を二本生やし、真っ赤な目は大きく吊り上がり、頬迄避けた口からは炎を吐く巨大な悪鬼を、扇子一本で封じた美少女は、優しく悲し気なまま、真っ直ぐにその姿を見つめていた。
「闇に囚われた哀れな魂の方々。犠牲者でもあるのに、其の罪過を告げなければならないことが、無念でなりません。方々は此処に来るまでに、憐み弔おうとした有徳の和尚様を弑して、山寺の小姓さんやそこに居た村の幼気な子供達を生きたまま喰らい、逃げ惑う村の人々を殺めて、その魂を捕え苦痛を与え続けています。到底見過ごせることではありませぬ」
億姫の俯くその頬には、一筋の涙が光となって伝わっていた。
「しかし、そうせねばならない呪いを受け、死して尚望まぬ姿のまま果て無き苦しみを受け続けるいわれなど有りません、今解き放ち、罪と呪い共々未練を滅して、安寧の光を御覧に入れましょう。さあ、恨みを忘れ、現世から常世へ移ろいませ。痛みや苦しみを少しばかり伴ってしまいますが、橋渡しをしっかりとお勤めいたしますれば。浄めの灯をお受け取りなさい」
億姫は意のこもった眼差しをすると、扇子を抑えている人差し指に、ほんの少しだけ力を込めた。
すると、鬼女の額が小さく輝き、やがて轟々と大きな音を立てながら燃え上がる炎を躰全体から吹き出し大きな火柱となって、ついには骨すら残さず、その身全てを白い灰に変えた。
白い灰が宙に舞うのに合わせて、蛍のように囚われていた魂が宙に舞い、億姫の躰から立ち上る清めの気に巻き上げられ、天へと帰っていく。
「この次の生では、幸多かれし事を願っています」
億姫は変わらず悲しい気な瞳で、魂を見送ると、思いの外はっきりとした大きな声で告げた。
「月女、送りました」
「では、姫様。後始末はお任せください」
月女は、にっこりと慈愛に満ちた笑顔を億姫に向けた後、柏手を二つ打つと、緋炎袴組の男達の金縛りを解いた。
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