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呼び名
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「ふぅ……っ」
貰った書類を確認し、いくつか新しく資料を作り、先輩の言っていた取引先へ出向き、現在の僕の状況や今後の対応などを話し合って。帰社後も移譲した担当の案件などを改めて確認し、あれこれ細々とした作業をしている内に定時を大分過ぎて。動き回った疲労感に、なんだか久しぶりに仕事らしい仕事をしたような気分で僕は帰宅しました。帰り際に買ったコンビニ弁当を食べて、入浴を終えて。自然と落ちてくる瞼に、ああそうか、今日はレポートを書く必要はないんだ、と改めて思います。それも当然。今日は「指導」は無く、真野君とも会わなかったのですから。
「……。」
久々に疼きのない身体に、僕は抱き枕を抱えてベッドへ横たわります。ぼすん、と鈍い音が立って、それきり、訪れるのは静寂だけ。以前は毎日こんな生活をしていたな、と思い返し、それは先週までの日々とは別物だったのだと思い知らされます。先週までは朝から夜までいやらしいことをして飽きるくらい真野君と触れ合っていたのに、たった一日なにもしなかっただけで、前のような日常が戻ってくる。それが不思議で、僕はどちらの日々が本当だったのか分からなくなってしまう心地になります。
でも、ベッドサイドに視線を向ければそこには電動バイブが置かれていて、僕は毎日、これで自慰をしていたのだと突きつけられます。真野君が渡してきた道具で、真野君のしてきた行為を思い出し、真野君のことを考えて、夢中でアナルオナニーをしていたのだと。
「ん……。」
しかし、今は道具を見ても一向に性的興奮は襲ってきません。以前は飲食も睡眠も忘れてしまうほど湧き上がっていた性欲は何故か僕の中から抜け落ちていて、今、ここに居る僕はただの「多野繭人」のままです。今、ここに在るのは眠気と疲労感。そして抜け落ちた性欲と同じ大きさの、ぽっかりと空いた穴のような心の隙間……。
「……。」
僕はスマートフォンを手にとって、今日やり取りしたLINEを開きます。あれから真野君にはLINEをして、『りょうかい』という一言だけの素っ気ない返事を貰いました。電話もしようかと思いましたが、了解したならばそれ以上話すこともない筈、と僕もやり取りをそこで打ち切ってそれきりです。
普段から真野君は僕がいくら連絡事項を送っても、朝に目覚まし代わりの電話を掛けても、総じてこんな調子です。つまりは真野君の通常対応なのですが、何故か今はそれに幽かな物足りなさを感じてしまいました。それは新橋先輩が言ったように彼が変わったと僕が思っているからなのか、それとも……。
「たっくん……」
口にするのは、その新橋先輩が言っていた呼び名。先輩はあの時、誰でもない真野君のことを示唆していたのだと思います。真野君である「たっくん」と、身体の関係を持っているのだろう、と。たっくん。確かに真野君の名前は「拓斗」です。そう考えるなら、新橋先輩が彼をたっくんと呼んでもなんらおかしくはありません。今まで真野君の名前を気に掛けたことがなかったせいか、たっくんという呼び名、そして拓斗という名前が、とても新鮮なものに感じられます。
「たっ、くん……」
自分の口で形にすると、不思議な気持ちになります。真野君でありながら、真野君ではないような。知っているのに、とても遠い人のような。それは真野君の名前が僕に馴染んでいないせいなのかもしれませんが、それ以上に、誰かの呼び名をそのまま呼んでいるからなのかもしれない、と思いました。これは新橋先輩の名付けた、真野君の呼び名。だから僕の中では、遠いまま……。
「たっくん……たっ、くん……。」
ならば僕自身が彼の名前を呼ぶのなら、少しでも違う名前がいい。僕は強くそう感じます。僕が浜松君の「まゆゆ」という呼び名をそのまま使おうとしたのではなく、改めて自分を「まゆ」と名付けたように。
しかし「たっくん」でさえ僕では思いつきもしなかった呼び名です。そう簡単に別の呼び名が見つかるでしょうか。ぶつぶつと「たっくん」と繰り返す僕は、改めて目についた電動バイブを手に取りました。
「……」
これを使う時は、いつも真野君を思い浮かべていました。真野君との行為を思い出し、真野君の言葉を思い出し、真野君の姿を思い出し。そして、真野君の名前を呼んで。いつも僕は舌足らずに真野君を呼び続け、快感を貪っていました。それなら、呂律が回らなくなっても、うまく喋れなくても、彼を彼だと分かる名前で呼びたい。それなら……。
「た……。たぁ、くん……っ。」
……。
そう、呼ぶと。
きゅん、と全身が反応するのが分かりました。僕の中の奥が、僕の中の芯が、揺さぶられて反響して、外側まで伝わってくるような錯覚に陥りました。それが性的な興奮なのか判断がつかず、僕は慌てて、電動バイブをベッドサイドのチェストへ仕舞います。それでも、たぁくん、という名前が僕にはこびりついて。もう一度呼びたい、と。……そう、思ってしまいます。
「っ……♡た、たぁくん……っ♡」
もう、一度。
願うまま口にした名前に、今度は胸が締め付けられるような感覚が襲ってきました。以前も何度か感じてきたものではありましたが、今日が最も強いように思います。まるで手の届かない場所を擽られているような、言いようのないもどかしさ。もし、真野君に直接これを言ったら、真野君はどう思うだろう。一体なんと言うだろう。どんな顔をするだろう。そんなことを想像すれば、今日は一度も、真野君という存在に関わらなかったのだと改めて痛感してしまいます。
「たぁくん……っ」
そうだ。今日は真野君に会わなかった。真野君と話さなかった。真野君の顔も見ず、声も聞かず、肌にも、唇にも触れなかった。次第にまどろんでいく意識に浚われながら、そうか、このぽっかりと空いた穴に居たのは、真野君だったのかもしれない、と思いました。そしてこの不可解な穴は、もしかしたら今日、真野君を感じなかった淋しさなのかもしれない、と思いました。ああ、それなら、この抱き枕が真野君だったらいいのに。真野君を、こうして、ぎゅうっと抱き締められればいいのに。そうすれば、僕はきっと、さみしくなんか、ないのに。そんなことをうつらうつらと考えながら、僕はいつの間にか、眠りへと落ちていました。
「たぁくん……。たぁ……くん……。たぁ、くん……っ♡」
貰った書類を確認し、いくつか新しく資料を作り、先輩の言っていた取引先へ出向き、現在の僕の状況や今後の対応などを話し合って。帰社後も移譲した担当の案件などを改めて確認し、あれこれ細々とした作業をしている内に定時を大分過ぎて。動き回った疲労感に、なんだか久しぶりに仕事らしい仕事をしたような気分で僕は帰宅しました。帰り際に買ったコンビニ弁当を食べて、入浴を終えて。自然と落ちてくる瞼に、ああそうか、今日はレポートを書く必要はないんだ、と改めて思います。それも当然。今日は「指導」は無く、真野君とも会わなかったのですから。
「……。」
久々に疼きのない身体に、僕は抱き枕を抱えてベッドへ横たわります。ぼすん、と鈍い音が立って、それきり、訪れるのは静寂だけ。以前は毎日こんな生活をしていたな、と思い返し、それは先週までの日々とは別物だったのだと思い知らされます。先週までは朝から夜までいやらしいことをして飽きるくらい真野君と触れ合っていたのに、たった一日なにもしなかっただけで、前のような日常が戻ってくる。それが不思議で、僕はどちらの日々が本当だったのか分からなくなってしまう心地になります。
でも、ベッドサイドに視線を向ければそこには電動バイブが置かれていて、僕は毎日、これで自慰をしていたのだと突きつけられます。真野君が渡してきた道具で、真野君のしてきた行為を思い出し、真野君のことを考えて、夢中でアナルオナニーをしていたのだと。
「ん……。」
しかし、今は道具を見ても一向に性的興奮は襲ってきません。以前は飲食も睡眠も忘れてしまうほど湧き上がっていた性欲は何故か僕の中から抜け落ちていて、今、ここに居る僕はただの「多野繭人」のままです。今、ここに在るのは眠気と疲労感。そして抜け落ちた性欲と同じ大きさの、ぽっかりと空いた穴のような心の隙間……。
「……。」
僕はスマートフォンを手にとって、今日やり取りしたLINEを開きます。あれから真野君にはLINEをして、『りょうかい』という一言だけの素っ気ない返事を貰いました。電話もしようかと思いましたが、了解したならばそれ以上話すこともない筈、と僕もやり取りをそこで打ち切ってそれきりです。
普段から真野君は僕がいくら連絡事項を送っても、朝に目覚まし代わりの電話を掛けても、総じてこんな調子です。つまりは真野君の通常対応なのですが、何故か今はそれに幽かな物足りなさを感じてしまいました。それは新橋先輩が言ったように彼が変わったと僕が思っているからなのか、それとも……。
「たっくん……」
口にするのは、その新橋先輩が言っていた呼び名。先輩はあの時、誰でもない真野君のことを示唆していたのだと思います。真野君である「たっくん」と、身体の関係を持っているのだろう、と。たっくん。確かに真野君の名前は「拓斗」です。そう考えるなら、新橋先輩が彼をたっくんと呼んでもなんらおかしくはありません。今まで真野君の名前を気に掛けたことがなかったせいか、たっくんという呼び名、そして拓斗という名前が、とても新鮮なものに感じられます。
「たっ、くん……」
自分の口で形にすると、不思議な気持ちになります。真野君でありながら、真野君ではないような。知っているのに、とても遠い人のような。それは真野君の名前が僕に馴染んでいないせいなのかもしれませんが、それ以上に、誰かの呼び名をそのまま呼んでいるからなのかもしれない、と思いました。これは新橋先輩の名付けた、真野君の呼び名。だから僕の中では、遠いまま……。
「たっくん……たっ、くん……。」
ならば僕自身が彼の名前を呼ぶのなら、少しでも違う名前がいい。僕は強くそう感じます。僕が浜松君の「まゆゆ」という呼び名をそのまま使おうとしたのではなく、改めて自分を「まゆ」と名付けたように。
しかし「たっくん」でさえ僕では思いつきもしなかった呼び名です。そう簡単に別の呼び名が見つかるでしょうか。ぶつぶつと「たっくん」と繰り返す僕は、改めて目についた電動バイブを手に取りました。
「……」
これを使う時は、いつも真野君を思い浮かべていました。真野君との行為を思い出し、真野君の言葉を思い出し、真野君の姿を思い出し。そして、真野君の名前を呼んで。いつも僕は舌足らずに真野君を呼び続け、快感を貪っていました。それなら、呂律が回らなくなっても、うまく喋れなくても、彼を彼だと分かる名前で呼びたい。それなら……。
「た……。たぁ、くん……っ。」
……。
そう、呼ぶと。
きゅん、と全身が反応するのが分かりました。僕の中の奥が、僕の中の芯が、揺さぶられて反響して、外側まで伝わってくるような錯覚に陥りました。それが性的な興奮なのか判断がつかず、僕は慌てて、電動バイブをベッドサイドのチェストへ仕舞います。それでも、たぁくん、という名前が僕にはこびりついて。もう一度呼びたい、と。……そう、思ってしまいます。
「っ……♡た、たぁくん……っ♡」
もう、一度。
願うまま口にした名前に、今度は胸が締め付けられるような感覚が襲ってきました。以前も何度か感じてきたものではありましたが、今日が最も強いように思います。まるで手の届かない場所を擽られているような、言いようのないもどかしさ。もし、真野君に直接これを言ったら、真野君はどう思うだろう。一体なんと言うだろう。どんな顔をするだろう。そんなことを想像すれば、今日は一度も、真野君という存在に関わらなかったのだと改めて痛感してしまいます。
「たぁくん……っ」
そうだ。今日は真野君に会わなかった。真野君と話さなかった。真野君の顔も見ず、声も聞かず、肌にも、唇にも触れなかった。次第にまどろんでいく意識に浚われながら、そうか、このぽっかりと空いた穴に居たのは、真野君だったのかもしれない、と思いました。そしてこの不可解な穴は、もしかしたら今日、真野君を感じなかった淋しさなのかもしれない、と思いました。ああ、それなら、この抱き枕が真野君だったらいいのに。真野君を、こうして、ぎゅうっと抱き締められればいいのに。そうすれば、僕はきっと、さみしくなんか、ないのに。そんなことをうつらうつらと考えながら、僕はいつの間にか、眠りへと落ちていました。
「たぁくん……。たぁ……くん……。たぁ、くん……っ♡」
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