鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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Epilogue

錯覚

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「水瀬先生」
澪は振り向いた。先程よりもはっきりと見えたその顔は、やはり6年前とあまり変わっていなかった。
「僕だよ。覚えてる?」
 僕がそう言うと、澪は不審者を見るような顔をした。
「誰ですか?」
「僕。相原湊斗」
「…?」
澪は、それでもわからなそうな顔をしていた。もしかして、本当に別人だった…?
「ごめんなさい、わからないです」
「…すいません。人違いだったみたいです」
水瀬…さんは、去っていった。なぜだか、その肩が震えているような気がした。
「…なーんてね、覚えてない訳ないでしょ?」
澪は振り向いて、笑いながら言った。天真爛漫な、あのときと同じ笑顔だった。前よりも視線を上げて話す澪の姿に、胸が締め付けられる。
「もう、湊斗がそう言うから本当っぽくなっちゃったじゃん!」
澪は怒ったように僕に言っていた。けれど、それが怒っていないということに気がついているのは、僕と澪だけだろう。その怒った表情すら、ピアノを上手く弾けなかったときの澪の表情と重ねてしまう。
時間が数年前に戻された錯覚を覚えた。たった一瞬で、僕らは学生時代にひとっ飛びしてしまったようだ。青春という実感すらなかったあの頃に。
「…いや、ごめんって」
僕なりの謝罪の言葉を澪に向けて発した。果たして、ここで謝るべきなのかはわからないけど。
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