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第4章 Chorus
その先の言葉
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「…そういえば、ありがとうね。調子悪いの、気づいてくれて」
「誰だってそんなときはある。今は休んでろ」
「…うん」
水瀬は、そこから黙っていた。何も言葉を発さなかった。沈黙が、長く響く。今まであまり聞こえていなかった雨音がよく聞こえる程に。
何か話そうか、それとも帰ろうかと僕が迷っていたとき。
「私、音楽を、信じられてなかった」
雨音が強まる。思わず僕は、立ち上がろうとした自分を制した。
なんで、そんなこと。
何もかも吐き捨てたような、そんな声色で水瀬は続ける。
「私さ、弱いんだよ。すごく弱い。音楽を信じてない。音楽の力を信じてない。障害者だからって理由で、信じられてない。あれだけ相原くんに偉そうに言っておいて…私…」
そう言った後には、鼻をすする音がした。その音が示す悲しみは、言葉では言い表せない程のものだった。窓に強く打ち付ける雨音が、水瀬の弱々しい声を掻き消そうとした。
「…ごめん。私、相原くんと連弾、できないかも…」
「…え?」
暗い声色でそう告げられた言葉に、僕はただ呆然としていた。
あんなに、練習してたのに。
あんなに、楽しそうにしていたのに。
あの、ピアノを共に練習していた日々を思い出す。笑顔でピアノを弾いていた水瀬を、思い出す。
水瀬は、確実に音楽を愛していた。音楽に愛されていた。
違う。水瀬は、信じられてないんじゃない。言葉にしたいのに、唇だけが虚しく震えた。
「練習はする。でも、本番になったら、またさっきみたいになるかもしれない。相原くんに、迷惑かけるかもしれない。だから…」
その後の言葉は察してくれ、と言うように、水瀬はその後の言葉を言うことを止めた。
「私なんかに付き合ってくれてありがとう。ごめんね。こんなに弱くて」
自分を嘲笑うような、そんな声を発しながら水瀬はカーテンを握りしめていた。その握り方は、いつかのものとは対になるものだった。
「水瀬…」
僕は、何かを言おうとしていた。けれど、それが何かは自分でも知り得なかった。
僕は、何を伝えたいのだろう。
伝えたいことがわかっているはずなのに、わからない。そんな不思議な感覚に心が浸っていって、僕はその場を走り去っていた。雨がどれだけ己を濡らそうと、もうどうでも良かった。
なんで、なんで水瀬が。
なんで水瀬が音楽を嫌いにならなくちゃいけないんだ。
虚しい現実を、僕はただ罵った。
「誰だってそんなときはある。今は休んでろ」
「…うん」
水瀬は、そこから黙っていた。何も言葉を発さなかった。沈黙が、長く響く。今まであまり聞こえていなかった雨音がよく聞こえる程に。
何か話そうか、それとも帰ろうかと僕が迷っていたとき。
「私、音楽を、信じられてなかった」
雨音が強まる。思わず僕は、立ち上がろうとした自分を制した。
なんで、そんなこと。
何もかも吐き捨てたような、そんな声色で水瀬は続ける。
「私さ、弱いんだよ。すごく弱い。音楽を信じてない。音楽の力を信じてない。障害者だからって理由で、信じられてない。あれだけ相原くんに偉そうに言っておいて…私…」
そう言った後には、鼻をすする音がした。その音が示す悲しみは、言葉では言い表せない程のものだった。窓に強く打ち付ける雨音が、水瀬の弱々しい声を掻き消そうとした。
「…ごめん。私、相原くんと連弾、できないかも…」
「…え?」
暗い声色でそう告げられた言葉に、僕はただ呆然としていた。
あんなに、練習してたのに。
あんなに、楽しそうにしていたのに。
あの、ピアノを共に練習していた日々を思い出す。笑顔でピアノを弾いていた水瀬を、思い出す。
水瀬は、確実に音楽を愛していた。音楽に愛されていた。
違う。水瀬は、信じられてないんじゃない。言葉にしたいのに、唇だけが虚しく震えた。
「練習はする。でも、本番になったら、またさっきみたいになるかもしれない。相原くんに、迷惑かけるかもしれない。だから…」
その後の言葉は察してくれ、と言うように、水瀬はその後の言葉を言うことを止めた。
「私なんかに付き合ってくれてありがとう。ごめんね。こんなに弱くて」
自分を嘲笑うような、そんな声を発しながら水瀬はカーテンを握りしめていた。その握り方は、いつかのものとは対になるものだった。
「水瀬…」
僕は、何かを言おうとしていた。けれど、それが何かは自分でも知り得なかった。
僕は、何を伝えたいのだろう。
伝えたいことがわかっているはずなのに、わからない。そんな不思議な感覚に心が浸っていって、僕はその場を走り去っていた。雨がどれだけ己を濡らそうと、もうどうでも良かった。
なんで、なんで水瀬が。
なんで水瀬が音楽を嫌いにならなくちゃいけないんだ。
虚しい現実を、僕はただ罵った。
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