鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第2章 Disabled

大好きを叫ぶ

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「水瀬」
僕はまた、呼びかけていた。
水瀬は、その潤んだ目を僕に向けた。大切な何かを僕に訴えるかのように。
「ピアノは好き?」
単純な質問だった。
昔の僕なら、当たり前のように答えられていたはずの質問だった。けれどその質問は、ピアノを続けていく程に難しいものとなった。
僕にはもう、わからない。答えられないし、答えたくもない。
水瀬は、どう答えるのだろうか。
水瀬は笑った。以前にピアノは楽しいかを聞いたときと、同じように笑った。
水瀬の瞳から、一筋の雫がこぼれ落ちた。同時に、水瀬の中で何かが吹っ切れたようだった。
「大好き」
何かを告白するような、そんなら声色だった。
…いや、もしかしたら告白なのかもしれない。
障害者であっても、ピアノを愛していていいんだということの、告白。
「じゃあ、それだけでいいんだよ。ピアノが好きなだけでいい。誰だって、胸を張ってピアノが好きだと言えるなら、それだけで十分」
僕は、それすらも胸を張って言えないのだから。小さく、そう呟いた。水瀬が目を見開く。更に大きくなった瞳から、涙がこぼれ落ちる。胸がズキリと傷み、心にあった「嫌悪」という感情は、僕の中で更に渦巻いた。
ごめん、水瀬。少し、君を裏切ったような気持ちになる。君は心から音楽を愛していたのに、僕はそうでないのに、君に音楽を教えた。
ごめん。
でも。
水瀬は、違う。僕とは、違う。
今、この瞬間も、ピアノへの思いが溢れだしそうな程、ピアノを愛しているのだろう。
水瀬は、ピアノが大好きだと言っている。胸を張ってそれが言えるのだから。
水瀬なら、きっと大丈夫だ。
辛いことがあったとししても、きっとやっていける。
「うんっ、ありがとう…!」
「だからもう泣くな」
僕の前でみっともなく涙を流している水瀬に、僕はそう伝えた。
「水瀬が泣いてるのは見たくない」
「…それって子供っぽいから?」
「そういうことにしておく」
「ひどいっ」
大切な人が泣いているのは自分も辛いという言い訳は頭でかき消した。これを伝えるのは、きっと今じゃないから。
けれど、いつか伝えたい。
僕にとって水瀬は、かけがえのない存在だということを。だから、これからも隣にいたいことを。
水瀬は、笑っていた。今までの葛藤や悩みを忘れたかのように。
…いや、今は忘れていてほしい。今だけじゃなくても、ピアノを弾いているときだけでも。僕の隣にいる時間だけでも。
障害者であること、苦しんでいたことを、どうか忘れて欲しい。
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