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第三章「迷宮都市アイゼンシュタイン編」

第六十七話「魔法道具屋製作」

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 レオンハルトを宿まで送ってからガーゴイルに変化し、シュヴァルツの魔法道具屋に入った。店内には売れ残った固焼きビスケットがあり、エルザがカウンターでうたた寝をしている。

「エルザ」

 カウンターに飛び乗り、エルザの頭を撫でる。銀色の綺麗なミディアムボブはエルザによく似合っており、彼女の柔らかい髪に触れていると、不意にヴィクトリアが恋しくなった。離れている事がこんなに辛いとは思わなかった。

「ユリウスさん……? 私、眠っていたんですね。ユリウスさんの帰りを待っていたんです! 今日からこの家で一緒に暮らしましょう!」
「そうだね、傍に居た方が安全だと思うし」
「安全? 廃村で遭遇した冒険者狩りの事ですか? 私達は無事に逃げられたから大丈夫でしたが、他の冒険者が冒険者狩りと遭遇したら困りますよね……」
「それは大丈夫だよ」
「え? どういう事ですか?」
「冒険者狩りは既に勇者が討伐したらしい」

 エルザはエメラルド色の美しい瞳を大きく見開き、俺を抱き上げると、嬉しそうに俺の頬にキスをした。

「やっぱり! シュタイン様は私達を守るためにこの国に来てくれたんです! 冒険者狩りまで倒してしまうなんて、本当に凄いです! ドラゴニュートから救ってくれたお礼を言いたかったんですが、シュタイン様はどこを探しても居ないんです」
「エルザは勇者を探していたのかい?」
「はい! ですがシュタイン様は見つけられませんでした。それもそうですよね、廃村で冒険者狩りと戦っていたんですから!」

 俺はマジックバックから廃村で手に入れた魔石とドラゴニュートの角を取り出してカウンターに置いた。ブラックベアの魔石が三つ、デュラハンの魔石が二つ、ドラゴニュートの魔石が四つ。これだけあればエルザが商品を作れる筈だ。

「ユリウスさん、この魔石は?」
「これはブラックベアとデュラハン、ドラゴニュートの魔石と、ドラゴニュートの角だよ」
「え? 確かブラックベアとデュラハンってCランクの魔物ですよね? どこかで購入した物なんですか?」
「廃村で勇者から譲って貰ったんだよ。散歩中に勇者と出会ったんだ」
「本当ですか!? シュタイン様がユリウスさんに魔石を譲るなんて! 私も会いたかったです! シュタイン様とは廃村で別れたんですか?」
「ああ。だけどしばらくはアイゼンシュタインに留まるって言っていたよ。ゲイザーの襲撃に備えて警備をするのだとか」
「ゲイザーですか……私の両親を殺した魔物をシュタイン様が討伐して下さったら本当に嬉しいのですが、もしかしたらシュタイン様でもゲイザーには敵わないかもしれません」
「きっと大丈夫だよ。彼なら勝てるさ」

 本当はシュタイン様とは俺の事だと言いたいところだが、ガーゴイルの状態で居た方がヴァルターに近付きやすい。今はガーゴイルのままエルザを支えよう。

「エルザ、この魔石と角を使って魔法道具を作ろうよ。商品を並べれば客も来る筈だよ」
「ユリウスさんの魔石なのに、私が使っても良いんですか?」
「ああ、俺も勇者から貰った物だから」
「でも……これって売ったらもの凄く高いと思います。Bランク・ドラゴニュートの固有魔法であるウィンドクロスの魔石なんてとても希少な魔石ですから、魔石屋に持ち込めば最低でも四百万ゴールドにはなると思います! こんなに高価な物を本当に私に譲ってくれるんですか?」
「勿論。さぁ魔法道具を作ろう。その前に金属も調達しなければならないかな」
「銀と銅ならあるんですが、ドラゴニュートの魔石から魔法道具を作るならミスリルを使った方が良いと思います」
「それじゃミスリルを仕入れに行こうか」
「はい……!」

 それから俺達は街の武具屋を回り、ドラゴニュートの魔石とミスリルのインゴットを交換して貰った。ドラゴニュートの魔石一つで大きなインゴットが四つ。これだけあれば杖やナイフなどの小さな武器を量産出来るだろう。純ミスリル製ではなく、銀とミスリルを混ぜても良い。その方がミスリルを節約出来るからだ。

 銀を混ぜれば硬度が低くなるから、接近戦闘用の武器を作るならミスリルのみで作り上げた方が良いだろうが、杖や宝飾品等を製作するのならミスリルと銀、金などを混ぜるのも良いだろう。

「ユリウスさん、シュヴァルツの魔法道具には代々伝わっている魔石炉という魔法道具があるんですが、魔石と金属を溶かし、クラフトの魔法によって新たな魔法道具を作り上げるには、魔石を溶かせるだけの魔力がなければいけないんです。私にBランクのドラゴニュートの魔石を溶かせる力はないと思います……」
「大丈夫、俺が手伝うから」
「でも、Bランクの魔石を溶かすにはレベル60から80程度の魔力が必要なんです。魔石によって溶かす際に必要な魔力が異なりますが、私とユリウスさんが一斉に魔力を注いでも魔石炉ではドラゴニュートの魔石を溶かせないと思います」
「大丈夫だよ。本気で魔力を込めれば何とかなるだろう。ちなみに、AランクとSランクの魔石を溶かすにはどれくらいの魔力が必要なの?」
「Aランクが80から100、Sランクが100から120程度だったと思います」

 それなら俺は一人でSランクの魔石を溶かせるという事だろう。魔石を溶かす特殊な魔法道具が存在する事は知っていたが、シュヴァルツの魔法道具屋にもあったとは思わなかった。

「ユリウスさん、魔法道具の製作って失敗したら魔石が秘める力を失うんです。上手く魔石炉で溶かせれば、私のクラフトの魔法で大抵の物は作れますが、もし失敗したら高価な魔石を失ってしまいます」
「少しは俺を信じてくれよ。俺は最強のガーゴイルを目指しているんだ」
「そうですね……! ユリウスさんは冒険者狩りから私を守ってくれましたし、二人で力を合わせればきっと最高の魔法道具だって作れる筈です! なんだかワクワクしてきました。両親を失ってから、一度も魔法道具を作った事がなかったので……」
「きっと成功すると思って取り組む事が大事だと思うよ。さぁ魔法道具屋に戻ろう」
「はい!」

 明るい笑みを浮かべたエルザの肩に飛び乗り、俺達は急いで魔法道具屋に戻った。シュヴァルツの魔法道具屋、一階にある工房の隅には古ぼけた炉があった。これがシュヴァルツ家で受け継がれている魔法炉という魔法道具なのだとか。

「ユリウスさん、どんな魔法道具を作りましょうか?」
「そうだね、まずは指環でも作ってみようか。ブラックベアの固有魔法であるフレイムの魔石と銀を溶かして、火属性を秘めた指環を作ろう」
「いいですね! 早速やってみましょう!」

 エルザが銀のインゴットとフレイムの魔石を魔石炉に入れると、杖を魔石炉に向けた。やはりエルザの魔力ではCランクの魔物であるブラックベアが体内に秘める魔石を溶かす事は出来ない様だ。俺はエルザの肩に飛び乗り、彼女の体内に魔力を送ると、彼女の杖から爆発的な魔力が発生した。

 瞬間、魔石炉の温度が上昇し、銀とフレイムの魔石を一瞬で溶かした。液体状に変化した銀に対し、エルザが再び杖を向けた。

「クラフト」

 フレイムの魔石の力を秘めた銀が徐々に変化し、小さな指環に変わると、俺は新たな魔法道具の誕生に気分が高揚した。杖を向けて脳内で完成形を想像し、クラフトの魔法を唱えるだけで一瞬で造形が完了する。クラフトとはなんと便利な魔法だろうか。

 それからエルザはフレイムの魔石を二つ魔石炉に入れて溶かし、様々なサイズの指環を作り上げた。完成した指環は強い火属性を秘めており、試しに指に嵌めてみると、心地良い火の魔力が流れてきた。クラフトの魔法と魔石炉さえあれば一瞬で魔法道具を作れるのだ。この調子ならすぐに店内の棚に魔法道具で埋められそうだ。

「ユリウスさん! 私、実は初めてCランクの魔石から魔法道具を作りました! ユリウスさんと一緒なら何でも出来る気がします!」
「成功して良かったね」
「はい! 本当に、ユリウスさんって途方もない魔力を秘めているんですね。きっと最強のガーゴイルになれますよ! 応援していますね!」
「ありがとう。ドラゴニュートの角はどうやって加工すればいい?」
「そうですね、それではドラゴニュートの角とミスリル、ドラゴニュートの魔石の三種類を一気に溶かして武器を作りましょうか」
「きっと強力な風属性を秘めた武器になるだろうね」
「形状はどうしましょうか? やっぱりショートソードとかか良いでしょうか」
「それなら、小太刀を作って貰えるかな」
小太刀こだちですか? ちょっと知らないです。私の父も小太刀は作りませんでしたから。図鑑で形状を暗記しますので、ちょっと待っていて下さい」

 それからエルザは工房の隅にある本棚から武器の形状が書かれた図鑑を取り出すと、小太刀の形を暗記する様に何度も杖で図鑑をなぞった。十分ほど図鑑とにらめっこをすると、彼女は笑みを浮かべて図鑑を閉じた。

「もう大丈夫です! 全て暗記しましたから。小太刀だけでは金属が余りますから、他にも適当に武器を作りますね」

 それから俺とエルザは再び魔法炉に素材を入れ、俺はエルザの肩に乗って彼女の体内に魔力を注いだ。俺とエルザは相性が良いのだろう。俺とエルザの体がまるで一つになっている様な、彼女に肉体が自分の肉体と同化している様な不思議な感覚を覚えた。

 エルザは液体状になったミスリルから次々と武具を作り出した。小太刀、ナイフ、ダガー、レイピア、ラウンドシールド、ショートソード、メイス、スピア等。ミスリルとドラゴニュートの魔石、角を全て使い果たすと、工房の机の上には彼女が作り上げた魔法道具が並んだ。

 青白く輝くミスリル製の武具は強い風属性の魔力を秘めており、使用した金属と魔石、素材が武具の一部に刻印されている。Bランクの魔石とミスリルを使って製作した武具の値段は想像すら出来ない。俺は武具屋として働いた事はないので、相場は全く知らないのだ。

「この小太刀は本当に強い力を秘めているみたいです。ユリウスさん、どうして小太刀を作ろうと思ったんですか?」
「一人の冒険者が将来小太刀を買いに来るからだよ」
「え? 将来小太刀を買いに来るんですか? どうしてそんな事が分かるんですか?」
「それは秘密だよ」

 俺が迷宮都市ベーレントで刀を購入し、エレオノーレ様に対して覚えたての雷光閃を放った時、安物の刀はいとも簡単に砕けた。安物の武器では封魔石宝流剣術の力を引き出せないだろう。というよりも、真の力を引き出す前に武器の方が壊れてしまう。

 きっとレオンハルトなら近い内、新たな小太刀を購入するために街を探し歩くだろう。だからこの小太刀は俺からの贈り物にする。ガチャから手に入れた小太刀を使い込み、小太刀を破壊出来た時、このミスリルの小太刀をレオンハルトに贈る。

「エルザ、その小太刀を買いたいんだけど」
「え? ユリウスさんが買うんですか?」
「ああ、俺が代金を払うから、大通りから見える位置に飾ってくれるかな」
「それくらいならお安い御用です。でも、魔石まで貰って小太刀を買い取って貰う訳にもいきません。小太刀はタダでお譲りします」
「それはいけないよ。エルザは魔法道具屋なんだから」
「そんな……ユリウスさんからは何か貰いっぱなしで申し訳ないです」
「気にしなくていいよ、俺も勇者から貰った物だからね」

 エルザは俺の言葉を聞いて微笑むと、暫く悩んでから、ミスリルの小太刀に三百万ゴールドの値段を付けた。俺はマジックバックから代金を取り出すと、エルザはガーゴイルである俺が三百万ゴールドもの大金を持っている事に驚いた。

「ユリウスさんって、お金持ちのガーゴイルさんなんですね!」
「貯金していたんだよ。旅に出てから随分お金を使ってしまったけどね」
「計画的に貯金が出来るガーゴイルなんて素敵です。私が飼っていたガーゴイルはお金を貯める事なんて知りませんでした。小遣いを上げてもすぐに使ってしまったんですよ」

 それから俺とエルザは魔法道具屋のショーウィンドウに小太刀を置いた。そして今日作り上げた数々の武具を並べて値段を付けた。これが全て売れればエルザは数年間は働かなくても暮らしていけるだろう。

 それだけBランクのドラゴニュートの魔石は貴重な物だったのだ。今は自分自身の富よりもエルザが魔法道具屋を再建する事を優先したい。今日手に入れた魔石を全て魔石屋に買い取って貰ったら、かなりまとまった金額が手に入っただろうが、俺は目先の金よりもエルザが成長を選択したのだ。

 エルザが魔法道具屋として、魔術師として一流になった時、必ず多くの民を救える人間になれる。その時に俺の傍に居てくれれば、より多くの民を救える様になるだろう。

 冒険者ギルド・ファルケンハインの武具の製造をエルザに任せても良い。彼女は驚異的な速度で最高級の武具を量産出来る力がある。勿論、俺の魔力を貸さなければ高ランクの魔石は溶かせないが、彼女の魔力が成長すれば、一人でも最高級の武具を量産出来るのだ。

 二人の天才、エルザ・シュヴァルツとレオンハルト・トーレス。この街での生活も徐々に面白くなってきたな。まずは俺の心につかえている連続殺人犯とゲイザーについて、更に情報収集をしなければならない。

「これで今日の仕事は終わりですね! すっかり商品が増えて本当に嬉しいです! ユリウスさん、何から何まで手伝って貰ってありがとうございます。私、本当にずっとユリウスさんの傍に居たいです。ユリウスさんさえ良ければ、私は召喚契約を結びたいので、気が変わったら言って下さいね」
「ごめん、きっと気持ちは変わらないよ。俺は誰のガーゴイルにもならないんだ。だけどしばらくは傍に居るよ。もしかしたら長い間、一緒に居られるかもしれないね」
「それはどういう事ですか?」
「俺は一月にはラース大陸に戻るんだ。普段はファルケンハイン王国の王都イスターツで暮らしているんだよ。エルザがもしラース大陸で暮らすつもりがあるなら、一緒に居られるかもしれないね」

 エルザは暫く考えると、嬉しそうに俺を抱きしめた。彼女の豊かな胸が俺の顔に当たり、何とも言えない恥ずかしさを嬉しさを感じた。

「私、この街にはもう何も無いんです。友達もいませんし、両親も殺されました。仕事だってありません。今日作った魔法道具が全部売れたら完璧にフリーですよ。ユリウスさん、私もラース大陸に連れて行ってくれませんか? 正直、両親が居ないこの家で暮らすのも、両親との思い出が詰まった店に居るのも辛いんです……」
「俺は大歓迎だよ。きっとファルケンハイン王国もエルザを歓迎してくれると思うよ。クラフトの魔法の使い手なんて少ないからね」
「はい! そしたら私、勇者様のギルドに加入するんです! 冒険者ギルド・ファルケンハイン! もしかしたらシュタイン様と一緒にパーティーなんかも組めるかもしれないです!」
「そのためにはもっと強くならなければいけないね」
「はい! 私、ユリウスさんが居なくても魔法道具を作れる様になりたいです。魔法炉を使いこなせる様に、まずはレベル30を目指して魔力を鍛えようと思います!」

 エルザは俺がラース大陸に誘った事が余程嬉しかったのか、彼女は何度も俺の頭を撫でてくれた。年下の女の子にここまで可愛がって貰える日が来るとは思わなかった。

 エルザと一緒に居ても、俺の心にはいつもヴィクトリアが居る。早く王都に帰りたい。ヴィクトリアに会いたい。ヴィクトリアのしなやかな体を抱きしめ、何時間も口づけをし、愛を語り合いたい。

『ヴィクトリアに会いたくてたまらないよ』
『私もよ、離れていてもユリウスの事ばかり考えているの』
『帰ったら一緒に旅行でもしようか。一日中ヴィクトリアと一緒に居るんだ』
『いいわね。私はもう召喚契約も結んだし、冬休みは特に予定もないから、いつユリウスが戻って来ても一緒に居られるわ』

 それから暫くヴィクトリアと念話し、俺はエルザと共に二階に上がると、彼女が夕食を用意してくれたので、俺は聖者のゴブレットで葡萄酒を飲みながらエルザとの夕食を楽しんだ……。
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