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第二章「王都イスターツ編」
第四十七話「入学祝い」
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ヘンリエッテと共に屋敷に入ると、彼女は大広間を見て歓喜の声を上げた。大広間は封魔剣舞を踊るために床を大理石に変えており、広い空間にはマナポーションのビンを入れた木箱があるだけで他に何もない。
「シュタインさん、美しい空間ですが、ここにはどうして家具がないんですか?」
「ここは封魔剣舞を踊るための空間なんだよ」
「封魔師の剣舞ですか。シュタインさんの二次試験での戦いぶり、本当に感動しましたわ。もし良かったら少し踊って見せて下さいませんか?」
「いいよ、丁度今日は朝の訓練が足りなかったところだから」
一日六時間の封魔剣舞は毎日の習慣にしている。それから一日千回の雷光閃はどんなに忙しくても欠かさない。学校生活とギルドマスターとしての職務、それから毎日の訓練をすれば休む時間は殆どなくなるだろう。今日みたいに早く自宅に戻れる日に訓練を積まなければならないが、今日は久しぶりにララとイリスとゆっくり過ごすと決めている。
俺はヘンリエッテに封魔剣舞を踊って見せた。俺が技を決める度に彼女は小さく拍手をし、踊り終わると俺にマナポーションを渡してくれた。
「素晴らしい剣舞でしたわ。これがシュタインさんの強さの秘密なんですね」
「そうだよ。俺は魔法学校の生徒だけど魔法よりも剣を学んできたからね」
「それでは私も最高の魔法を披露しましょう」
「本当? それじゃ是非見せて貰おうかな」
ヘンリエッテが大広間の中央に杖を向けて魔力を込めた瞬間、空間に地属性の魔力が充満した。
「ストーンゴーレム!」
瞬間、大広間の中央にジークフリートを超える巨体の石のゴーレムが現れた。ゴーレムがヘンリエッテに手を伸ばすと、彼女はゴーレムの手に飛び乗った。それからゴーレムはヘンリエッテを肩に乗せ、立ち上がって俺を見下ろした。
ゴーレムが拳を握り締めると、ヘンリエッテが再び杖を向けた。
「エンチャント・ウィンド!」
ゴーレムの両手に爆発的な風の魔力が発生すると、俺はヘンリエッテの魔力に圧倒されて一歩後退した。彼女は自分が作り上げたゴーレムにエンチャントを掛け、攻撃力を強化して戦う魔術師なのだ。
「シュタインさん、私のゴーレムはどうですか? 美しいでしょう?」
「素晴らしい魔法だよ。だけど、ヘンリエッテは肩に乗ってるだけなの?」
「はい! 私はほとんど戦いません。ゴーレムを操り、エンチャントで援護しなければなりませんから」
「その状態でストーンシールドを使ってみてよ」
「そんな、三種類の魔法を同時に制御するんですか!? 二種類でも精一杯ですのに」
「ヘンリエッテなら出来るよ!」
こういうタイプはおだてれば気分を良くする事を知っている。ボリスの近い性格だからだ。自信がなさそうに自慢の縦ロールを杖でくるくると回していたが、俺の言葉を聞いたヘンリエッテは明るい笑みを浮かべて拳を握った。
「そうですね! 私ならきっと出来ますわ! ありがとうございます、シュタインさん!」
「ユリウスでいいよ」
「ユリウスさん……なんだか恥ずかしいですわ。マスターと呼ばせて頂いても良いですか?」
「ああ、好きに呼んでくれて構わないよ」
ギルドではマスターと呼ばれているから、ギルドメンバーであるヘンリエッテが俺をマスターと呼んでもおかしくはないだろう。ララとイリスは大広間で強烈な魔力が発生している事に気が付いたのか、慌てて大広間に入ってきた。
「ユリウス! この人は誰!?」
「ララ、彼女は俺のクラスメートのヘンリエッテだよ」
「ヘンリエッテ? 縦ロール可愛い!」
ララがヘンリエッテの髪形を褒めると、イリスもヘンリエッテを可愛いと言った。ヘンリエッテは顔を真っ赤にして両手で隠し、指の隙間からララとイリスを見た。
「か……可愛い……? 本当ですの? その言葉……信じますわよ? 可愛いなんて……」
「うん! ララは可愛いと思う!」
「ララ……ちゃん? あなたはマスターの家族なんですの? それにしては随分モフモフしていますわね」
「ララはユリウスの妹なの! ララ・シュタインなの!」
「妹……そうですか、私はヘンリエッテ・フォン・エーベルトと申します。マスターからから戦い方を教えて貰う事になりました」
ヘンリエッテはゴーレムの肩の上で立ち、優雅に挨拶をすると、イリスもララも彼女の美貌に見とれた。それからヘンリエッテはストーンシールドを何度も練習し、小さな石の盾を宙に浮かせ、ゴーレムを守りながら戦える様になった。
三種類の魔法を同時に制御するのは魔力の消費が激しいのか、ヘンリエッテはすぐに魔力が尽きてゴーレムの魔法を解除した。ボリスは二属性の魔法を同時に使いこなす天才だと思っていたが、ヘンリエッテの方が遥かに魔法能力が高い。
ヘンリエッテはストーンゴーレム、エンチャント・ウィンド、ストーンシールドの魔法を同時に操れるのだ。天才中の天才。彼女がどこまで成長するのか楽しみで仕方がない。最高のギルドメンバーを得たと確信した俺は、ヘンリエッテと固い握手を交わした。
「マスター、そんなに熱い視線を送られると恥ずかしいですわ」
「ごめんごめん。ヴィクトリアが来るまで談話室で待とうか」
「はい! 今日はマスターとも仲良くなれましたし、ララちゃんともイリスさんとも出会えて本当に嬉しいです! 私、こういう性格ですから、友達が居ないんです。だから、これからも私と仲良くしてくれると嬉しい……ですわ」
「こちらこそ、よろしく」
ララはヘンリエッテに飛びつき、彼女に何度も頬ずりをした。イリスはヘンリエッテの肩に手を置いて微笑み、すっかり二人の獣人と親しくなったヘンリエッテは今日一番の笑みを浮かべた。
最初はとんでもない性格の女だと思ったが、知り合ってみると彼女は明るくて接しやすい性格だと分かった。
談話室に入るとフランツがお気に入りの大理石のチェスを磨いており、ヘンリエッテはチェスに自信があるのか、ヴィクトリアを待つ間にフランツと勝負をすると言った。ロビンはララと共に料理をし、イリスは俺と共にソファに座り、俺はイリスに魔法学校の話をして聞かせた。
「ユリウス、ヘンリエッテは良い子ね」
「そうだね。魔法の才能もあるし、性格も良いし」
「ユリウスは私とヘンリエッテ、どっちが好み?」
「え? 何だよ急に。そういう質問は反則だよ」
灰色の毛に包まれた尻尾を楽し気に揺らしながら俺を見つめるイリスもまた美しい。青と茶色のオッドアイの目も、鍛え上げられた肉体も綺麗だ。身長がエレオノーレ様と同じ百七十センチなので、彼女を見ていると時々エレオノーレ様を思い出す。
エレオノーレ様は今もまだ迷宮都市ベーレントの屋敷で、一人氷の中で眠り続けている。俺を信じて自らを氷に閉じ込め、呪いの進行を遅らせているのだ。勿論、エレオノーレ様は氷の中で永遠に生きられる訳ではない。生命力が尽きれば彼女は命を落とす。
「何を考えているの?」
「師匠の事だよ」
「エレオノーレ様という人の事ね。ユリウスは本当にその人の事が好きなのね」
「ああ。大好きだよ。最強の師匠だし、一緒に居ると楽しいし」
「私も会ってみたいわ。ユリウス、私、ずっとこの屋敷に居ても良いのかしら? もう連絡役は必要ないでしょう? 私も必要ないという事?」
「いや、俺にはイリスが必要だよ。ずっと居てくれても良い」
「本当……? 迷惑じゃない?」
「勿論、イリスさえ良ければずっと一緒に居よう」
「嬉しいわ。私、両親が居ないから今までずっと一人で生きてきたの。自分の居場所なんてないと思っていた。奴隷の私を開放するだけでなく、私に居場所まで与えてくれるなんて。私はユリウスの事が大好きよ」
「ありがとう。俺もイリスが大好きだよ。これからもよろしく」
イリスが恥ずかしそうに微笑んだ時、フランツが椅子から転げ落ちた。彼は自分が敗北すると露骨に悲しむが、対戦に勝利した時は飛び上がって喜ぶ。
「私の勝ちですわ! さぁもう一度勝負しますわよ!」
「……」
フランツは嬉しそうに頷き、ヴィクトリアが屋敷に到着するまで、彼は三回もヘンリエッテに負けた。ヘンリエッテは魔法も天才的だが、チェスも驚く程強い。
美しいピンクのドレスを着たヴィクトリアが到着すると、俺達は談話室でささやかな入学祝いを始めた。ララはロビンと共にケーキを焼いてくれ、俺は二人の手作りのケーキを食べながら女性陣の会話に耳を傾けた。
イリスは折角の祝いだからと言ってお酒を飲み始め、俺は聖者のゴブレットで葡萄酒を作り出し、一杯だけ葡萄酒を飲んだ。明日は初めての授業があるから今日はお酒は一杯だけにしておこう。
ヘンリエッテは自在に葡萄酒を作り出せる聖者のゴブレットを見て驚き、俺は聖者の袋からパンを取り出して見せると、彼女は目を輝かせて喜んだ。小さな事でも喜んでくれる彼女の純粋な性格に惹かれている自分に気が付く。
勿論、恋愛感情は一切ない。俺は心からヴィクトリアに惚れているからだ。暫くするとボリスが当たり前の様に屋敷に戻ってきた。最近では週に一日しか実家に帰らない。ボリスは俺達と一緒に過ごす事が好きなのだ。俺もボリスが居るから退屈しないし、なるべく一緒に居たいと思う。
「もう飲んでるのか」
「ああ、今まで何してたんだ?」
ボリスは俺の隣の席に座るや否や、満面の笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「カレン先生とお茶してたんだ」
「嘘だろ!? 本当なのか? 入学初日に担任の先生を口説いてお茶って……」
「本当だとも。今までずっと一緒に居たんだ。僕は遂に理想の女性と出会えたよ!」
「だけど、学校の先生なんでしょう? 振られたら三年間も耐えられるの?」
イリスが鋭い質問をすると、ボリスは自信たっぷりの表情を浮かべ、ララのケーキを美味しそうに食べた。
「振られる? 今回に限ってそんな事はないぞ」
「今まで何度その言葉を聞いたかしら」
「全く、イリスはちっとも僕を信じていないんだな」
「くれぐれもギルドの若い子には手を出さないでね」
「当たり前だろう? 僕もそこまで馬鹿じゃないさ。ユリウス、僕にも葡萄酒をくれるかな?」
俺は聖者のゴブレットから葡萄酒を作り出し、ボリスのゴブレットに注ぐと、彼は豪快に葡萄酒を飲み干した。ヘンリエッテはお酒をあまり飲まないのか、俺達の会話を楽し気に聞いている。
ララはヘンリエッテが退屈している事に気が付いたのか、ヘンリエッテの膝の上に乗ると、ヘンリエッテはララの小さな頭を何度も撫でた。
「それで、カレン先生とは付き合えそうなの?」
レベッカがボリスに好意を抱いている事を知りながら、こんな質問をするのは心が痛いが、ボリスが本当に好きな女性を見つけられたなら俺も嬉しい。今までボリスは様々な女性に言い寄ったが、一度も恋人関係に進展した事がなかったからだ。
「きっとカレン先生も僕の事が好きな筈だよ。ただ、僕は学生だし、年下だから素直になれないだけなのさ」
ボリスが綺麗に伸ばした前髪をかきあげてキザな表情を浮かべると、ヴィクトリアが噴き出した。ボリスがヴィクトリアの従者だった頃、ボリスは一度ヴィクトリアに告白して振られている。ヴィクトリアはボリスが手あたり次第に声を掛けている事を知っているからか、彼の恋愛話は今更まともに聞くつもりもないのだ。
「ボリスから告白するつもりなの? 俺はイリスに賛成だよ。自分を振った相手から三年も魔法を学ぶなんて辛いだろうし」
「どうして僕が振られる前提で話を進めるんだ? 全く……ユリウスはそんな性格だから恋人が出来ないんだぞ」
ヴィクトリアはボリスの言葉を聞いて口元に笑みを浮かべ、さりげなく中指に嵌めた指環に触れた。
「なんだよ、二人で見つめ合って。最近ヴィクトリアとボリスは仲が良すぎないか?」
「俺はヴィクトリアに仕える守護者だから、仲が良いのは当たり前だよ」
「それはそうだな……まぁ実際のところ、ユリウスならすぐに彼女も出来るだろう。一年の中にはユリウスの事が好きって女の子もかなり居るみたいだし。勿論、僕の事を好きな女の子の方が遥かに多いけどな!」
「その自信はどこから来るのか、いつも不思議で仕方がないよ」
暫くララの頭を撫でながら俺達の話を聞いてたヘンリエッテが俺の隣の席に移動してくると、彼女は俺のゴブレットにエールを注いでくれた。
今日は葡萄酒一杯で我慢しようと思ったが、せっかくこうして新しい友達とお酒を飲んでいるのだ。どうせならとことん飲もう。
「シュタインさん、美しい空間ですが、ここにはどうして家具がないんですか?」
「ここは封魔剣舞を踊るための空間なんだよ」
「封魔師の剣舞ですか。シュタインさんの二次試験での戦いぶり、本当に感動しましたわ。もし良かったら少し踊って見せて下さいませんか?」
「いいよ、丁度今日は朝の訓練が足りなかったところだから」
一日六時間の封魔剣舞は毎日の習慣にしている。それから一日千回の雷光閃はどんなに忙しくても欠かさない。学校生活とギルドマスターとしての職務、それから毎日の訓練をすれば休む時間は殆どなくなるだろう。今日みたいに早く自宅に戻れる日に訓練を積まなければならないが、今日は久しぶりにララとイリスとゆっくり過ごすと決めている。
俺はヘンリエッテに封魔剣舞を踊って見せた。俺が技を決める度に彼女は小さく拍手をし、踊り終わると俺にマナポーションを渡してくれた。
「素晴らしい剣舞でしたわ。これがシュタインさんの強さの秘密なんですね」
「そうだよ。俺は魔法学校の生徒だけど魔法よりも剣を学んできたからね」
「それでは私も最高の魔法を披露しましょう」
「本当? それじゃ是非見せて貰おうかな」
ヘンリエッテが大広間の中央に杖を向けて魔力を込めた瞬間、空間に地属性の魔力が充満した。
「ストーンゴーレム!」
瞬間、大広間の中央にジークフリートを超える巨体の石のゴーレムが現れた。ゴーレムがヘンリエッテに手を伸ばすと、彼女はゴーレムの手に飛び乗った。それからゴーレムはヘンリエッテを肩に乗せ、立ち上がって俺を見下ろした。
ゴーレムが拳を握り締めると、ヘンリエッテが再び杖を向けた。
「エンチャント・ウィンド!」
ゴーレムの両手に爆発的な風の魔力が発生すると、俺はヘンリエッテの魔力に圧倒されて一歩後退した。彼女は自分が作り上げたゴーレムにエンチャントを掛け、攻撃力を強化して戦う魔術師なのだ。
「シュタインさん、私のゴーレムはどうですか? 美しいでしょう?」
「素晴らしい魔法だよ。だけど、ヘンリエッテは肩に乗ってるだけなの?」
「はい! 私はほとんど戦いません。ゴーレムを操り、エンチャントで援護しなければなりませんから」
「その状態でストーンシールドを使ってみてよ」
「そんな、三種類の魔法を同時に制御するんですか!? 二種類でも精一杯ですのに」
「ヘンリエッテなら出来るよ!」
こういうタイプはおだてれば気分を良くする事を知っている。ボリスの近い性格だからだ。自信がなさそうに自慢の縦ロールを杖でくるくると回していたが、俺の言葉を聞いたヘンリエッテは明るい笑みを浮かべて拳を握った。
「そうですね! 私ならきっと出来ますわ! ありがとうございます、シュタインさん!」
「ユリウスでいいよ」
「ユリウスさん……なんだか恥ずかしいですわ。マスターと呼ばせて頂いても良いですか?」
「ああ、好きに呼んでくれて構わないよ」
ギルドではマスターと呼ばれているから、ギルドメンバーであるヘンリエッテが俺をマスターと呼んでもおかしくはないだろう。ララとイリスは大広間で強烈な魔力が発生している事に気が付いたのか、慌てて大広間に入ってきた。
「ユリウス! この人は誰!?」
「ララ、彼女は俺のクラスメートのヘンリエッテだよ」
「ヘンリエッテ? 縦ロール可愛い!」
ララがヘンリエッテの髪形を褒めると、イリスもヘンリエッテを可愛いと言った。ヘンリエッテは顔を真っ赤にして両手で隠し、指の隙間からララとイリスを見た。
「か……可愛い……? 本当ですの? その言葉……信じますわよ? 可愛いなんて……」
「うん! ララは可愛いと思う!」
「ララ……ちゃん? あなたはマスターの家族なんですの? それにしては随分モフモフしていますわね」
「ララはユリウスの妹なの! ララ・シュタインなの!」
「妹……そうですか、私はヘンリエッテ・フォン・エーベルトと申します。マスターからから戦い方を教えて貰う事になりました」
ヘンリエッテはゴーレムの肩の上で立ち、優雅に挨拶をすると、イリスもララも彼女の美貌に見とれた。それからヘンリエッテはストーンシールドを何度も練習し、小さな石の盾を宙に浮かせ、ゴーレムを守りながら戦える様になった。
三種類の魔法を同時に制御するのは魔力の消費が激しいのか、ヘンリエッテはすぐに魔力が尽きてゴーレムの魔法を解除した。ボリスは二属性の魔法を同時に使いこなす天才だと思っていたが、ヘンリエッテの方が遥かに魔法能力が高い。
ヘンリエッテはストーンゴーレム、エンチャント・ウィンド、ストーンシールドの魔法を同時に操れるのだ。天才中の天才。彼女がどこまで成長するのか楽しみで仕方がない。最高のギルドメンバーを得たと確信した俺は、ヘンリエッテと固い握手を交わした。
「マスター、そんなに熱い視線を送られると恥ずかしいですわ」
「ごめんごめん。ヴィクトリアが来るまで談話室で待とうか」
「はい! 今日はマスターとも仲良くなれましたし、ララちゃんともイリスさんとも出会えて本当に嬉しいです! 私、こういう性格ですから、友達が居ないんです。だから、これからも私と仲良くしてくれると嬉しい……ですわ」
「こちらこそ、よろしく」
ララはヘンリエッテに飛びつき、彼女に何度も頬ずりをした。イリスはヘンリエッテの肩に手を置いて微笑み、すっかり二人の獣人と親しくなったヘンリエッテは今日一番の笑みを浮かべた。
最初はとんでもない性格の女だと思ったが、知り合ってみると彼女は明るくて接しやすい性格だと分かった。
談話室に入るとフランツがお気に入りの大理石のチェスを磨いており、ヘンリエッテはチェスに自信があるのか、ヴィクトリアを待つ間にフランツと勝負をすると言った。ロビンはララと共に料理をし、イリスは俺と共にソファに座り、俺はイリスに魔法学校の話をして聞かせた。
「ユリウス、ヘンリエッテは良い子ね」
「そうだね。魔法の才能もあるし、性格も良いし」
「ユリウスは私とヘンリエッテ、どっちが好み?」
「え? 何だよ急に。そういう質問は反則だよ」
灰色の毛に包まれた尻尾を楽し気に揺らしながら俺を見つめるイリスもまた美しい。青と茶色のオッドアイの目も、鍛え上げられた肉体も綺麗だ。身長がエレオノーレ様と同じ百七十センチなので、彼女を見ていると時々エレオノーレ様を思い出す。
エレオノーレ様は今もまだ迷宮都市ベーレントの屋敷で、一人氷の中で眠り続けている。俺を信じて自らを氷に閉じ込め、呪いの進行を遅らせているのだ。勿論、エレオノーレ様は氷の中で永遠に生きられる訳ではない。生命力が尽きれば彼女は命を落とす。
「何を考えているの?」
「師匠の事だよ」
「エレオノーレ様という人の事ね。ユリウスは本当にその人の事が好きなのね」
「ああ。大好きだよ。最強の師匠だし、一緒に居ると楽しいし」
「私も会ってみたいわ。ユリウス、私、ずっとこの屋敷に居ても良いのかしら? もう連絡役は必要ないでしょう? 私も必要ないという事?」
「いや、俺にはイリスが必要だよ。ずっと居てくれても良い」
「本当……? 迷惑じゃない?」
「勿論、イリスさえ良ければずっと一緒に居よう」
「嬉しいわ。私、両親が居ないから今までずっと一人で生きてきたの。自分の居場所なんてないと思っていた。奴隷の私を開放するだけでなく、私に居場所まで与えてくれるなんて。私はユリウスの事が大好きよ」
「ありがとう。俺もイリスが大好きだよ。これからもよろしく」
イリスが恥ずかしそうに微笑んだ時、フランツが椅子から転げ落ちた。彼は自分が敗北すると露骨に悲しむが、対戦に勝利した時は飛び上がって喜ぶ。
「私の勝ちですわ! さぁもう一度勝負しますわよ!」
「……」
フランツは嬉しそうに頷き、ヴィクトリアが屋敷に到着するまで、彼は三回もヘンリエッテに負けた。ヘンリエッテは魔法も天才的だが、チェスも驚く程強い。
美しいピンクのドレスを着たヴィクトリアが到着すると、俺達は談話室でささやかな入学祝いを始めた。ララはロビンと共にケーキを焼いてくれ、俺は二人の手作りのケーキを食べながら女性陣の会話に耳を傾けた。
イリスは折角の祝いだからと言ってお酒を飲み始め、俺は聖者のゴブレットで葡萄酒を作り出し、一杯だけ葡萄酒を飲んだ。明日は初めての授業があるから今日はお酒は一杯だけにしておこう。
ヘンリエッテは自在に葡萄酒を作り出せる聖者のゴブレットを見て驚き、俺は聖者の袋からパンを取り出して見せると、彼女は目を輝かせて喜んだ。小さな事でも喜んでくれる彼女の純粋な性格に惹かれている自分に気が付く。
勿論、恋愛感情は一切ない。俺は心からヴィクトリアに惚れているからだ。暫くするとボリスが当たり前の様に屋敷に戻ってきた。最近では週に一日しか実家に帰らない。ボリスは俺達と一緒に過ごす事が好きなのだ。俺もボリスが居るから退屈しないし、なるべく一緒に居たいと思う。
「もう飲んでるのか」
「ああ、今まで何してたんだ?」
ボリスは俺の隣の席に座るや否や、満面の笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「カレン先生とお茶してたんだ」
「嘘だろ!? 本当なのか? 入学初日に担任の先生を口説いてお茶って……」
「本当だとも。今までずっと一緒に居たんだ。僕は遂に理想の女性と出会えたよ!」
「だけど、学校の先生なんでしょう? 振られたら三年間も耐えられるの?」
イリスが鋭い質問をすると、ボリスは自信たっぷりの表情を浮かべ、ララのケーキを美味しそうに食べた。
「振られる? 今回に限ってそんな事はないぞ」
「今まで何度その言葉を聞いたかしら」
「全く、イリスはちっとも僕を信じていないんだな」
「くれぐれもギルドの若い子には手を出さないでね」
「当たり前だろう? 僕もそこまで馬鹿じゃないさ。ユリウス、僕にも葡萄酒をくれるかな?」
俺は聖者のゴブレットから葡萄酒を作り出し、ボリスのゴブレットに注ぐと、彼は豪快に葡萄酒を飲み干した。ヘンリエッテはお酒をあまり飲まないのか、俺達の会話を楽し気に聞いている。
ララはヘンリエッテが退屈している事に気が付いたのか、ヘンリエッテの膝の上に乗ると、ヘンリエッテはララの小さな頭を何度も撫でた。
「それで、カレン先生とは付き合えそうなの?」
レベッカがボリスに好意を抱いている事を知りながら、こんな質問をするのは心が痛いが、ボリスが本当に好きな女性を見つけられたなら俺も嬉しい。今までボリスは様々な女性に言い寄ったが、一度も恋人関係に進展した事がなかったからだ。
「きっとカレン先生も僕の事が好きな筈だよ。ただ、僕は学生だし、年下だから素直になれないだけなのさ」
ボリスが綺麗に伸ばした前髪をかきあげてキザな表情を浮かべると、ヴィクトリアが噴き出した。ボリスがヴィクトリアの従者だった頃、ボリスは一度ヴィクトリアに告白して振られている。ヴィクトリアはボリスが手あたり次第に声を掛けている事を知っているからか、彼の恋愛話は今更まともに聞くつもりもないのだ。
「ボリスから告白するつもりなの? 俺はイリスに賛成だよ。自分を振った相手から三年も魔法を学ぶなんて辛いだろうし」
「どうして僕が振られる前提で話を進めるんだ? 全く……ユリウスはそんな性格だから恋人が出来ないんだぞ」
ヴィクトリアはボリスの言葉を聞いて口元に笑みを浮かべ、さりげなく中指に嵌めた指環に触れた。
「なんだよ、二人で見つめ合って。最近ヴィクトリアとボリスは仲が良すぎないか?」
「俺はヴィクトリアに仕える守護者だから、仲が良いのは当たり前だよ」
「それはそうだな……まぁ実際のところ、ユリウスならすぐに彼女も出来るだろう。一年の中にはユリウスの事が好きって女の子もかなり居るみたいだし。勿論、僕の事を好きな女の子の方が遥かに多いけどな!」
「その自信はどこから来るのか、いつも不思議で仕方がないよ」
暫くララの頭を撫でながら俺達の話を聞いてたヘンリエッテが俺の隣の席に移動してくると、彼女は俺のゴブレットにエールを注いでくれた。
今日は葡萄酒一杯で我慢しようと思ったが、せっかくこうして新しい友達とお酒を飲んでいるのだ。どうせならとことん飲もう。
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