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4 思い出したので、筋トレ!(3)
しおりを挟む翌日の早朝から、厳しいレッスンが始まった。朝食前に体力作りのランニング、模擬剣で素振り、朝食後は剣術の稽古だ。
剣術の講師は公爵家護衛騎士のハロルドが務めてくれることになった。ハロルドは聖魔法こそ使えないものの、剣と魔法の技術はピカイチでお父様からもかなり信頼を得ている人物だ。腕は確かだか、飄々とした性格で掴みどころのない曲者だ。
そしてお目付役も兼ねて、ディーンお兄様が朝から付き合ってくれている。完全に巻き込み事故だ。ごめんね、お兄様。
「さぁさ、お嬢様方。始めましょうか~」
一見優男に見えるハロルドは、剣を握ると羽が生えたように立ち回る。軽々と私とお兄様は初日からこてんぱんにされてしまった。悔しい!
午後からは淑女教育の授業を受ける。なんだか今までより知識もマナーも一段とハイレベルだ。母は、私をクリストファー殿下の婚約者とするべく力を入れ始めたようだ。いや、気が早いですよ!
それもこれもお見舞いの花束が王宮から届いたせいである。
「クリストファー殿下から薔薇の花束が届くだなんて! リディアったら! 野山を駆け巡るお猿さんになっちゃうかと思ってたけれど、ちゃんと王子様を捕まえて偉いわぁー」
「……は、はぁ」
お母様はとってもはしゃいで大喜び。
そして私の淑女教育は『目指せ! 未来の王子妃』な、スパルタ教育になってしまったのだった。シナリオ通りなら婚約しちゃうだろうけど……その後、婚約破棄されて魔王復活で散る運命だからなぁ……。なんとか生き残りたいから、シナリオとは違う生き方をしたいのだけれど。
そして、聖騎士団の騎士団長である父から、夕食後に魔法の特訓を受ける。
「まずどんな魔法を使うにせよ、魔力量が少ないままでは話にならない。当面は魔力量を増やす訓練をしてもらう」
「どうやって増やせば良いんですの?」
「自分の魔力を使い切って枯渇させ、夜ぐっすり眠ることで、回復させる。すると、もともとの量よりも少し魔力量が上回る」
「使い切る……」
「そうだ。枯渇する程、魔力を使い切る為に、魔石に魔力を注入する。やってみなさい」
見た目はごく普通の石。この石に自分の魔力を注ぐ。私は火魔法の属性なので、魔石は赤色に色づいた。一個くらいではまだ平気だ。
ちなみにこの特訓もお兄様は付き合わされている。ごめんね。
「お兄様、特訓に付き合わせてごめんなさい」
「いや。女神様の言葉が本当なら、魔王復活の前にやれることはやらなきゃな。俺も死にたくないし」
お兄様も攻略対象だから、ヒロインに選ばれれば、生き残れる可能性はある。
私と同じ赤髪でつり目だが、今は少年らしさも残る好青年な見た目で、性格も温厚で優しい。ゲームでの成長したスチルは、とてもイケメンだった。チャラ男だったけど。
そう。ゲームでのキャラクター設定は、今とかなり異なるのだ。今は優しくて穏やかな好青年なのに、数年後の魔法学園入学後はチャラ男になっている。
ストーリー開始時点で、お母様が魔物の瘴気で病み、お父様は心を痛めて騎士団長を辞す。両親と私が療養の為、領地へと旅立ち、1人王都で学園に残されたお兄様は、寂しさからチャラ男へとキャラ変してしまう……らしい。
(こんな好青年のお兄様をチャラ男にしてはいけないわ! なんとしても阻止しないと!)
思い出せば思い出すほど、やらなければならないことが増えていく。
まずはお母様ね……。魔物の瘴気に当てられて病んでしまうなんて、この王都にいる限り考えられない。今は王都から離れた国境の森付近で魔物が出現していると聞いている。王都からどこかへ出掛ける時に魔物に襲われるのか、それともあと数年の間に王都でも魔物が出るのかもしれない。
ゲーム内ではレベル上げの為だろうが、学園の裏にある森に魔物が多く潜んでいた。だとすれば、王都でも魔物が出るようになる説が有力だろう。
(早く、魔物を倒せるようにならなくちゃ!)
魔石に魔力を注入していく。まだ三個目の魔石だが、もう身体が危険だと叫ぶように気持ち悪さが込み上げてきた。意識が飛びそうになってきたので、あと少しで魔力が枯渇するのだと分かる。
(わ、私が、家族を……まも……る……!)
「リディ! 無茶しすぎだ!」
「リディ!!」
お父様とお兄様の心配する声が聞こえてきたが、それに応える力は残っていなかった。
*
「あぁ、気がついたかい? よかった。心配したよ。リディア嬢」
目を開けると自室のベットで横になっていた。もう陽が高く、昨夜魔力を枯渇して倒れてから、随分眠ってしまったようだ。
恐らくもう朝は過ぎ昼近くだろうが、枯渇したはずの魔力は一晩で随分回復していた。
そして。
前回王宮で倒れた時と同様に、ベッド脇の椅子に堂々と腰をかけて微笑むこのお方。
「あの、何故ここに、クリストファー殿下がいらっしゃるのでしょう?」
「その後の体調が心配で、見舞いに来たんだ。そしたら昨夜まだ君が倒れたと聞いたから」
にっこり悪びれもせず、クリストファー殿下が言った。
ドアが開いているとはいえ、またもや寝室に二人きり! しかも絶対寝顔ガッツリ見ましたよね?!
(いやいや! 乙女の寝室に何度も単独で入室しちゃ駄目でしょ! プライベート侵害! この屋敷の人もなんで通しちゃったの?!)
どうせ、『リディアを未来の王子妃に!』と張り切っているお母様あたりが、あっさり許可して通してしまったのだろう。でも、ここ王宮じゃないですし! 護衛の方とか側近の人とかも一緒にいてほしいし、うちのメイドも誰一人控えてないってどういう状況?! しかしここいるのは殿下だけ。不満をぶつけていい相手ではない。寝起きだが、精一杯の猫を被ることにした。
「ご、ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
「君は身体が弱い訳ではないと聞いていたのだが……。必要なら宮廷医を寄越すから一度診てもらうといいよ」
「い、いえいえ! 前回も今回も、心当たりがありますの! 重大な病ではありませんからお気になさらず! おほほほ……」
「そう? それならいいけど」
殿下に「貴方の顔を見たら前世のゲームを思い出した!」と言っても信じて貰えないだろうし、「女神の声を聞きました!」なんて言ったら聖女気取りの虚言癖だと思われそうだ。さらには公爵令嬢が剣術と魔力量アップの稽古をしているのを堂々と吹聴するのは気が引けて、ここはちょっと誤魔化してみることにした。
「そ、それよりも、花束をありがとうございました! 赤い薔薇が好きなのでとても嬉しかったですわ」
「喜んでもらえてよかったよ。女性に花を贈るのは初めてだったから、どんな花にするか迷ったんだ……。でも薔薇ならば君のその綺麗な赤い髪によく映えると思って」
(~~~ッ!!!???)
ものすごいイケメンがはにかんでいる!! 何その顔! 可愛い! こんな神スチル知らない! どうしてスクショ機能がないの?!
「あ、あ、ありがとう、ございます」
「また、贈ってもいいだろうか?」
「は、はい……」
「ありがとう」
か、可愛い。少年の殿下可愛い。イケメンだけどまだ少し幼い彼の、ちょっと恥ずかしい表情! なんてレアなの?! 殿下の婚約者にはなっちゃダメなのに、こんな可愛く聞かれたら頷くしかないでしょ! これがシナリオの強制力?!
そして本当に殿下は、その後も定期的に薔薇の花を贈ってくださった。
猫を被った私をどうやら気に入ってくださっているらしい。本当の私は剣を振るい、筋トレをして、攻撃魔法を絶賛練習中のお転婆令嬢だ。きっと本当の私を知ったら、あっさり心変わりするんだろうな。
メインキャラの王子様は、案外ちょろいのかもしれない。
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