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1 プロローグ
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厳しい冬が過ぎ去り、柔らかな春の光が優しく包み込むような陽気。
見渡す限り色とりどりの花や植物が植えられ、手入れが行き届いた美しさは、さすが王宮の庭園だ。
外でお茶会を催すにはぴったりの良き日。
新緑のドレスで着飾った私、リディア・メイトランドは不貞腐れていた。
「お母様に言われた通り大人しくしてるのに、全く楽しくないわ……」
今日はデビュー前の令嬢や令息が集まり、王宮の庭園で親睦を深めるためのお茶会が催されている。
だが、お茶会の真の目的は、今年12歳になる王子の婚約者候補を集めて、的を絞ること。しかも、その候補者の中に、私も含まれているらしい。
(結婚とか、婚約とか、ぜんっぜん興味ないのに!)
公爵令嬢たるもの、いつかは政略結婚をするのだと教え込まれてきた。だが、私はまだ10歳になったばかり。お茶会より今日もディーンお兄様と剣術の修業をしたかった!
その上、先程から周りの令嬢たちが遠巻きにコソコソ話しているのも気に食わない。王子と誰が婚約者になれるか、腹の探り合いをしているようだ。面倒くさい。
(お友達も出来そうにないし、もう帰りたいわ……)
この見た目のせいか、なかなか他の子も話しかけてくれない。私の赤い髪色は派手だし、大人びた顔立ちでつり目だからか、気が強そうに見えるらしい。かといって、自分から話しかけてまで仲良くなりたい子もいないし、ドレスは苦しいし、走って逃げ帰りたかった。
*
今日は朝から、お母様と侍女のメアリーがはりきっていたので嫌な予感はしていた。朝食後、有無を言わさず磨き上げられ、最上級のおめかしをさせられて、公爵家を出発。王宮へ向かう馬車の中でお茶会のことを知らされたのだ。
馬車で聞かされたのでは逃げる隙もない。母は逃亡の機会を計る娘に懇々と告げた。
「リディア、よいですか。国王様と王妃様が自らお声がけいただいたお茶会なのです。くれぐれも失礼のないように! 公爵令嬢たるもの、走ったり木に登ってはいけませんわよ!」
「それくらいわかっておりますー」
鬼のような形相のお母様に、口を尖らせて言い返す。いつものやりとりにお母様は呆れた様子で溜め息をついた。
私は昔から令嬢らしくないことをしたがるので、よく叱られてきた。
広い野山は駆け巡りたくなるし、立派な木があれば登りたくなる。お兄様の剣術の稽古も一緒に参加しているし、護身術くらいなら会得している。身体を動かすことに喜びを感じる自分は、少し変わった令嬢であることは自覚していた。
そういうわけで、王宮へ向かう馬車に乗っている間ずっと、公爵令嬢として大人しくしているようお母様にキツく言われ続けたのだった。
*
会場の隅で不貞腐れていると、一緒に参加していたディーンお兄様がやってきた。
「どこにいるのかと思ったら、こんな隅に居たのか」
「だってつまらないんですもの」
ディーンお兄様とはいつも一緒に剣術の修行をしていることもあって、仲が良い。お茶会の場だというのに、思わず本音が溢れた。
公爵家嫡男かつ顔も良いお兄様は、御令嬢達に囲まれて忙しそうだったのだが、なんとか抜け出してきたようだ。
「じゃあ、一緒にクリスのところに行かないか?」
「まぁ、クリストファー殿下のところへ?」
「可愛いリディアを自慢しなくちゃ」
クリスとは、我がラビング王国の第一王子である、クリストファー殿下のことだ。
殿下とお兄様は同じ年齢で、遊び相手として幼い頃から王宮に呼ばれていた為、二人は固い友情で結ばれている。
お兄様に連れられて、クリストファー殿下をはじめとする令息たちの集団に混ざる。遠目から殿下の様子を見ていたらしい令嬢たちが、恨めしそうに見てくるので居心地が悪い。私がクリストファー殿下にお会いするのは、これが初めてだ。
「クリス、妹のリディアを連れてきた」
一国の王子になんという言葉遣い! と驚きながら、淑女の礼をとる。すると頭上から優しく殿下が声をかけてくださった。
「ディーンからよく聞いている。リディア嬢に会うのを楽しみにしていたよ」
「お初にお目にかかります。リディア・メイトランドと申します」
ゆっくりと顔をあげる。すると、そこには美しい王子様が優雅に座っていた。ふんわりした金色の髪、透き通るアイスブルーの瞳、整ったご尊顔に驚く。同じ12歳の兄とは別次元の生き物なのでは、と思うほどに大人に見えた。
殿下の周りには眼鏡の少年と、ディーンお兄様、背後に騎士の恰好をした同じくらいの年齢の男の子も立っていた。
(クリストファー殿下……金の髪! 青い瞳! なんてイケメン! ……ん? イケメンってなんだっけ?)
「こちらは僕の侍従のキース、そして後ろにいるのは聖騎士のアランだよ。最年少入隊したんだ」
「よろしくお願いいたします……」
(みんなイケメン……そりゃそうよゲームのメインキャラだもの……ってゲーム?)
自然と思い浮かぶ謎の単語。『イケメン』や『ゲーム』、『メインキャラ』など知らない単語なのに、使い慣れた言葉のような気がしてきて、混乱する。
この四人を前にしてから、頭が混乱してきた。何故だか初めて会った気がしない。絵画のようなもので、彼等を見たことがある気がする……。イケメン……ゲーム……?
(あれは……私の、────前世?)
とてつもない頭痛に襲われていると気付いた時には、一気に押し寄せてくる記憶に酷い目眩がして、私はそのまま意識を手放した。
見渡す限り色とりどりの花や植物が植えられ、手入れが行き届いた美しさは、さすが王宮の庭園だ。
外でお茶会を催すにはぴったりの良き日。
新緑のドレスで着飾った私、リディア・メイトランドは不貞腐れていた。
「お母様に言われた通り大人しくしてるのに、全く楽しくないわ……」
今日はデビュー前の令嬢や令息が集まり、王宮の庭園で親睦を深めるためのお茶会が催されている。
だが、お茶会の真の目的は、今年12歳になる王子の婚約者候補を集めて、的を絞ること。しかも、その候補者の中に、私も含まれているらしい。
(結婚とか、婚約とか、ぜんっぜん興味ないのに!)
公爵令嬢たるもの、いつかは政略結婚をするのだと教え込まれてきた。だが、私はまだ10歳になったばかり。お茶会より今日もディーンお兄様と剣術の修業をしたかった!
その上、先程から周りの令嬢たちが遠巻きにコソコソ話しているのも気に食わない。王子と誰が婚約者になれるか、腹の探り合いをしているようだ。面倒くさい。
(お友達も出来そうにないし、もう帰りたいわ……)
この見た目のせいか、なかなか他の子も話しかけてくれない。私の赤い髪色は派手だし、大人びた顔立ちでつり目だからか、気が強そうに見えるらしい。かといって、自分から話しかけてまで仲良くなりたい子もいないし、ドレスは苦しいし、走って逃げ帰りたかった。
*
今日は朝から、お母様と侍女のメアリーがはりきっていたので嫌な予感はしていた。朝食後、有無を言わさず磨き上げられ、最上級のおめかしをさせられて、公爵家を出発。王宮へ向かう馬車の中でお茶会のことを知らされたのだ。
馬車で聞かされたのでは逃げる隙もない。母は逃亡の機会を計る娘に懇々と告げた。
「リディア、よいですか。国王様と王妃様が自らお声がけいただいたお茶会なのです。くれぐれも失礼のないように! 公爵令嬢たるもの、走ったり木に登ってはいけませんわよ!」
「それくらいわかっておりますー」
鬼のような形相のお母様に、口を尖らせて言い返す。いつものやりとりにお母様は呆れた様子で溜め息をついた。
私は昔から令嬢らしくないことをしたがるので、よく叱られてきた。
広い野山は駆け巡りたくなるし、立派な木があれば登りたくなる。お兄様の剣術の稽古も一緒に参加しているし、護身術くらいなら会得している。身体を動かすことに喜びを感じる自分は、少し変わった令嬢であることは自覚していた。
そういうわけで、王宮へ向かう馬車に乗っている間ずっと、公爵令嬢として大人しくしているようお母様にキツく言われ続けたのだった。
*
会場の隅で不貞腐れていると、一緒に参加していたディーンお兄様がやってきた。
「どこにいるのかと思ったら、こんな隅に居たのか」
「だってつまらないんですもの」
ディーンお兄様とはいつも一緒に剣術の修行をしていることもあって、仲が良い。お茶会の場だというのに、思わず本音が溢れた。
公爵家嫡男かつ顔も良いお兄様は、御令嬢達に囲まれて忙しそうだったのだが、なんとか抜け出してきたようだ。
「じゃあ、一緒にクリスのところに行かないか?」
「まぁ、クリストファー殿下のところへ?」
「可愛いリディアを自慢しなくちゃ」
クリスとは、我がラビング王国の第一王子である、クリストファー殿下のことだ。
殿下とお兄様は同じ年齢で、遊び相手として幼い頃から王宮に呼ばれていた為、二人は固い友情で結ばれている。
お兄様に連れられて、クリストファー殿下をはじめとする令息たちの集団に混ざる。遠目から殿下の様子を見ていたらしい令嬢たちが、恨めしそうに見てくるので居心地が悪い。私がクリストファー殿下にお会いするのは、これが初めてだ。
「クリス、妹のリディアを連れてきた」
一国の王子になんという言葉遣い! と驚きながら、淑女の礼をとる。すると頭上から優しく殿下が声をかけてくださった。
「ディーンからよく聞いている。リディア嬢に会うのを楽しみにしていたよ」
「お初にお目にかかります。リディア・メイトランドと申します」
ゆっくりと顔をあげる。すると、そこには美しい王子様が優雅に座っていた。ふんわりした金色の髪、透き通るアイスブルーの瞳、整ったご尊顔に驚く。同じ12歳の兄とは別次元の生き物なのでは、と思うほどに大人に見えた。
殿下の周りには眼鏡の少年と、ディーンお兄様、背後に騎士の恰好をした同じくらいの年齢の男の子も立っていた。
(クリストファー殿下……金の髪! 青い瞳! なんてイケメン! ……ん? イケメンってなんだっけ?)
「こちらは僕の侍従のキース、そして後ろにいるのは聖騎士のアランだよ。最年少入隊したんだ」
「よろしくお願いいたします……」
(みんなイケメン……そりゃそうよゲームのメインキャラだもの……ってゲーム?)
自然と思い浮かぶ謎の単語。『イケメン』や『ゲーム』、『メインキャラ』など知らない単語なのに、使い慣れた言葉のような気がしてきて、混乱する。
この四人を前にしてから、頭が混乱してきた。何故だか初めて会った気がしない。絵画のようなもので、彼等を見たことがある気がする……。イケメン……ゲーム……?
(あれは……私の、────前世?)
とてつもない頭痛に襲われていると気付いた時には、一気に押し寄せてくる記憶に酷い目眩がして、私はそのまま意識を手放した。
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