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エストレヤ イグニス

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アティに会いたい思いが先走り、とても早い時間に目覚めてしまった。
お父様を急かしているつもりはないんだけど「早すぎるのはいくら先触れを出しているからと相手に迷惑となる」と窘められてしまった。
だけど、のんびりしていたらアティが解消を決断してしまいそうで落ち着いていられなかった。

時間が過ぎるのがもどかしい。

早く…早くアティに会いたいのに。
漸くお父様から許可が降りアティの所へ向かう馬車に乗り込んだ。

「エストレヤ」

馬車が走り出してからお父様が口を開いた。

「はい」

「昨日は言わなかったが、アティラン様はとても衰弱しているようだ。食事も僅かしか取らず睡眠も…。」

「そんなっ…。」

そんなに体調を悪くしていたなんて考えても見なかった…。

「エストレヤに酷い事をしたと、随分と自分を責めているようだ。」

「そんな…媚薬の所為なのに…。」

アティは悪くない。

「あぁ、だとしても二日間眠る程の事をしたのは確かだ。」

「…僕からアティの部屋に行ったのに…。」

僕の意思で、誰かに言われた訳じゃない。寧ろフロイント様は僕が行くのを止めてくれていた。

「ちゃんと伝えなさい。…別れを言われたくなかったら諦めるな。」

「…はぃ。」

アティは僕との別れを考えているのかな…。
婚約解消なんてしたくないのに…。
絶対にしないからっ。

決意を胸にグラキエス公爵家に到着した。
僕の屋敷とは全く違う荘厳さがあり、使用人の方達も纏っている雰囲気が違った。
そんな方達と共に公爵様が出迎えてくれた。
以前も思っていたが公爵様はアティにそっくりで、更には大人な色気も身に纏っていた。
いつかアティもあんな風になるのかなぁと思うと、未来のアティの隣には僕がいたかった。

「本日はわざわざお越しいただき感謝する。」

アティのお父様を前にして妄想していたが、これからその妄想が妄想で終わってしまうのかが決まる。

お父様達が挨拶をしていたが、アティの姿は見えなかった。
アティは何処にいるのかな?

「まずは応接室にどうぞ。」

「はい…エストレヤ。」

「ぁっはいっ。」

お父様に呼ばれ、公爵様や使用人の方達について行く。

アティは…そんなに僕と会いたくないのかな…。

応接室にいるかもと僅かな期待をしながら部屋に入るも、誰もいない部屋に案内された。

「エストレヤ様は体調の方はどうですか?」

「僕はもうなんともありません。」

アティのお父様だからって無理をしている訳じゃない。
本当にもう身体は大丈夫だった。

「そうですか、良かった。」

「…アティは…。」

耐えきれず僕から聞いてしまった。

「アティランは部屋にいます。」

「………。」

部屋…。
会いたいって言って良いのかな?

「エストレヤ様はどうしますか?アティランとの婚約。アティランは貴方次第だと話しております。」

「僕は解消なんてしません。絶対に…。」

そんなのやだ。
僕はもう、誰に嫌われたってアティを離すつもりはない。
アティは僕のものなんだからっ。

「あんなことが合ったのにアティランに対して恐怖を感じたりはしていませんか?」

「アティに恐怖なんて無いです、会えない方が辛いです。」

辛いから早く会いたいんです。

「…そうですか。」

「アティに…会えますか?」

「…アティランは部屋にいますが…とても弱っていてね、あんな姿見ても幻滅しませんか?」

「しません、どんな姿でも僕はアティと別れたりしません。」

僕はアティのお父様の目を逸らすことなく見続けた。
勝ち負けではないが、目を逸らしてはダメだと分かったから。

僕は弱くて卑怯ですぐ逃げちゃうけど、アティの事だけは逃げたくない。

「…そうですか。ニル、案内を。」

「はい」

使用人のニルさんにアティの部屋に案内された。

凄く緊張してくる…。
公爵様はアティの事を「あんな姿」って仰った、それ程変わっちゃったの?
アティ…大丈夫?
アティ…早くアティに会いたいよ。

こんこんこん

アティの部屋の前で立ち止まり、待っているだけで緊張感が増していく。

「アティラン様、エストレヤ イグニス様がいらっしゃいました。」

使用人の方に名前を呼ばれただけで怖かった。
「帰れ」とアティに言われるのではと不安で仕方がなくて…。

だけど、アティからの返事がなかった。

「ぁっアティィ」

どうしても声が震えてしまった。
入っちゃだめなのかな?

「アティ…」

がちゃ

使用人が扉を開け、中を確認後部屋へ促してくれた。
アティからの返事はなかったけど、良いのかな?と思いながら部屋へ入った。

アティはソファに深く座り俯いている。

部屋に入った僕に反応することはなかった。
アティのいるソファまで近付き使用人の方に視線を送ると、彼は小さくお辞儀し出ていった。

部屋には僕達二人きりになった。

「アティ?」

この距離で聞こえないと言うことはないだろう。
僕の存在に気付いてないように、アティからの反応はなかった。

「アティはもう大丈夫?」

「………」

「僕はもう平気だよ。」

「………」

いくら話しかけてもアティは人形のように居るだけで、動かなかった。

「アティ…まだ気分悪い?…アティ僕の事嫌いになっちゃった?…僕と婚約……解消したい?」

返事がないので僕が一方的に質問をするばかりで、口にしたくなかった「婚約解消」という言葉を出しても反応してくれなかった。

アティ…。

「アティ…アティ………」

「………」

ねぇ、何か言って。
僕を見てよ。
そんなに僕のこと嫌いになっちゃったの?
僕が嫌いになってもアティは僕のことを嫌っちゃいけないんだ…あんな事をしたんだから責任をとらないといけないんだからっ。

「アティの意気地無しっ弱虫っ。僕平気だよ、相手はアティたったんだもん。アティが僕以外の人とじゃなくて良かったって思ってる…もし、時間が戻っても僕はあの部屋に行く。誰にも行かせない、アティの相手は僕だけだよ。アティが何て言おうと僕、婚約解消なんてしないから。絶対にしないから。もし僕に償いたいつて思ってるなら婚約を続けて。結婚も子供も全部僕として。僕以外とはしないで………アティ…アティ…っく…ひっく…アティのバカっ。」

泣いているのを見られるのが嫌で下を向いて隠した。
どうせ今のアティは僕を見ていないから、泣いてるのなんてきっとわからない…。
気持ちを落ち着かせてアティに向き直った。

「ぁっアティ?」

顔をあげるとアティと目があった。
頬が痩け、こんな数日でこんなにも見た目が変わることに驚いた。
目の下にも隈が有るように見え、お父様から聞いた通り眠れていないことを知る。

「酷い事をした…。」

「…ぅん。」

うんんと言った方が良かったのかな?だけど、嘘はつかなかった。
あの日のアティの抱き方は乱暴で僕は着いていけず翻弄された。
お尻も…目覚めた時ちょっと痛かった。

「俺の事…嫌いに…」

「なってない。」

「…怖い思い」

「してない。」

「婚約は?」

「このまま。」

「…エストレヤに触っても?」

「…いっぱい触って。会えなかった分も…。」

「………」

「アティ大好きだよ…そっちに行っても…良い?」

「……ぅん」

いつもならアティの膝に座るが今日は…アティが望んでくれていないきがした。
大人しく隣に座りアティの顔を見て隣に座ると分かる。
アティ凄く痩せた。
顔だけでなく全身が以前と違う。
僕の知っているアティの指より細かったし、シャツから覗く鎖骨が以前よりハッキリと見えた。

「アティ食事はちゃんと食べてる?」

「…んっ。」

「睡眠は?」

「んっ」

アティの頬に触れると、目を閉じ僕の肩におでこを乗せくる。
僕の腰に腕を回しても、アティのエッチな触れ方じゃなかった。

「アティ食事しよっ。」

「…ん」

ベルを鳴らして使用人を呼んだ。

「軽食を頼めますか?」

「畏まりました。」

無駄は一切なく洗礼された使用人だった。
アティ付きの方なのかな?

「アティ」

背中を撫でると、触れた感触が違うのが分かる。
顔や手だけでなく身体も細くなっていた。
程なくして軽食が届き、おいしそうな一口サイズのサンドイッチが沢山届いた。

「アティ…食べようっ。」

ゆっくりと離れるも、アティの腕は僕の腰から離れてはいなかった。
サンドイッチを一つ手に取った。

「アティ食べて。」

口元にサンドイッチを差し出せば、アティは食べてくれた。
雛に餌を与えているようで母性本能なのかアティが可愛く見える。
たまに唇に指が触れてしまう。
故意なのか偶然なのかわからないけどドキッとしちゃう。

「アティ美味しい?」

欲しくて言った訳じゃないけど、強請ったようになってしまった。
アティは僕の手から咥えたサンドイッチを口で差し出してくれた。

「んっ」

アティの唇に触れながらサンドイッチを口移しで貰った。

「美味しっ。」

僕の言葉を聞いたアティは自ら手を伸ばし、サンドイッチを僕に差し出してくる。

「アティが食べて。」

首を振りながら僕の口元にサンドイッチを差し出し続けたので、口で受け取りアティの口元に差し出した。
僕の考えを読み取り、アティは僕の口からサンドイッチを食べてくれた。
その後は何度もアティの手から僕の口へ、そして僕の口からアティの口にを繰り返してお皿にあったサンドイッチを全て食した。

「美味しかった?」

「ん」

アティは再び僕の肩におでこを乗せた。
確り食べて眠くなってきたのか、肩に感じるアティの重みが増していく。

「アティ眠い?」

「…ん」

「眠って。」

アティは僕の肩で首を振った。

「アティ眠いでしょ?」

「…離れたくない。」

「大丈夫、僕側にいるから。」

「………」

アティの背中を撫で続けていると、完全に僕に寄り掛かるよう眠ってしまった。
残念なことに僕はアティを支えられず、ソファに押し倒されてしまったが、嫌なんて思うこともなく、使用人も呼ばず受け入れ続けた。
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