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使用人

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「エストレヤ様の婚約者が決まったみたいだ。」

使用人達は調理場や洗濯場や庭掃除中と侯爵の目につかぬ場所で噂話をしていた。

「誰ですか?」

「なんとグラキエス様だってさ。」

「グラキエス様?」

相手の名前を出した瞬間、一気に熱気が高まった。
グラキエスは貴族だけではなく、貴族と接することのある者にも有名人であった。

「王子の婚約者の?」

王子の婚約者として知れ渡り眉目秀麗というだけで噂されているのではなく、平民街で貴族が平民を理不尽に侮辱し暴力を振るっている場に、駆けつけた騎士さえも止められない中グラキエスが止めに入り貴族の男に加勢するのではなく公平に判断し横柄な貴族に制裁を加えた話は有名だった。
その事もあり、一部の貴族からは潔癖な貴族と陰で噂されていたが平民からしたら公平に裁いてくれた信頼できる珍しい貴族として広まった。
その噂は平民から使用人に、そして貴族に伝わっていた。

「婚約は解消されたろっ。」

「あっ、確か王子の浮気と暴力だったよね。」

グラキエス信者とまではいかないが、グラキエスに味方するものは多くいた。
見た目も美しく不正をしない貴族と、婚約者がいる身で堂々と浮気をする王族では比べるのもおかしい事だ。
王族だからと許されて良いはずがない。
グラキエス家は公爵だ。
公爵家にそのような態度を取る事がどのような意味なのか全く理解していない無能と嫌われていたのに、暴力まで振るったとなれば王子に味方するものは居なかった。

「そっ、正確には突き飛ばしてグラキエス様を記憶喪失にさせたとか。」

記憶喪失までさせたのには、もう言葉もでなかった。

「記憶喪失…。」

「未だに記憶はないと?」

「そうなんじゃない?記憶が戻ったら王家としては王子の婚約者復帰にさせたいでしょ。」

能力もあり平民からも支持されている貴族は珍しく家柄は公爵家、申し分ない相手だ。
むしろそんな貴族は、今までに居なかったであろう。

「記憶喪失だからエストレヤ様と婚約が決まったってこと?」

「そうなんじゃない?」

「エストレヤ様は幸運ですね。」

「どうだろうな、記憶が戻ったら王家は欲しがるだろ?あのグラキエス様だよ?」

「確かに…えっ?婚約したのに記憶戻ったら解消される可能性もあるってことですか?」

「あるんじゃないのか?」

「うわぁ…。」

王子の暴力で記憶喪失になり婚約解消したのに、記憶が戻ったら再び婚約者なんて理不尽だ。
しかも、婚約解消させる可能性もあるなんて王族ならなにしても許されるのだろうか?

「使えるものはなんでも使う。貴族は王族のもの…。」

「………。」

「皆噂話はその辺にして、グラキエス公爵様がいらっしゃいます。粗相のないように。」

「「「「「「「「はい。」」」」」」」」

使用人長の言葉で、王家による身勝手な婚約解消(妄想)話は終了となった。

使用人も交えグラキエス公爵一行を出迎えた。
公爵と夫人に続きグラキエス様が降り立ち、エストレヤ様を目指し二人は口付けを交わした瞬間、予想だにしない光景に使用人もイグニス侯爵夫妻も二人の口付けに見入ってしまった。

「……ぁっ…まず中へ…どうぞ。」

「あぁ。」

公爵と侯爵の会話に己の役割を思い出した使用人達が動き出す。
お客様の後ろを歩く使用人は、エストレヤ様の腰に腕を回すグラキエス様に釘付けとなっていた。
応接室に入ることを許された使用人は、侯爵のアイコンタクトや紅茶のお代わりなど見逃さないように神経を尖らせた。
婚約話が問題なく進み書類にサインを終え、一気に穏やかな空気になった。

「エストレヤ。」

甘く名前を呼ぶグラキエス様に視線が集まった。
何が起こるのか視線で追えば、エストレヤ様がグラキエス様膝の上に座った。
目を見開き何が起きているのか、脳が理解できずにいた。
恥ずかしそうにエストレヤ様はグラキエス様の膝に座っているが、グラキエス様は見たこともない笑みを浮かべ口付けを交わしていた。

婚約者となったから問題はない…んだよな?

だめだ全く頭が回らない。
冷血だの無表情だの言われていた、あのグラキエス様が微笑んでいる姿。
理解が追い付かず、皆さんが困惑しながらも会話しているが全く脳が処理できずにいた。
既にエストレヤ様とグラキエス様には関係があるとか…。
関係ってなんだっけ?
関係って関係だよな?
グラキエス様も態と分からない振りをして、侯爵を弄んでいるようにも感じるのは気の所為か?
埒が明かないとばかりに「セックス」と侯爵の口から聞いたのには驚くべき事なんだろうが、驚きもでない程混乱していた。
侯爵の質問の答えは「はい」だった。
グラキエス様はなんの後ろめたさもなく事実を淡々と答えているが、エストレヤ様は顔を隠していた。
その行動により、グラキエス様が真実を言っているのだと受け取れた。

二人は既に恋人同士だった。

聞かされた事実にもう既に許容範囲を越え、己の仕事に支障を来すのではと不安になった。

すみません、お休みをください…。
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