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2章:運送テイマー(仮)

73話:憑き物そのもの

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 アスラに乗って東を目指しているが、向かい風が凄い。
 
 今までは後ろに獣人族の女たちを乗せていたが、今はもう仲間たちしかいない。あとは新しく仲間に加わったラーダか。
 
 だからだろうか、アスラの移動速度が尋常じゃなく速い。

 ベヒーモスやレックスは必死に追いかけてきてはいるが、徐々に差が広がっている。途中で休憩を挟まないと二匹が潰れそうだな。

 こんな速度で移動してきて襲われたんじゃ、そりゃ天災と言われても仕方ない。
 いや、本気を出せばもっと早いのかもしれない。

 だが不思議なことに、乗っている俺たちは向かい風は感じるものの、特に負荷を感じずにいる。
 普通はGがかかって、しがみつかないと振り落とされそうなものだが、これもアスラの力だろうか。

 なんであれ快適な移動手段であるアスラには感謝の気持ちしかない。
 今度何か望むものを……可能な範囲で礼として与えたいな。



 ▽   ▽   ▽



 そんなこんなで、アスラの常識はずれな移動速度で進んだ俺たちは、暗くなる前に砦前に到着した。

 ――道中、大量の魔物の死体を見かけながら。

「……これは」

「手遅れだな」

「憑き物が通ったあとみたいだなぁ」
 霞と疾風の言葉を聞く限り、これはもう絶望的な状況か。

 強固な砦があったであろう場所は、見事に瓦解して瓦礫の山だ。
 
 未だ砦の面影を残している部分があったおかげで、を砦があった場所だと理解することができる。

「こりゃあ急がないとマズイかもしれないぜ」
 疾風の言う通り、ここがこの有様ということは、既にヤツはここを突破したということだ。
 一刻の猶予も無い。急いで――

「うわっ」

「やってくれるわねぇ!」

「チィ……!」

 アトラが俺を後ろに引っ張り、霞の水の壁が俺の居た前に現れた。

 このパターン、それはつまり――

「「ご主人様! 襲撃です!!」」
 エリザベスとアルの言葉を聞くまでもなく理解した。このパターンはもう慣れた!

「敵は!?」

「一体、いえ、一人だけみたいだぞ……」
 一人――ヤツか!?

 いや、霞たちは空を見上げている――?

 その視線の先には……。

「フ、フ、フ……」
 なんだ、あれ……?

 人の形をした何かが空に浮かんでいる……。
 大精霊たちのようにスグに判断できなかった。それを人と呼んでいいのか、わからない。

 人の手足はある。肌は白……いや、青白い?
 目は青く光っている。それが人と判断できなかった。
 だがなんとなく、それが女のように見えた。
 
 そしてもう一つ、黒く長い、髪のような物が頭部分に漂っている。
 いや、髪以外にも何か黒い物がある……?

「フ、フ、フ……」
 ソイツは笑って俺たちを見下ろしている。
 ホラーゲームに出てきそうなヤツだぜ……。
 
「……そうか、ヤツは憑き物そのものか!」
 霞の言葉に珍しく焦りの色が見えたが……そういうことか、その言葉を一瞬遅れて理解したぜ。

 〝憑き物そのもの〟

 ……その言葉が意味することは。

 動くべきか――様子を見るべきか――先手を打たれたら――いや既に攻撃はされて――なら――

 わずか一瞬の刹那の思考の末、俺が出した答えは――
 
「全員アイツを、憑き物女を倒せ!!」
 まるで三下のようなセリフだが、そんなこと考えてる場合じゃない!
 
 今まで憑き物は何かしら魔物に憑いていた。だから憑き物と呼ばれていたみたいだが、今目の前にいるのは、その憑き物そのものだ。

 何が起こるか分かったモンじゃない。誰かしらが憑かれる可能性もある。

 逃げるという選択肢も考えた。だが逃げ切れるかわからない。

 誰かが憑かれる可能性があるが、それなら攻撃を仕掛ける前に憑依してくるんじゃないか?

 それをしてこなかった理由はわからない。できないのかもしれない。ただやってこなかっただけかもしれない。それなら今できることは一つ。とにかく攻撃あるのみだ!

 俺が指示したあと、エリザベス、アルが飛び込み、霞と疾風が魔法の詠唱をしている。

 アスラも人型に変化し、俺たちは地面に着地した。疾風が詠唱の合間に風のクッションを用意してくれたおかげで、無傷で地面に降りられたのは感謝だ。

「チィ!!」
 着地と同時に、アトラ別の憑き物と思われる魔物と戦い始めた。
 そのものがいるなら、その僕たる存在がいてもおかしくないよな。

「ベヒーモスとレックスはアトラと一緒にアイツら倒せ!」
 空を飛べない組は地上の敵をなんとかしてもらうしかないな。
 
 空中ではアルが風の剣で憑き物女の身動きを封じ、それに合わせるようエリザベスは無数の針を飛ばしていた。

 だが――憑き物女は、避ける素振りも逃げる素振りも見せないどころか、身動き一つとっていない。不気味過ぎんだろ……。

 憑き物女にエリザベスの無数の針が襲い掛かり、アルの無数の風の剣に切り刻まれたところで、更に霞と疾風の魔法、竜の形をした水と風が憑き物女に食らいついた。
 
 駄目押しと言わんばかりにアスラの極太白光線が、憑き物女のいたところを突き抜けていく。

 ……流石に倒しただろ? 「やったか?!」なんてフラグは建てないぞ。

「やった!?」
 思わずその声に振り向くと、ラーダが言っちまった……。

 もくもくと漂う紫色の煙が、内側から球体状に吹き飛ばれた――

 クソッ、やっぱりダメなのか!

「……て、なんだよ、それ……」
 有り得ない。ソレで生きてるなんて有り得ないだろ……!

「気に食わないな……」
 霞がボヤくのも無理ない。憑き物女の体は、喰われたように体の部分部分を消失させていたが、笑っている。

「フ、フ、フ……タノ、シイ、ネ?」
 右半身、左下半身、頭部の一部が無いにも関わらず、憑き物女は笑いながら喋っている。

 いや、人間じゃないということを考えれば…………無理だ、そう考えたとしても、あの状態で喋る存在を見て冷静じゃいられない。いられるわけがない……。

「鬱陶しいわねぇ!」
「ブモォ!」
「ガォォン!」
 地上ではアトラたちが吹き飛ばされて後退していた。
 まさかあのアトラたちがそこまで手こずるとはな……。

「そ、そんな……」
 ラーダの悲痛な言葉、無理も無い。
 
 意識を切り替えよう。動揺はしたが、ヤツが人ではないバケモノなら、あんな姿でも喋るということを受け入れることができる。そう意識を切り替えて、冷静になっていく。

 冷静になったところで、考えた。アイツが今回の黒幕か?

 俺と同じ地球人には見えない。違う異世界人か? あるいは何かの成れの果てか……。

 何にせよ、アイツらは俺たちを攻撃した。そして俺たちは反撃した。だがアイツは生物として、生きているはずがない、生きていてはいけないダメージを受けても、生きている。認めたくないが、これが現状だ。

「これはなかなか」

「面妖な」

「冗談だろ?」
 霞、アスラ、疾風がそう言うのも無理はない。気のせいじゃなかった、アイツ、体が再生してやがる……!

「完全に修復される前に――!!」

「待ってください!」
 俺の指示を遮るように、誰かが大声をあげた。
 男の声だ。砦のほうから聞こえた? 生き残りか?

 憑き物女の下に黒い渦が発生したと思ったら、そこから一人の男が出てきたが……。

「主と同じなのか……?」
 霞のその言葉の意味――そういうことか
 
 黒い短髪に眼鏡、日本人のような顔立ち……あの男は、まさか俺と同じ地球人じゃないか?
 
 俺と同じローブ姿やバッグから、同じテイマーだということは分かる。

 その男は憑き物女への攻撃を止めさせ、いつの間にかボロボロだったはずの憑き物女が完全に再生して、男の隣に浮かんでいる。アトラたちと戦っていた憑き物らしき魔物もそこにいた。

 なるほどな、あの男が今回の黒幕だな……!
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