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8の扉 デヴァイ

それぞれが持つ 色

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「へえ、それは面白いね。是非入ってみたいものだ。でも、きっと君以外は誰も。入れない方がいいと思うけどね。」

「えっ。なんで、ですか?」

午前中の光が眩しく差し込む、白いクロスの上。

「祭祀の打ち合わせに」とやって来た魔女の店は、今日も明るく差し込む光が穏やかな、落ち着く空間である。

可愛らしい刺繍のクロスはいつもと同じ、白だけれど模様が違うので別のものなのだろう。
ベッドカバーも赤のお洒落な刺繍が組み合わされた、ものだったけど。

イストリアはどれだけこの手の込んだクロスを持っているのだろうか。


て、いうか。
どこで買ったんだろう………??

凡そ、この人が刺繍をしている姿は想像できない。
多分、デヴァイの頃の品か、それともラピスで?
直接、買ったとか??


そんな私が明後日の事を考えている間にも、イストリアの話は続いていた。

「しかし、「神域」とは。君の所では一般的なものなのかね?きっと君が感じた通り。個人で創るならば、ある意味そこは「魂の場所」になるだろうね。それが実現できるとは。恐れ入ったよ。まあ、君は君の「なか」にもきちんと持っているのだろうけどね。」

「………ん?「私の中」、ですか??」

半分しか聞いていなかった話を、とりあえず繰り返す。
なんだか大事な話であろう事は。
なんとなくでも、感じたからだ。

「そうだね。まあ、普通ならばそうやって自分の神域を創る事など、できないだろう?だから己の「芯」なのか「在り方」なのか、「道」なのか。その定義は人によって違うのだろうけど、きちんと「自分の道」を歩いているものは。身の内に、「その場所」があるのだと思うよ。丁度、真ん中辺りに、ね。」

「成る程………。」

自分の胸に手を当て、じっと見た。

私の、真ん中。

物理的な、「真ん中」でも、ある。

「私………いつも、この頃ぐるぐるしてるとフッと「こたえ」が降ってくるんですけど。それはこの「真ん中の私」が、応えてくれてるんだと思ってました。」

クスクスと楽しそうに細まる、薄茶の瞳。

テーブルに置かれた香り水の小瓶を、シャラリと揺らしながらゆっくりとただ、頷いているイストリア。
その様子を見ながら、やっぱり。
「この石達」と彼女も、近しい者だと感じていた。


今日、祭祀準備でここへ来るにあたり、この小瓶を持って行く事をふと、思い付いた。
そう、あのウイントフークが横流しした、私の石が入っているエローラからのプレゼントだ。

私的には「お母さんにチクる」的要素が詰まったこの、小瓶。
しかしお喋りに夢中でテーブルに出したままになっていたそれを、知ってか知らずか。
イストリアは愛おしそうに眺め、ただゆっくりと揺らしていたのだ。

「あの。それ………。」

「ん?ああ、これは君がこの間畑用にくれた石だろう?まだ余っていたのかい?」

「え、いや、まあ、そうなりますね。」

なんとなく言い出し辛くなって、そのままその様子を眺めていた。

目の前で、キラリ、キラリと美しく揺れる彩りの良い光、カットから漏れる石達の輝き。
小瓶自体も美しく光を反射して、つい一緒に無言で眺めていた。


「………ん?で?何故他の人間を入れない方がいいか、だけど。」

「あっ、はい。」

ピタリと止まった小瓶、イストリアに釣られピクリと反応した私も薄茶の瞳に視線を移した。
じっと、私を観察する様に眺めているその視線に嫌な感じは全く無い。

ある意味この親子に見られる事に慣れている私は、少し温くなったお茶を飲みながらその続きを待っていた。


「そもそも。「君の神域」なのだから、他の人間を入れる必要がないのも、ある。それに。」

「そこは「魂の場所」でも、あるのだから。他の者は入れなくて、当然さ。入れない方がいいんだ。「全ての色」という君の願いも、解るが。それは、全てのなんだよ。分かるかな?この説明で。」

「…………全ての、私の、色。」

「そう。色々見てきた君なら、何となくは解るだろう?他人ひとの色じゃ、ないんだ。今はまだ持たない色でも、それが君の中に加わり、君の色になった時。それが、魂の場所に加わるのだろうよ。」

「…………成る程。」

思わず深く、頷いていた。


なんで、そもそも他の人を入れようと思っていたのかから、ズレてたんだ。


「流石、イストリアさん………。」

「ハハッ、たまには頼ってくれたまえ。向こうに行ってからあまり私の出番は無いからね。いつでも、来てくれていいし。」

「はい、ありがとうございます。でも、出番が無いなんてそんな事はこれっぽっちもありませんよ。」

最初に手紙を貰ったことを思い出して、ジンとする。
あの、手紙が無かったら。

今の道も、違ったかも知れないし。
そう、イストリアはいつだって私が、自分の道を。
修正するのに役立つアドバイスをくれるのだ。


そんな事をしみじみと感じていると、聞き慣れた名が耳に届き、パッと顔を上げた。

「それに君がレナの様に、癒しの店でも始めるのなら話は別だが。しかしきっと君達は、在り方が違う。いや、君が。少し特殊なんだろうけど。」

「??」

「いや、何と言っていいか。」

そう言って言葉を切り、薄茶の瞳は暫し閉じられて。
なにやら考え込んでいる。

でも、私も始めはレナと一緒に店をやるつもりだったのだ。
癒し石を作るのも、私だし。

シンは「癒しそれしかしなくていい」とも、言っていた。

向いていない、ということなのだろうか?
イストリア的、には。


「ああ、いや、違うんだ。」

開かれた薄茶は私の顔を見てそう、優しく細まる。
そのままゆっくりと何かを考えながら、再び話し始めた。

「あのね?君には「色」で説明すると分かり易いかも知れないね…。それぞれ、人には「持っている色」が、あるだろう?」

「はい。」

確かに色で説明して貰えるなら、ありがたい。
大きく頷いて、少し座り直す。
私にとって、重要な気配がする話を姿勢を正して聞く為だ。

「それで。「癒し」というのは難しい仕事だよ。なにしろ目的をもってするならばとても、難しい。君の様に「振り撒く」のなら、何をも選ばぬだろうが、をできる者はまずいないだろう。」

「 ……… 」

「それでね?何故、難しいのかと言うと。例えば十色を持つ、癒されたい人が来て。五色しか持たぬ者が、それを癒せると。君は、思うかね?………そうだ。でも、ある。」

「しかしきっと、「特別な色」というものも存在して、癒しに向いた色を持つ場合もあるのだろう。それに加え、相手との相性、手段、雰囲気。様々な要因が絡み合う、その仕事はとても難しいものだと思うよ。まあ、レナには君の石という万能な物があるからね。いいとは、思うが。」

確かに。
私の石は「色を選ばない」だろう。
そんな気は、する。

「………だと、いいんですけど。でも、その話はよく、解ります。確かに。「持っていない色」は分からないもんな………。」

「そうだね。しかし持たない色の事は「持っていないことも分からない」んだ。そもそも自分の色が、何色なのか。それを把握している者すら、ここでは怪しい。だからというのも、あるよ。ここにそういった店が無かった、理由はね。」

「外側を飾る事だけに気を取られ、内側、心の問題、と言うのか。そこまで気を配る事に、気が付いていないんだ、まだ。きっと「なにかがおかしい」と感じている者は多いかも知れないけれど。………成る程、レナには色を使ってみる事を勧めてみようか。」

「あっ、今フリジアさんの所でもそんな話を………。」

占いのこと、メルリナイトのこと。
今度の星の祭祀で、「好きな色」を思い描いて欲しい事も、話す。

「ほう、それはいいね。なにしろ自分の事が、解らなければ。どこにも進んで行けないからね…。」


なんとなくしんみりする空気、少し翳った光が届くテーブルの上。

見慣れたハーブの花が、小さいグラスに集まって私達の話を聴いているのが分かる。
摘まれて長いからなのか、何も話す事のない花達はただ小さく揺れていて。

ただただ、温かく、応援してくれている様に見えるのだ。
でもきっと、私がそう、思うのなら。

そう、なんだろうけど。


「さあ、そろそろ話を詰めようか。」

「はい。」

私の気配が湿ってきた事を感じたのだろう。

雰囲気をパッと切り替えると、お代わりの支度をしようと立ち上がる水色髪を、じっと。

それもまた、留める様に目に映していたのだった。


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