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8の扉 デヴァイ
赤の区画
しおりを挟む「で?ヨルはこんな所で何をしてたわけ?」
相変わらずのハーゼルは、ここデヴァイでも学生の様なノリである。
しかし逆に遠慮は要らないかと思い直すと、私としては話しやすい。
ここへ来て、やたらと丁寧に扱われる事に慣れてはきたもののむず痒いのは変わらないからだ。
「うん、いや…色々、見てみようかと思ったんですけど。」
曖昧な返事をしつつも、視線は既に岩肌の見える不思議な空間を堪能し始めていた。
丁度入り口前でハーゼルに出会った私達は、何故だか待っていた様な彼に招かれ赤の区画へお邪魔する事になった。
あの、ローブの件や造船所の事で彼を警戒していたのだけれど。
「良ければ入って行くかい?」という彼の誘いは勿論、私にとってとても魅力的だった。
それに、千里を見上げ「大丈夫だと思う?」という私の視線に気が付いたハーゼルはあの時の事を謝ってくれたのだ。
「あの時は、ごめん」という彼の「あの時」が、どの時なのかは微妙だったが私に墓穴を掘るつもりは無い。
それに、「あの人を怒らせるとまずいからな」とハーゼルが言ったのはきっとウイントフークの事だろう。
ローブを持っていた彼の事を思い出して、ピンと来た。
きっと本部長は何か取り引きでもしたに違いない。
それなら大丈夫かと、紫の瞳を確認して赤の区画を堪能する事にしたのだ。
なにしろ既に、私が行った事のない場所は赤の区画だけだったから。
それに………。
以前、図書館でチカラを薄く通した時、赤にだけ何も無い事が少し気になっていた。
できるなら、ここにも何か置いて。
チカラを通したならば、きっとデヴァイが安定するだろう事は分かっていた。
なんとなく、だけど。
「何処が見たい?っても、そんなに見るものは無いけどね、ここは。」
「………赤は、洞窟…なの?」
岩肌を見上げながら、訊く。
中に入ってすぐ、目に飛び込んできたのは赤い岩肌、天井まで続くその大きな赤い壁はぐるりとこの空間を取り囲んでいる様に見える。
その内部に相応しい扉に迎えられた事を思い出して、ハーゼルの紺の瞳を見た。
赤の区画、その入り口で私達を迎えた大きく重そうな扉は、実は石で出来ていた。
まじないで開くからなのか、重さはそう感じない動きに驚きつつ、その彫りをじっと確認する。
外の調度と同じく線と楔が組み合わされた様な紋様、大胆さと重さが共存するその意匠はこれ迄の扉とは全く違う雰囲気である。
原始的ではあるが品良く秩序立った紋様に、中はどうなっているのか嫌が応にも期待は高まっていた。
その、石の扉の中がまるで洞窟なのだからテンションが上がらない訳がない。
「凄いね………なんか、古代文明みたいだけど各家の紋様って誰が決めたんだろうな…なんでこんなに違うんだろう?でも同じだとつまんないしな??」
いつもの様に一人ブツブツと呟いていると、肘の間から白いフワフワが顔を出した。
「ん?どうしたの?」
珍しくフォーレストが何か言いた気に、その緑の瞳をキラリとさせる。
私達が今居るのは、まだ扉を入ってすぐの大きく開けた空間だ。
まだ何も見えないこの広い場所を越えると、店がある場所なのだろう、少し離れた所から人の気配がするのが判る。
その、手前辺りに。
何故だか顔を見合わせあっている、ハーゼルと千里がいた。
ん?
何してるんだろ??
でもどちらかと言えば、睨み合っていると言うよりは千里がハーゼルを確かめているに、近い。
本部長から何か聞いているのか、ジロジロとハーゼルをわざとらしく眺めるとこう言った。
「お前だけ、何故ここに居る。」
ん?
その言葉を聞いてハッとしたのだが、そう言えばハーゼルはネイアなのだ。
ラガシュは他の人に代わってもらったと言っていたけれど。
ハーゼルも?
それとも………ちょっと帰って来ただけ、とか?
背の高い千里に見下ろされ、頭を掻いている紺色の瞳は少し悪戯っぽい色に変化し、逆に千里を確かめている様だった。
「君は…まじない人形だよね?まあ、でもあの人のだからなぁ。ふぅん?とりあえず僕は役に立つかと思って、先に帰って来たんだ。」
「役に立つ?」
少しだけ声色が変わったのが判り、思わずフワフワに手を乗せた。
が、その瞬間。
別の方向から、ザワザワと声が聞こえて来たのだ。
「やあやあやあ。ようこそ、いらっしゃいました。」
「どうぞ、こちらへ。」
「今日は赤の店へ?」
赤い岩肌の向こうからやって来たのは、赤ローブの老人達が五、六人。
丁度あの二人の背後から現れる形で真っ直ぐ私へ向かって進んで来たので、嫌でも私に声を掛けているのだと、判る。
なになに??
なんで?
えっ。
どう見ても歓迎ムードの偉そうな人達、いきなりの登場と勢いに、どうしていいか分からず固まっていた。
「彼女は僕のお客様ですよ。ねえ?」
高い天井の岩に、響くハーゼルの声。
「そうです。では、行きましょうか。」
それに答えたのは、何故だかいきなりきちんとし始めた極彩色であった。
「では、先約がありますので。失礼します。」
「こちらへ。」
フワリと寄り添うフォーレスト、先導するハーゼル。
その、少し驚いた様子の老人達はしかし咎めるまでも無く、ただ驚いている。
そうして、呆気に取られているうちに極彩色にサッと捕らえられた私、どう見てもハーゼルより身分が上であろう、その人達をそこに残して。
私達は、赤い通路をズンズンと奥へ進んで行ったのである。
「ハァ、嗅ぎ付けるのが早い、早い。」
「どこまで知っている?」
「どうだかね?しかし何も知らないに、しても。ヨルは魅力的だよ、どの家の者からしてもね。いやいや、俺はもう全然、アレだけどあいつはどうだか………。」
何やらモゴモゴ言い出したハーゼル、極彩色はじっとその紺色の瞳を見つめていたが他意は無い事が分かったのだろう。
そのまま辺りを確認し始めた。
私はハーゼルの言う「あいつ」が、誰だか気になったのだが問い詰める程でも、ない。
それに、それを尋ねたならば逆に私が気まずくなりそうな内容な気が、した。
うんうん、止めといた方が無難だよ………。
「ヨルは魅力的」なんて言葉、どう魅力的なのかは訊かない方がいいに違いない。
そう考え直して、私も千里に倣い辺りの観察をする事に、した。
でも既に千里は再び、ハーゼルに状況確認を始めていたけど。
兎に角珍しい、赤の内観に目を奪われた私は案の定そちらの話は全く、耳に入っていなかったのだ。
て、言うか。
何コレ。
凄っ。
ハーゼルから返事を聞く前に、奥へ来てしまったがここは確かに洞窟だろう。
いや、洞窟の様な「造り」なのか。
思いの外、高い天井。
しかし赤黒い岩肌も露わなそれは、やはりあの扉の意匠とも合い「もしかしたら壁画でもあるのかも」と、古代の洞窟の様な雰囲気を醸し出している。
荒々しいというか、何というか。
しかしきちんとそう「造られて」いるであろう、その天井や壁は崩れそうな雰囲気も無く、よく見るとキラキラと岩が反射して綺麗なのである。
小さな砂なのか、石なのか。
赤と茶、所々黒も混じったそれは等間隔に燈る灯りに照らされ不思議と妖精でも住んでいそうな雰囲気だ。
ここになら、スピリットが居ても不思議じゃなさそうだけどな??
ふと、そう思った瞬間パッとフワフワを確認する。
そう、言えば。
ハクロはこっちに来た時、大変だったって。
言ってた。マシロが。
え?
フォーレストは??
スピリット、だよね???
私がぐるぐるしているとどうやら行き先の決まったらしい二人に声を掛けられた。
「とりあえず、ざっと見てから奥へ行こうか。」
「奥?」
頷いている極彩色を見ると、大丈夫なのだろう。
歩き出した赤ローブを目の端に映して、緑の瞳を確認する。
「どうした?」
「ううん、………後でね。」
とりあえず、大丈夫そう。
て、言うか、今更だけど。
大分前から、フォーレストは外に出ているのだ。
どうして気付かなかったのかと、自分のポンコツぶりを嘆いたけれどよくよく考えて、みれば。
始めにフォーレストがこちらへ出たのは、全体礼拝だった。
しかし、その時はハクロの様子を知らなかったのだ。
千里が、普通に出入りしてるから、余計に気が付かなかったのだろう。
とりあえず具合の悪そうな様子は無いし、そもそも今更のこの話。
チラリともう一度、下の子の瞳を確認して微笑むと気を取り直して顔を上げた。
だって、ここも。
私の好きな、素敵な内装がチラチラと見え始めていたから。
それなら楽しむしか、ない。
そうして、フワフワの背を撫でつつ思い切り辺りを見回しながら。
初、赤の区画を堪能すべく、進んで行ったのだ。
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