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8の扉 デヴァイ

消失

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出来心だったの。

ほんの、少しの。


鉱山に石を埋め、さあ帰ろうかと思った私の頭に浮かんだのは、あの鮮やかな色の建物だった。

そう、私が生まれたという。
あの。


ほんの少し、勉強をしに滞在したあの、大きな神殿。

そう時間の許されていなかった私に、少しだけ余暇が出来たのはあの時が初めてだった。
それから時々、人目を忍んで出掛けていたけれど。

始めは少し、何かを考えていた風のあの人は私に手紙を託してくれた。

そう、誰に訊いても教えてくれなかった、あの。

私の、母のこと。

その、手紙は母が私に遺したものだった。





「ありがとう」が、ただただ、沢山綴られたその手紙は空白の部分もあって、もしかしたら何かを書こうとして書けなかったのかと。
すぐに、私には解った。

だって、その手紙から漏れる馴染んだ「色」は。

私をずっと守る、この石と同じ色だったからだ。


言葉にできない、想い、それが溢れて。

その「ありがとう」の前に入る言葉が、自分の「なか」にふわりと浮かんでくる。

とても短い、その手紙を滲ませない様に読むのは大変だったけれど、それは頑張ったわ。

私にとっては、二つ目の「母」が遺してくれた大切な、ものだったから。
本当は、持って行こうと思った。
ずっと。
肌身離さずに。

でもそれは、自分にとって難しい事も分かっていた。

私にそう自由は無かったし、見つかれば取り上げられないとも限らない。

あの家は、優しい人が多いけれど。


 「その時」が、来たならば。

私が身に付けれるものはあるのかどうかも、分からない。

本能的に、「これ」は持っていてはいけないと。
私の「なか」は告げていて。

本にする事に、した。

「長」の絵と一緒にこの文字で書き留めておけば、研究の一部だと思われるだろう。

この旧い神殿の文字を解読できたのは、私だけの筈。


そうして私は触れるのも躊躇われる様な豪華な装飾を施した、「ちち」の本を創った。

そう、呼んだ事は、無いけれど。

確かに「父」であろう、その色を持つ、あの人の本を。






ふと思い立ったあの色、しかし私の「なか」はそこに「行け」と言っている。

一目だけ。
挨拶しておいた方がいいだろうか。

もうきっと、会えない。

私の母を唯一知る、あの人に。

それならばやはり、挨拶した方がいい。


そう思って、こっそりと渡って行ったのだ。
久しぶりの、あの扉を。









「待て!」
「止まれ!!」

「見つけたぞ!」「こっちだ 」

「傷付けるな!」
「プラシオライト、あれは 」

「私のだ。」


やっぱり間違っていたのかも知れない。

あの館を出て旧い神殿へ挨拶をして、帰ろうと思っていた。


アーチ橋を渡る私の背後から足音が聞こえてきたのは、もう雲が大分暗くなってから。
もう外を歩く人もいないだろうと、油断していたのだろう。

気が付くとかなり近く迄迫っていた男達、聞き覚えのある名前。

 「プラシオライト」

その名に、捕らえられたならば。

ブルリと身震いをして必死に走り出した。

ただ、私の足は速くない。
そもそもあの世界で走る必要など無かったし、ただ美しく整えられていた私に体力はあまり無い。

それでも向こうの世界へ行って、幾分体力もついたと思っていたけれど。

やはり、男の脚に追い付かれるのは時間の問題だった。



「よし!捕まえたぞ!!」

強く乱暴な力で引かれた腕、襲ってきた恐怖の記憶、白い部屋の光景。


   "私には、無理だ。"


過ぎる「なにか」と、自分の行く末、「帰れないのなら死んだ方がいい」という思いが一瞬で固まった。


「こっちだ!」
「そっと 」
「  え?」「どうした?」

一瞬にして。
「自分」から離れる事を選んだ私は、自分の抜け殻を少し離れた場所から、見ていた。


「プラシオライト!」
「なんだ、どうしたんだ?」
「誰が  」「俺じゃない!」

戸惑う男達を冷静に眺める自分、掴まれた腕の感触に手をやるが今は何とも、無い。

けれども自分が「なにか」に引かれる感じがして、ここへ留まっていられないのは分かる。


沢山の色のローブ、見覚えのある顔がチラリと見えた所で勢い良く何かに引かれる様に、自分が飛んだのが解る。

そうして白い、安心の中。


私は、暫く眠ることと、なったのだ。

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