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8の扉 デヴァイ

昼間の森のお風呂

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「はっあ~~~~~~。」


特大の長い溜息の様な、吐き出した愚痴の、様な。

乙女らしからぬ声を出し猫足のバスタブに浸かっている私を、咎める者は今日も誰もいないのである。

向こうの方で鏡が何か言っている気がするけれど。

知らないもんね………もう………なんなの、あの人………。



集中砲火を浴びた気分の私は、部屋へ戻るとすぐに支度をして緑の扉を開けた。

「もう!タップリね、熱めで!」

バスタブにプリプリしながら、八つ当たりに気付き「ごめん」と同時に言って、また溜息を吐く。


かなり。
もらっちゃったな………。

とりあえず入ろう。

そう切り替えて、シャワーを浴びる。
温かいお湯が頭から流れる感覚にホッと息を吐き、そっとルシアの石鹸を手に取った。


なんとなく、イメージだけど。

頭から何か、黒いものを被った気分なのである。


彼から吐き出された「なにか」は、確実に無防備だった、私の周りに纏わり付いて。

なにか、暗いモヤモヤに包まれた様な、ベットリとしたコールタールが全体に付いた様な。
そんな気分だ。

なにしろ身体をさっさと、しかしゴシゴシと洗いパッとバスタブへ飛び込んだのである。


「はーーーー………ぁ。」

再びの特大溜息と、ふんわり上がる湯気。

ひとまず落ち着いた気がして、少しずつ増える星屑の色を観察する。

この、天上から落ちてくる星屑は私の心の中のバロメーターでもあって。
その日、その時の気分で色が如実に現れる。

今日は初めての、苔の様な濃い緑が混じったマスカットである。
無意識に「ピンクじゃない」と思ったのだろう、私の目の前には銀盤の上に鎮座しているマスカットグリーンの原石が「大丈夫?」と心配している様子だ。

この子達は話す事はないけれど。

この頃はなんとなく、言わんとしている事は分かるのである。


「君とも、そこそこ長い付き合いだもんね………。」

手に取った石を、キラキラと反射させて遊ぶ。

そう、今日は昼間なので森の中もきちんと明るいのである。
木陰なので、日陰ではあるが石を反射させてのんびり遊ぶには丁度いい。

そうしてキラリ、キラリと時折覗く虹を、ただずっと眺めていた。




「はぁ。」

一頻り虹を堪能すると、随分と溜息が小さくなったのが、分かる。


静かに、こうして。

自分だけの、リラックス空間で。

満たされ、癒されるからこそ、こうして考えられるのかも知れない。


きっと、彼は。

自分の中が、沢山の事で忙しいのだ。
いや、忙しいと言うのは語弊があるのかも知れない。


「満たされない」「不安」「不満」「恐怖」
「焦燥」「怒り」「憤り」「諦め」


この世界で見てきた、沢山の「どこへも行けない想い」。

もしかしたら、私が被ったものは「それ」だったのかも知れない。

それなら?
ちょっと嫌だけど、少しは彼もスッキリしただろうか。

私に八つ当たり?思い切り、文句を言って。
言いたい事を、ぶつけて。

すらも、この世界では。

許されていなかったのかも、知れないのだ。


「………分かってた、つもりだけど。」

所詮、だったのか。

結局私は彼に対して言い返した様な形になった。

今日いきなり「なにか」を、ぶつけられて。
「どうして?なんで?」という、怒りで反応してしまったのだ。

グロッシュラー向こうで散々、見てきた筈なのに。


「でも………まさか、デヴァイこっちでも、おんなじなの?神の一族、は?」

「誇り」というものでは。
ないのだろうか。

捉え方の問題なのか、知っている事の問題なのか。
結局彼は。

何をどこまで、知っているのか。


「うぅ~~ん………。」


根深い。

根深いのだ、問題も、其々の心も。


「でも、そりゃ簡単に解決する様なことじゃ、ないのは確か。」

パシャリとお湯を掬い溢し、揺らめく星屑の溶けた水面を見つめる。
苔の様だった緑は、お湯に溶けマスカットグリーンに同化してしまった様だ。


綺麗。

やっぱり。

綺麗なものは、いいな。

あの人も、綺麗だった。

 
 やはり、人は。

 誰でも、美しくて。

「うん、見た目じゃ、ないんだけど。あの人は美人だったな………。」


色の変わった、深い紺色の瞳を思い出す。


思い切り感情をぶつけてきた、あの瞳も。

あの人なりの、「剥き出しのなかみ」だったなら、いい。

少しでも、吐き出せたのならば。

「でも、やられっぱなしにはならないもんね………。」

なんか素敵な仕返しを考えなきゃ………。


「ふぅ。」


まだまだ、きっとアイギルの様な人は沢山いるのだろう。

見えない、だけで。


「はぁ。」

湯気の中、見上げると明るい緑が目に入った。

そういや、今昼間だったわ………。
ついついすぐ夜の気分になっちゃうよね…………。


「なにしろこうして。少しでも、彼の事を考えるのは、いいのかも知れない。なんか。分かんないけど。」

私を見守る枝に、そう話し掛け一人頷く。


そうして暫く。

昼間の柔らかい森の空気と、緑、窓からの青を堪能し、「美しいもの」をチャージをしたのであった。

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