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8の扉 デヴァイ

優しい魔法

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ふっと、元の踊り場に戻って来た。

円窓を見上げ、少し明るくなった様なこの礼拝堂を確かめる。

横には少し、心配そうな金の瞳。

頷いて「大丈夫だよ」と目で伝えておく。


少し離れた階段下では、やはりあの人が懸命に筆を走らせていた。

それを見て満足した私も、階段下へ向かう。

きっと、一人にしておいた方がいいだろう。
みんなが向かった畑には、私も行っていいだろうか。

チラリと確認した金の瞳は微妙な、色だ。

まだ誰からの連絡も無いのだろう。
きっと本部長、若しくはベイルートが私も行って大丈夫ならば教えてくれる筈だ。

それなら。
彼処で?

報告を待っていようか。

きっと謳ったから、扉は在る筈だ。

そうして目で合図すると、礼拝堂を出て倉庫へ向かった。



「どうして歌ったのだ?」

大きな厳つい扉を押しながら、金色が尋ねる。

「うーーん?なんとなく?でもね。この頃、何処からか。声が、聴こえるんだよね。」

「………声。」

「うん。頭の中に直接、「くる」って言うか。だから聞いてる訳じゃないんだけど?いや、そうなのかな………。」


隙間から漏れる再びの草いきれ、生暖かい風が吹くこの扉は変わりない様だ。
風が吹く事で向こうが彼処なのだと匂いで認識できて、ふっと笑みが出る。

向こうに着いたならば、爽やかな風がハーブの香りを運んでくるのだけど、この瞬間だけは。
熱苦しい、扉に象徴される様なこの香りがなんだか最早、懐かしいのである。


そういや、ベオ様とランペトゥーザはどうしたかな………?

あの時、みんなで話した事を思い出しながらゆっくりとまじない畑に足を踏み入れた。


「わ、ぁ…………。」

相変わらず、綺麗な色。


変わらずそこに在る景色は、まじないの色を濃く映し緑からのグラデーションが美しい、空である。

畑に近い方が緑になっていて、そこから黄緑から青に変わる様子はこの空間にしては実際の空と、近い。
もしかしたら。

外が、変化したから………?

まだはっきりと、青空を見ていない私は早く誰かが報告に来てくれないかと辺りを見渡すが、自分の他には金色しか見えない。

いや?
あの子が、いるな?


目に入った石柱へと、歩いて行く。

灰色の柱の近くは、花畑が今日も姦しくお喋りをしていて、どうやら私の事を歓迎している様である。
始めの頃は警戒されていた気がするけれど、イストリアの所で暫く過ごしてからは花達も大分慣れた様だった。

「あら」「おやおや」
「久しぶりだね」
「さっき謳っただろう」
「聴こえた」「聴こえたよ」
「よい」

「気持ちがいい」「そうね」
「伸びる」「育つよ」「うん」

口々に花達がさっきの謳の、感想を言っていてとても可愛い。
嬉しくなって、蹲み込んだ。

「ありがとう。また、謳うね?」

「ああ」「頼むよ」
「またね 」「そうそう」

顔を上げ、白灰の石柱を見上げると変わらず美しく口を開けている、その洞窟。


うーん。これは?
また、怒られるやつ?

チラリと視線を走らせるが、珍しく金色は遠くを見ていてこちらを見ていなかった。

「あら。チャンス?」

多分、入らなければ。
大丈夫、じゃない?


そうして動きを気取られない様、サッと駆け寄ると。

「お邪魔しまーす。」

そう言って、石屈に頭を突っ込んだ。









揺ら揺ら、揺れる、心地良い温度と感触、トロリとした、質感。

しかしキラリと光るそれは、氷の様に輝き「硬いのかも」という思いもまだ拭い去れない。

ここが。

緩々と心地良いのは、知っている筈だけど。


案の定、トップリとした揺れる空間に身を委ねマッタリしてしまう。

ええ、と…………。
何しに、来たんだっけ……………?


相変わらずの揺り籠の心地良さを味わいながらも、ぐるぐるを諦めていなかった頭は仕事をしようと頑張っている様である。

しかし。

それはやはり、無駄な様だ。


でもきっと…………。

それで、いいんだよね…………。


なんとなく、は解って、そのまま身を委ねて、いた。


「気持ち良かったなぁ…………。」


心の、真ん中のまま、自分をパッカリと開いて謳った、あの感覚。

ここも、それに近い。


       剥き出しの 私


そのままで、いいと。

この、揺り籠全体が包んで囁いて、くれるからだ。



うーーーん。

この頃。
私、こんな感じで謳ってばっかりだけど。

いいの、かな…………。


でも。

なんか、「真ん中の声」が。

そう、言うんだよね…………。


   謳え、と。

   溢せ、と。


   溢れさせ、振り撒け、と言われている気が、して。



「うぅーーーーーーーー  ん。」




まあ。

いいか ぁ。



多分、それ。

正解、だよね…………。



そうして暫く、揺蕩う中身に、身を任せて。


もう、何も、考える気すら、起こらなくなった頃。


すうっと、頭に響く、揺らぎの音。

それは私の脳内で、こう変換される。




「 光を 思い出させる為に

             訪れたのだ 」



光を。

 「思い出させる?」


ぼんやりとした頭に浮かんで来る、あの言葉。


うん…………?

そうか。


ラガシュは私を 「光を齎すもの」と、言ったけれど。

光は。

 本来ならば、全ての人が、「持っているもの」だ。


だから。

多分、私のやること、やりたいこと、やろうとしていることって。


「…………やっぱり。」


「そう、か………。」



 何の為に、光を降らせるのか。

 何の為に。

 みんなに、上を向いて、欲しいのか。



「それはやっぱり、誰しも。「自分の中」に、光があるからなんだよね………。」


コポコポ、揺ら揺らと心地の良いこの空間で。

揺蕩いながら、そう、感じるこの瞬間。

自分の中にジワリと拡がる何かが、少しずつ形となって、見えてきた様な気がする。


この頃感じる、この降りて来るものも。

私の中からジワリと、湧き出て来る、ものも。


それを溢して、謳って、それが優しい魔法に、なれば。


それもこれも、みんな全部が、また私の「色」になるから。


「即ち「感じる」事こそ。大事なのである。」

うむ。


なんとなく自分の中で、丸く纏まった温かい、なにか。

それをまた胸に仕舞い、上を見た。


揺蕩う心地良さに、身を委ねながら。








どのくらい、揺られていただろうか。


そろそろあの金色が心配しているだろう。
見てない間に、ここへ来たけれどきっと気が付いているに違いない。

焦りと困惑を含んだ「仕方のない目」が思い浮かんで、クスリと笑う。

それでは。
行かねばならぬ、だろうな?


再び上を見上げ、声を掛ける。

きっとそのまま話しても、聴いているのだろうけど。
やはり明るい光が差すその天を崇める自分も、光を欲しているのだと再認識した。

やっぱり、明るい空が。
見たい、よね?


「ありがとう。帰る、ね?」


   「 ああ  また 」



そうしてそっと目を瞑ると、少しだけ水に流れる感覚と共にハーブの香りが鼻に、届く。

フワリと着地した気がして、気持ち良く目を、開いた。



ふんわりと目に映る、花畑と、金色の姿。

既にこちらを見て待っていたであろうその姿に、胸がキュッとする。

「ご、めん?」

「…………いや。」

何も言わないその瞳は、少しだけ心配の色を含んでいたけれど。

でもきっと、私の顔を見て何かを感じたのだろう。
何も言わずに差し出された、手を取った。


そうして向かう先は、きっとイストリアの店だろう。

無言で歩く畑の景色、見送ってくれる花達に手を振りながら青緑の空を見上げる。


「どこも、ここも。やっぱり、美しいな。」


チラリと振り返る金色は、優しい色を宿していて。

それを見て、また湧き上がる私の中の、「色」。

一体どこまで、増えるのだろうか。
いや、良い事なんだけど。

ピンクばっかりに、なっちゃわないかな…………。


そんな事をぐるぐると考えながら、キラキラの木立に足を、踏み入れた。
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