524 / 1,588
8の扉 デヴァイ
見えない 鎖
しおりを挟む「でも。結局、理由って何だったんでしょうね?」
白い、天井辺りでキラリと光ったベイルートに向かって、呟いた。
シリカが帰った、午後。
魔法の袋の材料創りも兼ねて、私はベイルートと礼拝室へ籠っていた。
なんだかスッキリしない、気分でもあったし。
ここなら、相談もしやすい。
聞かれて困る様な人は、うちには居ないのだけど。
やはり、他人の家の事情は大っぴらに話すものでは無いと思ったからだ。
「ヨルも言ってただろう。きっと、この場所では女性が自由に使える金は限られてるのだろうな?食事とかはどうしてるんだろうな………。」
流石にベイルートは商家だっただけあって、そちらの方が気になるらしい。
私は最もらしい事をいいつつも、ついつい愚痴っぽくなってしまった。
「食費は予算があるから、余計なものは買えないって事なんですかね?そんなに高くないんだけどなぁ…。自由に使えるお金も無いし、働くのもできないなんてやっぱりここは嫌だな………。リュディアは、そういえば?どうしたかな?」
話が脱線気味だが、私の頭の中にはやはり初めの頃にリュディアが言っていた「ずっと敷かれたレール」という言葉と。
アラルの「大事なことは何も決められない」という言葉がぐるぐると渦巻いて、いた。
「まあ、でも。そもそも、「あれが欲しいからお金を下さい」とすら、言ってないんだろうな。」
「うーん?でも、それは言えないんじゃないですか?言い辛い?そうなのかな………。」
「ここはラピスよりも更に女性の立場が弱いのかも知れん。俺が見た限りでも、かなり行動は限定されているからな。」
「えっ。………でも確かに?行く所すら、無いですもんね?図書館も許可要るし………ヤバい、私ならちょっと無理かもしれない…。」
白いベンチで、打ちひしがれている私の上をくるくると飛び回るベイルート。
キラリ、キラリと玉虫を光らせながら何か考えている様だ。
そのままポトリと、私の隣に落ちる様に留まると。
「でもな………。」
ゆっくりと考えながらも、落ち着いた色合いになった玉虫はこれまでの事を話し始めた。
「この姿になって。初めて、感じた事だ。俺ですら、人の姿の時は縛られていたんだと思う。」
「縛られて…?」
「そうだ。こうあるべき、という考え方に、だな。」
こう、あるべき………?
ベイルートは商家の後継でラピスでは悠々自適に好きな事をやっていると思っていた。
縛られているイメージなど、皆無のベイルートが「縛られていた」と言うならば。
ここに居る、人達って…?
私のぐるぐるを解っているのだろう、キラリと背を光らせ視線を誘うと再び話が始まった。
「まあ、ある程度自由にはやれるんだ。結婚しろと、それだけは煩く言われていたがのらりくらりと躱していたがな?」
確かに、奥さんはいなかったね?
エローラの事が思い出されて、あそこでよく独身を貫いていたものだと、少し感心してしまった。
「だが、俺には後継以外の道は無かったし、結婚だって相手が選べない…まあ、その話はいい。思えば小さな頃から決められてきた道を、歩んでいたのだとは思う。」
「だが。」
ピタリと動きを止めて、私を真っ直ぐに見た。
「お前に出会ってからは。何故か気になる、髪色の変わった娘を気にする事は、俺にしては珍しかった。思えば、その辺りをレシフェにつけ込まれたのかとも、思うがな?ああ、それはいいんだ。」
「ちゃんと途中で気が付いたしな。しかし、お前を守る事は俺自身がきちんと決めたし、虫になる事も自分で決めた。それで、虫になった事で、見えた事もとても多いんだ。」
「む………。」
「ああ、いい、大丈夫だからもう泣くな。」
そう、既に私は涙でベイルートがあまり見えなくなっていた。
いつだって、私の味方だったベイルート。
レシフェはきちんと謝ったし。
この二人の間に、蟠りは、無い。
それは、解ってるんだけど…………。
あの、黒い光に包まれ見えなくなったベイルート、落ちていた玉虫色の、石。
あの光景を思い出すと、いつだって泣ける自信がある。
そんな自信なんて、要らないのかもしれないけど。
ハンカチの代わりに袖で涙を拭いている私を、キラリ、キラリと光って慰める彼。
少し、鼻水が落ち着いてきた所で話は本題へ戻る。
「いや、それがな?虫が、気楽すぎてもう人には戻れないかもしれん。」
「えっ?戻れるんですか??」
「それは知らん。」
ちょ、ズッコケたじゃないですか…。
私の無言の責めに、お尻を向け再び話は始まった。
「「こうするべき」というものが無い、という事がこんなにも楽なものかと。これはやはり人では、味わえないだろうな。どうしたって、人は。人からの目を、気にするものだ。程度は違えど、それが縛りになって。「決まり」では、無いのだろうが「見えない決まり」として皆を縛るのだろうよ。」
確かに。
それは、分かる気がする。
ラピスでも、そうだったし、勿論私の世界でも。
同じ様に、「人からの視線」や「評価」は重視されるものだからだ。
「なんか。………嫌ですよね、そういうの。」
「まぁな。良い方に、働けばいい抑止力にはなるのだろうよ。お互いの目がある事で減らせる揉め事や何かも、あるだろうからな。しかし、何か何処かが、少しずつ、ズレて。それが「縛り」になるんだろう。」
「どうして………そう、なっちゃうんでしょうね?まあ、確かに「暗黙の了解」的な事って、あるとは思うんですけど。でも、それって「人の嫌がる事はしない」とか、「思いやりを持つ」とか?そんな事だと、思うんだけど………解釈が…違うのかな?うーーーーん?」
白のサテンの上で回る、玉虫色を見ながら考えていた。
確か。
イストリアも、図書室でそんな事を言っていた気がする。
「始めは少しの、我慢だったかもしれない」
確かそんな事だ。
「優しさ」で、何かを譲り「思いやり」で、他人の為に何かをする。
それを。
ただ、感謝や思いやりで返さずに享受するだけの者が。
多い、という事なのだろうか。
「感謝」を忘れて、「当たり前」になること。
それが?
一因では、あるのではないか。
ポツリと、どうやら洩らしていたらしい。
くるくる回る、玉虫から返事が返ってくる。
「それもあるだろうな。後はな………これも微妙な話だが、非常に巧妙でもある。」
「?」
「「感謝」される、とする。喜んでもらえると、嬉しいだろう?その反対に喜んでもらえないと不満なのかと、考える。狭い空間にいるとな、相手の気持ちが分かり易いだろう?だからな、過剰に反応してしまうんだ。小さな事が、「恐怖」に、なる。さっきのシリカも、そういうクチだろうな。」
確かに。
それはとても、よく分かる。
なんでも先回りして考え、相手に合わせてしまう。
というか、相手の不機嫌な顔や乱暴な物言いが気になってできるだけその状況にならない様、手を尽くすのだ。
嫌な言い方をすると。
「ご機嫌取り」とも、言うだろう。
私にもそういう所があって、しのぶにいつも言われていたから分かる。
だから、慣れない人と居ると疲れるのだ。
黙り込んだ私を見ながらも、話を続けるベイルート。
私も続きは聞きたいので、「大丈夫」と目で頷いておく。
「結局、相手の思い通りになってしまうんだろう。だから、無理矢理、させている訳でもなく。本人としても「やらされてる」感は、無いだろうな。非常に巧妙な縛りなんだ、これは。シリカ程では無くとも、多かれ少なかれここの人間は「こうあるべき」という鎖に、縛られているのだろうな。「他人に迷惑をかけるな」「恥ずかしい」これだけで、充分だ。狭い世界だから、尚更だ。逃げ場もない、頼れる人も殆ど無いだろう。何処も事情は筒抜けだ。」
「美しい檻………。」
「ピッタリだな?」
「良くは、ないですけどね………。」
今迄は朧げだったダーダネルスの言っていた意味が、ハッキリと解った気がする。
やっと、今。
みんながお互いに、縛り、縛られて。
気が付かないうちに。
美しい檻に、入っているのか。
「誰が」原因、とかでは無くて?
いや、でもきっかけは。
あった筈だ。
そうだよね?
だってみんなが、みんなに優しい世界なら。
自分を、大切にしてお互いを思う、世界ならば。
そんな事には、ならない筈だから。
「………誰?何?人、なのか………でも「もの」じゃないよね………?」
「ヨル?」
「あ、いや、その檻なんですけど。原因があったんじゃないかと思って。」
「原因?」
「だってそもそも。始めから、檻な訳じゃないと思うんですよ。だって最初は豊かだったんですよね??ここもそうなのかな?グロッシュラーだって、緑があった。世界は、繋がってた筈だ。」
「どこが。どう、して…………?」
こう、なったの…………?
私のぐるぐるに、ポツリとベイルートが零す。
「歴史が要るな?」
「そう、ですね?」
と、いう事は?
「お兄さん?」
「ブラッドフォードか。」
ほぼ、ハモった私達。
内容は不穏だけど。
とりあえず、顔を見合わせて笑う。
腐っていたって、始まらない。
原因が、あるのなら。
もしそれが、判るならば。
光があるなら、追いかけようじゃないか。
「さ、ではいざ!」
「待て、とりあえずウイントフークじゃないか?」
「ええ、なんだか面倒くさそうな感じに………。」
「なんだ、ここにいたのか。」
「ゲッ。」
「なんだお前。どうした?」
ああ、ベイルートさんにロックオンしちゃった………。
私の顔を見て察したのだろう、ベイルートを手招きして手に乗せたウイントフーク。
しかし、私が本部長にさっきの話をきちんともう一度話せる気はしない。
絶対何かを忘れるか、脱線するか。
それなら、仕方ないか………。
そうして溜息を吐いた私は、一足先に食堂へ向かうことにした。
そう、きっともうすぐ夕飯だとお腹は言っているからである。
決して逃亡する訳では、ないのだ。
うむ。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。
それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。
そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。
※王子目線です。
※一途で健全?なヤンデレ
※ざまああり。
※なろう、カクヨムにも掲載
エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない
秋月真鳥
恋愛
エリザベートは六歳の公爵家の娘。
国一番のフェアレディと呼ばれた母に厳しく礼儀作法を教え込まれて育てられている。
母の厳しさとプレッシャーに耐えきれず庭に逃げ出した時に、護衛の騎士エクムントが迎えに来てくれる。
エクムントは侯爵家の三男で、エリザベートが赤ん坊の頃からの知り合いで初恋の相手だ。
エクムントに連れられて戻ると母は優しく迎えてくれた。
その夜、エリザベートは前世を思い出す。
エリザベートは、前世で読んだロマンス小説『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』で主人公クリスタをいじめる悪役令嬢だったのだ。
その日からエリザベートはクリスタと関わらないようにしようと心に誓うのだが、お茶会で出会ったクリスタは継母に虐待されていた。クリスタを放っておけずに、エリザベートはクリスタを公爵家に引き取ってもらう。
前世で読んだ小説の主人公をフェアレディに育てていたら、懐かれて慕われて、悪役令嬢になれなかったエリザベートの物語。
小説家になろう様、ノベルアップ+様にも投稿しています。
身体検査が恥ずかしすぎる
Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。
しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。
※注意:エロです
転生貴族の気ままな冒険譚〜国を救うはずが引退してスローライフを目指します〜
(笑)
恋愛
異世界に転生した元OLのアリア・フォン・ヘルツォークは、名門貴族の令嬢として生まれ変わる。前世で過労死したアリアは、今度こそ「働かずに静かなスローライフを送りたい」と心に決めるが、彼女の優れた魔法の才能が周囲に知れ渡り、次々と王国の危機に巻き込まれていく。何とかして目立たず、のんびりと暮らしたいアリア。しかし、王子フィリップとの出会いや学院での生活、さらには魔物との戦いなど、彼女の望みとは裏腹に、次々と大きな試練が彼女を待ち受ける。果たしてアリアは、理想のスローライフを手に入れることができるのか?
ヒーローの末路
真鉄
BL
狼系獣人ヴィラン×ガチムチ系ヒーロー
正義のヒーロー・ブラックムーンは悪の組織に囚われていた。肉体を改造され、ヴィランたちの性欲処理便器として陵辱される日々――。
ヒーロー陵辱/異種姦/獣人×人間/パイズリ/潮吹き/亀頭球
「おまえを幸せにする」と約束して敵国に潜入し死んだはずの夫と二年後、そこで幸せな家庭を築く彼と再会しました。~愛も幸福も絶対に逃さない~
ぽんた
ファンタジー
「かならずや生きて戻り、おまえをしあわせにする」
そう約束し、敵国に潜入した夫が死んだ。そうきかされた。
そして、三年後、夫の死を信じられないまま、わたしも敵国に潜入した。夫と同じように。元上司である大佐の妻役として。
そして、その敵国で出会ったのは、妻子と幸せに暮らしている夫だった。
死んだはずの夫は、わたしとではなく敵国のレディと息子と家庭を築き、しあわせに暮らしていた。
夫ベンは、記憶喪失に違いない。彼の記憶を取り戻すべく、極秘の活動を開始する。が、それがうまくいかないどころか、王子やら謎の人物やらに絡まれつきまとわれるように。しかも命まで狙われるってどういうことなの?
わたしはただ夫ベンの記憶を取り戻し、どこか静かなところでしあわせに暮らしたいだけなのに。夫と彼との子どもたちといっしょに。それなのに命を狙われたり王位継承の謀略に巻き込まれたり、いい加減にしてほしい。
わたし、いったいどうなるの? ベンを取り戻せるの? また彼に愛されるようになるの? 彼に愛されたい。彼に心も体も愛撫されたい。ただそれだけなのに……。
※ハッピーエンド確約。いわゆるスパイものです。初のR15指定。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
※申し訳ありません。カテゴリー変更に伴い、「私は、最愛の夫と別の妻との幸せを見守らねばなりませんか?~「おまえを幸せにする」と約束した夫は敵国の美女と二人の息子と幸せに暮らしています~」よりタイトルを変更しています
【完結】呪われ王子は生意気な騎士に仮面を外される
りゆき
BL
口の悪い生意気騎士×呪われ王子のラブロマンス!
国の騎士団副団長まで上り詰めた平民出身のディークは、なぜか辺境の地、ミルフェン城へと向かっていた。
ミルフェン城といえば、この国の第一王子が暮らす城として知られている。
なぜ第一王子ともあろうものがそのような辺境の地に住んでいるのか、その理由は誰も知らないが、世間一般的には第一王子は「変わり者」「人嫌い」「冷酷」といった噂があるため、そのような辺境の地に住んでいるのだろうと言われていた。
そんな噂のある第一王子の近衛騎士に任命されてしまったディークは不本意ながらも近衛騎士として奮闘していく。
数少ない使用人たちとひっそり生きている第一王子。
心を開かない彼にはなにやら理由があるようで……。
国の闇のせいで孤独に生きて来た王子が、口の悪い生意気な騎士に戸惑いながらも、次第に心を開いていったとき、初めて愛を知るのだが……。
切なくも真実の愛を掴み取る王道ラブロマンス!
※R18回に印を入れていないのでご注意ください。
※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載しております。
※完結保証
※全38×2話、ムーンさんに合わせて一話が長いので、こちらでは2分割しております。
※毎日7話更新予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる